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きさらぎ駅【走】


部長が俺の方を向き、そっと目配せをする。

「聞こえたか?」その目はそう言っていた。

俺はコクリと頷き、幻聴でなかった事を確認する。


「…せーので一緒に振り向きませんか?」

「それがいいね…」

「じゃあいきますよ………せーの……」


合図でバッと振り返る。


「なんすか…あれ…」


そこには人の足があった。

ただし本当に足があっただけ、正確に言えば大腿部から下の両足がそこには佇んでいた。


「足…だね…裸足の…人間のもののように見えるね…」

「ちなみに…赤外線ゴーグルでは?」

「熱源は一切無いね…周りの景色と同じ青色だよ…」

「知り合いですか?」

「ふはは…面白い事を言うね…」


ジャリ…とその足が一歩踏み出す。


「踏み出す音がしたという事は…質量があるという事になるね…」

「それ…意味のある考察ですか?」

「いや…正直…混乱しているから…」

「逃げましょう」

「賛成だ」


足が進んだ一歩分、俺達も後ろに一歩後退する。


「部長はゴーグルで熱源を見逃さないように先導してください…」

「うむ、任された」

「ちなみに両足に追われる都市伝説はあります?」

「どうだろうね…怪談話ならいくつかあるだろうが…有名な都市伝説には無いように思う…」

「…じゃあ対策とかは…」

「残念ながら…」


ジャリ、ジャリと足が俺達に向かって前進する。


「来ます、部長!走って!」

「うむ!」


ダンと地面を蹴って、走り出す。

後ろからジャリジャリと同じタイミングで地面を走る音がする。


「てけてけの時から走ってばっかだな…」


部長の後を追いながら、チラチラと後ろを確認すると、両足はそこまで速くないようで、一定の距離を保つことはできていた。

いくつか熱源があったようだが、何箇所も曲がり角を曲がるうちに、もう駅までの道は完全にわからなくなってしまっていた。

だが、急がなくては千影さんの残してくれた手掛かりでもある熱源が冷めてしまう。

戻る事など考えていられなかった。

そして問題はもう一つ。


「大丈夫ですか?」


かなり走っている事もあり、部長はもう肩で息をしている状態だった。


「日頃から…ハッハッ…運動を…ハッ…しておけばとハッ…」

「…………」

「あのT字路を右だ…ハッ…熱源がある…」

「部長」

「…何かね」

「部長はそのまま右に、俺は足を引き付けて左に」

「ハッ…ハッ…駄目だ、合流できるとは思えない」

「だから部長にもお願いが」


走りながら部長の持っていた鞄をゴソゴソと漁り、中から十徳ナイフとロープを取り出す。

取り出した十徳ナイフを部長に手渡し、こう提案する。


「これで電柱とか壁に、俺に分かるような傷を付けながら進んで下さい、足を撒いたら俺はそれを追います」

「…しかし…」

「俺はてけてけからも逃げ切った男ですよ?」

「…………」

「熱源が冷えちゃ意味ないんです、頼みます」

「景君…」

「信用してますよ」

「……私をこのまま情けない部長と思わせたくないからな!!絶対に合流するんだぞ!!」

「了解ー!」


部長の肩をポンと叩き、T字路を右に送り出す。


「ほら!足!!足臭!短足!こっちだこっちだ!」


耳がないから聞こえているのか分からないが、足についての罵倒をいくつもその場で投げかける。

追いかけて来た足は、俺の方につま先を向け、ピタリと停止した。


「くるか?扁平足(へんぺいそく)!」


反応無し。


「水虫!」


これも反応無し。


「鈍足め…そんなんじゃ…誰にも追い付けねーぞ」


ピクリと明らかに反応する。


「ずーっと追いかけてるだけだ」


足しかないそいつから怒りが感じられる。

ギシリと歯軋りにも似た音が聞こえる気がした。


「俺に追いついて証明してみろ!!!」


そう最後に叫んでT字路を左に駆け出した。

直後にダンっと後ろでも地面を蹴る音。


「刺激しすぎちまった…」


後悔先に立たず、けれどまぁ結果としてはこちらに引き付ける事ができたので良しとしよう。

闇雲に走って今のT字路に戻れなくなってしまっては本末転倒だ。

曲がり角は全て左に、曲がった回数はキチンと計数。

行き止まりさえなければこれで迷う事はない、それどころかうまくいけばあと2回曲がるだけでT字路に続く道に戻る事ができる。


「さて、そううまくいってくれるか」


しかしなかなか曲がり角が無い。

長い直線をひた走る。


「こんなに直線だけの住宅街あるわけないだろ…」


分かってはいたがやはり何か、どこかおかしな世界なのだここは。

追ってくる足の速度は変わらないが、隠れる場所も無いままただ直線を走らされるのは思いの外キツかった。

距離にして2kmくらいだろうか、ようやく曲がり角が視認できた。

突き当りがまたもT字路になっている。


「…ようやく……おいおいおい…マジか…」


見えてきたT字路に近付くにつれ、ゾワリと全身に怖気(おぞけ)が走る。


「さっきのT字路じゃねぇか…」


景色に見覚えがある上に、右の隅にこぼされた豚汁がある、そこは間違いなく先程部長と別れたあの場所であった。

俺は、ここを左に曲がった。

そしてそのまま真っ直ぐ直線を走った。

するとここに突き当たった。

ありえない、どこも曲がってなどいない…仮に緩やかなカーブになっていて気付かなかったとしても、他に曲がり角や路地が無かったのだ、駅からはどうやってここに来れるのだろう。


「これ左に曲がっていいんだよな…」


もう一度T字路を左へ、そしてまた長い直線。

進むと案の定さっきのT字路。


「ループかこれ…追ってる足のせいか?街全体がおかしいのか…?」


足からはかなり距離を取れている。

そう速くないうえに、気のせいかもしれないが疲れているようにも見えた。


「…だよな、疲れるんだよゴールの見えないマラソンは…」


ため息をつきながらT字路をまたしても左へ曲がる。

まだ足が来るには少しかかるため、ここで1つ細工をする事にした。

さっき部長から借りたロープである。

これを地面に張っておけば引っかかって足が転ぶんじゃないだろうかという単純な細工だ。

電柱と、向かいの門柱にロープをくくりつけて準備完了。


「……………」


タッタッタと足が俺を追って、またT字路を左に曲がってくる。

そして少し進み、ピタッと停止する。

ロープに気付いたようだ。

ロープの向こうにいる俺は、なんとなく苦笑する。

足は数十秒、何かを味わうかのように静止し、そのまま歩を進めた。


「ゴール」


足下では無く、胸元の高さのロープをくぐった両足は…フワリと消えた。


「ゴールが見えないとしんどいもんなぁ…」


俺は先程、足下に転ばせる為のロープを張った後、それを胸元の高さに変更した。

罠としてではなくゴールテープとしてロープを使ったのだ。

それはなんとなく、本当になんとなくだったが、両足が疲れているように見えたからかもしれない。


「さあ…!」


パンと両頬叩き、気合を込める。

走った疲れはあまり感じなかった。


急ぎ足になっている…気がする

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