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新しい仲間


「よーしよしよしよし」


餌をゴクリと飲み込んだ蛇が満足したのかチロチロと舌を出す。


「ふふふ、こうしてみると、いやはやなかなかどうして可愛いものだ」


てけてけ事件の後すぐに部室の卵が孵り、私が餌係に任命された。

景君と千影君は餌である冷凍のマウスが苦手なようだ。


「いや、決して私も得意なわけではないのだがね…」


しかし、食物連鎖とはこういう事だ、我々だって幾千幾万の命の上に成り立っている。


「頭ではわかっていても…確かにこれは少々…」


分かってはいる、命とはそういうものだと、分かってはいるのだが…

まだ毛も生えていない小さなピンク色のマウスを見ると、どこかモヤモヤした気持ちになる。


「まぁこれが通販で手に入るというのがせめてもの救いであるね…」


もしこれを自分で獲らなければならないとしたら…

さすがに色々な意味で簡単にはいかないだろう。


「さて」


パタンとタッパーの蓋を閉め、残りのマウスを部室の冷蔵庫にしまう。

その際にタッパーが見えないように袋に入れるのも忘れない。

以前に、千影君が冷蔵庫の中のマウスタッパーを見て盛大に悲鳴をあげていたので、そこいらを配慮した結果である。


「しかし…君は本当にただの蛇なのかね?」


スマホを蛇に向けてみるも、そこには小さな白蛇が映るだけ。

ノイズもなければ不快感もない、餌でお腹が膨らんだ可愛らしい蛇がいるだけだった。


「名前が欲しいところだね…」


部室でもう暫しの間は様子を見る事になるだろうこの蛇。

やはり便宜上と言おうか、名前の1つでもつけてやりたい。


「格好良い名前がいいな…こう…強そうで、蛇のスタイリッシュさを秘めた…」


ムムム…と熟考…


「駆逐せし者…いや…アペプも捨てがたい…だが…神話から取るのはあまりに…うーむ…」


いくつかノートに名前の候補を書き込み、一番出来が良い物に丸をつける。


「邪竜バスターレイヴン…」


これは格好良いぞ!と内心ほくそ笑んでいると、部室の入口から声がした。


「だから部長に決めさせちゃ駄目なんですよ…」

「邪竜バスターレイヴンて…それ名前ですか?」


どうやらまた私の独り言は筒抜けだったようだ。


「蛇なのか竜なのか(からす)なのか…せめて統一しませんか?」

「鴉?」

「レイヴンは和名ではワタリガラスの事ですよ」

「へー!カッコいいですねー」

「だろう!?格好良いだろう!?」

「いや、部長の命名がじゃないですよ?」

「ぐぬぬ…」


いかんせん私の、というよりは特別な人間のセンスというものは万人には理解し難いものらしい。


「残念ながら名前は『くねちゃん』ですから」

「なんだって!?そんな安直な!」

「いいんですよ安直で、お別れが余計悲しくなっちゃうんですから」

「むむう…」


それはそうだ、この邪竜…もとい、くねちゃんは山に還す予定なのだ。

あまり愛情を持って接してしまうと別れる時が辛くなってしまう。

そして……それよりも恐ろしい事がある。


「君とは仲良くやりたいものだ…」


このくねちゃんが都市伝説と化し、敵対してしまう…という可能性も無くはないのだ。


「ゾッとしないね…」


嫌な可能性を頭から追い払うと、千影君が用意してくれたフルーツたっぷりのタルトに目を移す。


「おお、これはまた目にも鮮やかで美味しそうだね」

「美味しそうなひよこ饅頭もあったのですが…今日はこちらにしました」


チラリとくねちゃんの方を見て、苦笑する。


「なるほど」


蛇がひよこを丸呑みするシーンを想像してしまった、といったところだろうか。

フルーツタルトの甘酸っぱさを満喫していると、景君が口を開く。


「そう言えば部長、俺がてけてけに追われていた時、俺の姿もてけてけの姿も見えなかったんですよね?」

「ん?ああ、そうだね」

「そちらでは玄関の鍵とか、教室のドアとかって…」

「ああ、我々のいた学校と、景君のいた学校は生物を除いて同じだったように思うね」

「じゃあ…」

「うむ、急に門は閉まったし、鍵は壊れ、メモは浮き上がり、ドアは開く…けれど人の姿は無い」

「俺の見たピアノが勝手に演奏されているような感じだったんですね」

「うむ、まるでポルターガイストのようだったね…いや…もしかしたらポルターガイストも本当はズレた世界の住人が暴れているだけなのかもしれないね…」

「なるほど…」

「あの学校にはウサギ小屋とかもあったみたいだが、景君がそこを見てもウサギは見えなかったんじゃないかな?」

「本当に何だったんでしょうね…くねくねはまぁ…確かに普通じゃなかったですが、いわば蛇でした…けど…てけてけはもう…何ていうか…完全に異形の…」

「…私は見えなかったから何とも言えないが…」


千影君がお茶のおかわりを持ってきてくれる。


「景君は…特別なのかもしれませんね」

「うむ、私もそう思っていた」

「俺が…?」

「ええ、きさらぎ駅も、伊賀医院…あの治験のアルバイトの時も、そして今回のてけてけも…景君だけが体験している事が多いですから」

「ひょっとしたら景君がいなければくねくねとも遭遇できなかったかもしれない…」

「そんな事は…」

「子供の目には大人では見えない存在が見えている、とはよく言われているが…」

「景君…子供のままなのでしょうか?」

「そんなぁ!」

「いやいや、あながち間違っていないかもしれないよ」

「部長まで…」

「違う違う、勘違いしないでくれたまえ」

「?」

「モスキート音は分かるかね?」

「はい、蚊の飛ぶような高音の事ですよね?」

「そう、人間が音として聞き取れる周波数は、20Hzから20000Hzといわれていて、老化と共にどんどん高い周波数の音が聞こえなくなる」

「はい」

「けれど中には歳を取ってもかなり高い周波数の音を聞き取れる人もいるだろう?」

「そうですね」

「それと同様に、んー、ここでは仮に霊感としておこうか、霊感も歳と共にどんどん衰えていくものなんじゃないだろうか?」

「それが子供にしか見えない存在がいるって理由ですか?」

「そう、そして景君はその感覚がまだ老いていないんだよ」

「なるほど…」

「霊能力とか霊感が強いとか言う人達もそういう感覚が若い人達じゃないだろうか?勿論、詐欺師や嘘つきは除外するよ」

「…でもお化けとか見たことないですよ…?」

「じゃああれだ、霊感じゃなくて、んー、都市伝説感だ」

「語呂悪ぃっすね…」


ハハハと笑い合う。

私はいい仲間に恵まれた喜びを噛み締めながら、決意を固める。

景君のお姉さんを一刻も早く見つけ出さねば…と。


「君もよろしくな、くねちゃん」


新しい仲間は私のその言葉にチロっと舌を出して答えてくれた。



日常回でした

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