きさらぎ駅【始】
〜♪
スマホの目覚まし機能で私の好きな曲が流れ、私は「ふあ」と欠伸をひとつ。
少々名残惜しいと思いながら目覚ましの曲を止めると、カーテンを開け朝の日差しを部屋に取り込む。
「よかった、いい天気」
空を見上げ、眩しい太陽の光を歓迎する。
シャワーを浴びて髪を乾かす時にはすっかり目も覚めていた。
「さぁ!お弁当を作りましょう!」
今日は部長と景君と、3人でお出かけです。
と言っても、少し遠出して大きい公園に行くだけなのですが。
新たな都市伝説を発見する為に……と、部長は言っていましたが…単純に皆で羽根を伸ばしてピクニックでもしたかったのだろうなと思います。
この前のてけてけの件で無理をさせてしまった景君に対しての慰労会の意味もあるでしょうか。
「やはり男性はサンドイッチよりもおにぎりと唐揚げなんですね」
先日、部室で2人にお弁当の好みを聞いたところ、声を揃えてそう言っていたのを思い出して頬が緩む。
「私はトマトとたまごのサンドイッチも好きなのですけれど」
下ごしらえは前日のうちに済ましているのでそう時間はかからない。
味のよく染み込んだであろう鶏肉を1つ1つ丁寧に揚げていく。
勿論カロリーなんて気にせずジューシーなモモ肉
を大きめに切っている。
「…ふふん♪…ふーん♪」
自然と鼻歌がついてでる。
ピーピーとご飯が炊けた事を知らせるアラームが唐揚げを揚げるジュワジュワという音とセッションし、独特なメロディを奏でる。
「ふふふ、今回はおにぎりの具は必要ありませんね」
パカッと炊飯器の蓋を開けると炊き込みご飯の香ばしい香りが辺りを満たす。
それを俵型に握り、周りを海苔で巻く。
私の手があまり大きくないので、そんなに大きなおにぎりは作れない。
2人には物足りないかもしれないから多めに作っていって許して貰いましょう。
「あ!」
しまった、2人に卵焼きの味の好みを聞くのを忘れていました。
私は甘いほうが好きなのですが…うーーーん…
仕方無い、今日は私の好みに合わせて貰いましょう…
何でも美味しい美味しいと言ってくれる2人が文句を言う姿など想像もできないのですが…
このお出かけ、もとい、都市伝説探索が決定した日に私が「お弁当を作っていきますね」と提案したところ、満面の笑みで「それは楽しみだなぁ」と言ってくれた部長を思い出す。
「しょうがないですねまったく」
私の顔も今、それに負けないほどの笑みが浮かんでいるかもしれない。
〜きさらぎ駅〜
「お待たせしました」
待ち合わせの駅に着くと、もう2人は到着していた。
遅刻してしまったかと思ったが、まだ約束の時間よりは若干早かった。
「いやいや、まだ時間より早いからね、大丈夫だよ」
「部長が早すぎなんですよ…」
「ふはは、ちょーっと張り切りすぎてしまったかな?」
ポリポリと頭を掻きながらいつもの調子で部長が答える。
「本当はくねちゃんも連れていきたかったのだがね」
「連れてきたらよかったじゃないですか」
「ん?いやいや、蛇は電車内に持ち込んではいけないのだよ、逃げ出して機械内等に入る恐れがあるからね」
「そうなんですか!」
「実際にそういう事例が起こったから禁止になったハズだよ確か、飼い主は名乗り出なかったんじゃないかな…」
「へー…無責任な人っていますからねぇ…」
「くねちゃんを自然に還す時は車で行かないと」
「部長免許ありましたっけ?」
「いや…私は持ってないんだが…景君は持ってるだろう?」
「ありますけど…めちゃくちゃペーパードライバーですよ俺…」
「私も免許取ったほうがいんだろうなぁ…」
「俺も練習しときますね」
「車ならジェットババアの探索なんかも〜」
等と、他愛もない話をしながら駅の改札を潜る。
平日、そして都心部とは逆に向かう車両のという事もあってか車内は空いており、向かい合う座席に皆で座る事ができた。
「自然公園って言うんですかね、子供の時以来ですよ」
「まぁ1人で行く事はそうないからねぇ…」
「ジョギングをされる方はお一人でこられていますよ」
「あー…ジョギングかー…私も運動はしなければと常々思っているのだが…」
自分のお腹の肉を摘み、部長が苦笑する。
「分かります…俺もウェアだけ買って一度も走ってません…」
「ふふふ、じゃあ今度は皆でジョギングしましょうか」
「うぐ…」
「ジョギングに纏わる都市伝説…何かあったかな?」
ガタンゴトン
ガタンゴトンと電車は規則正しい音を鳴らし、
窓からはポカポカと温かい日差しが差し込んでいる。
「電車関係の都市伝説ならいくつかあるね、きさらぎ駅、先日のてけてけもかな?他には駅の地下には官僚だけが逃げ込める緊急用の避難シェルターが存在するとか…」
「あるんですかね…?」
「どうだろうね、あっても不思議はないと思うよ、首都圏外郭放水路って聞いた事あるかい?」
「いや…ないですね」
「読んで字の如くではあるんだが、首都圏の地下50mに存在する貯水路だよ」
「貯水路…」
「うむ、台風等によって洪水の危険がある時、増水した川の水が立抗と呼ばれる縦穴に流れ込み、そのまま地下の貯水槽に貯まるんだ」
「へぇ…そんなものがあるんですね」
「そして洪水の危険が無くなった時に徐々にパイプを通して川に排水される…という非常に素晴らしい設備なのだが」
「はい」
「その長さは実に6、3kmに及び、小型のダム程度の水は貯水できるそうだ」
「凄いですねぇ!」
「そんな規模の物が地下にはあるのだから、シェルターくらいあっても不思議は無いと思うよ私は」
景君は聞き上手ですね、部長も景君に豆知識を話すのが好きなようで非常に楽しそうです。
かくいう私も景君が目を輝かせて聞いてくれるのが好きなので、つい色々と話してしまいます。
「あ…」
そこで私は自分のミスに気付きました。
魔法瓶に入った豚汁は持ってきているのですが、お茶をうっかり忘れてきてしまったのです。
「少し席を外しますね」
「ん?どこに行くんだい?」
「部長」
「え?あ!すまない!」
トイレと思われたようですが、気を使わせるのも悪いので私はそのまま車両を移動します。
幸い、次の駅は停車時間が長いのでホームに降り、なにか飲み物を購入して戻ってくるのは容易でしょう。
ガタンゴトン
ガタン…ゴトン…
ゆるゆると電車の速度が落ちていき、停車します。
扉が開き…私は戦慄しました。
「え…」
目の前の看板はとても年季の入った物で、所々汚れや劣化で読み難くはありましたが確かにこう書いてありました。
「き…さらぎ駅…」
2人のいた車両に目をやると、異常に気付いた2人がこちらに向かってくるのが見えました。
何かを叫んでいます…恐らくは私の名前である事は予想できるのですが、その声はどこか遠く、薄っすらとしか聞こえないのです。
「嫌…嫌…怖い…助けて部長!」
にも関わらず、私の足は勝手にその駅に踏み出します。
「待って!違う!降りたくない!!」
私の体が電車から降りきった瞬間…
無常にもその扉は音をたてて閉まりました。
何卒応援よろしくお願いします




