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きさらぎ駅【着】


「何か…」

「うん…」

「おかしくないですか?」

「そうだね…」


千影さんが席を立ち、少しして気付く。


「こんなに乗客…いなかったですっけ…」


電車はいつの間にか停車している。


「…千影君!!!」


何かに弾かれたように部長が駆け出す。

俺もワンテンポ遅れて、その後を追う。

車両連結部を隔てた向こうの車両の扉の前、そこに千影さんが立っている。


「千影さん!!!」

「千影君!!!」


こちらの声が聞こえているのかいないのか、その瞳は虚ろで、けれどとても恐怖をはらんでいるように見えた。


「駄目だ!!戻って!!」


扉の向こうに踏み出す千影さん。


「千影君!!!!」


そして無常にも目の前で閉まる扉。


「くそ…千影さん…」


次の瞬間、ドガン!ともグシャリ!とも言えない大きな音が響いた。

部長が全力で扉のガラスを殴りつけたのだ。

俺は一瞬、自分の目を疑った。

誰かに殴られようと、決して自分から手をあげるような事はしなかった部長が、全力で何かを殴りつける光景が飲み込めなかった。


「部長!手!!駄目です!!駄目ですって!」


部長の手は殴りつけた衝撃で砕けたのかボタボタと血を撒き散らしている。

それほどに思い切りで、怖いほどの迫力だった。


「駄目だ!!ここで離れたら!!後悔すら出来んかもしれんのだぞ!!」


俺以外の人間から姉の記憶が消えた事を思い出す。


「だからです!冷静になって下さい!発車する前に降りないと駄目なのに!冷静さを欠いては駄目です!」

「だが!!…いや…うむ…そうであるな…」

「よかった、急ぎましょう、まずは緊急停止ボタンを…あまり意味は無いかもしれませんが…」


すぐそばにあった緊急停止ボタンを押すも、やはりというか何の反応も感じられなかった。

押した経験がないのでどういう物なのか詳しくは分からないが、恐らくこんなに何の反応も無いということは無いだろう。


「割りましょう、でも拳ではさすがに無理ですよ」

「うむ…すまない」

「あとそれ…今はアドレナリンドバドバ出てるから痛くないかもしれないですけど…もう少ししたらめっちゃ痛いですからね」

「…いやもうすでにめちゃくちゃ痛くなっているよ…」


血まみれの拳をタオルで包みながら部長が苦笑する。


「電車のガラスの強度って…」

「通常のガラスの3〜5倍と言われているね、ただ特殊フィルムで2枚をくっつけているものなんかはもっと強いんじゃないかな…外からの投石などで割れている事故や事件もよくあるから割れないって事は無いと思うが…」

「なら…」


俺は近くの吊り革に捕まり、ブランコのように全体重を腕で支える。

そのまま足をガラスに当て、ジャンプするように思い切り反動をつける。

振り子の原理で勢いをつけ窓ガラスに全体重を乗せて両足で蹴りつける。


「良い子は真似するなよ!」


何度か繰り返すとバギャンと音を立てて窓ガラスは割れ、外に飛び散った。


「おお!!」

「うまくいってよかった!!急ぎましょう!!」


すでに電車はゆるゆると動き始めている。

俺達は細かいガラスで身体中を怪我しながらも外に飛び出すことに何とか成功した。


「危なかった…」


ホームの縁ギリギリで息をつく。

辺りを見回すも、そこに千影さんの姿は無い。

時間はそんなに経っていないはずなのだが辺りは薄暗く、どんよりと濁っていた。


「電車いっちゃいましたね…これでもう俺の分かることもなくなりました」

「なに構わないさ、景君のおかげできさらぎ駅に降りる事ができたんだ…手は痛いがね」

「それは自業自得じゃないですか…」

「はは、みっともない姿を見せたね、すまない」

「本当、千影さんの事になると…」

「なな、ななな、何を馬鹿な!ちが、違うぞ!さっきのが景君だったとしてもだな!!」

「はいはーい、分かってますって」


それは事実だろう、降りたのが俺だけだったとしても部長は全力で、本気で助けようとしてくれたに違いない。


「でもここに1人しかいない心細さは並大抵じゃないですね…」

「うむ、千影君を早く安心させてあげないとな」

「同意です」

「無論、お姉さんもだ」

「………はい!」


あの日見た光景と寸分変わらぬ様子の朽ちた駅。

恐怖も不安もあるが、心強い仲間もいる。


「行きましょう!」


ザッと俺達の乾いた靴音が辺りに響く。



みんなどうやってモチベを維持してるのだろうか

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