てけてけ 其の12
突然の出来事に頭の中は大混乱である。
てけてけを追い払い、2人と合流できたのであればどれほど嬉しい事だろう。
しかし今の俺は少々疑り深くなっていた。
「…本物の部長ですか?」
「それはこちらのセリフだよ景君…」
「……よかった本当に……」
「お二人に質問させてください、くねくねの正体は何でしたか?」
「「蛇」」
ハモるように2人は即答する。
「……本物なんですね……」
安堵で身体中の力が抜けて、その場にペタリと崩れ落ちる。
「…本当にすまなかったね…こんな事になるなんて…」
「本当ですよ…あんな化け物…勘弁して下さいよ…」
「化け物……という事は、やはりてけてけは実在したのですか?」
「てけてけ…なのかどうかは分からないですけどね…ただ、間違いなく人間じゃない何かでしたよあれは…」
思い返すだけでも身震いしてしまう。
「まずはここから出ようか…玄関の鍵はひしゃげているし…見つかれば我々は問答無用でお縄だよ」
「せっかく部長が犯罪者顔負けのテクニックで鍵を開けたんですけどね…」
「ち、千影君!それはほら!景君にわざわざ…!ほら!」
「やっぱり部長だったんですね、鍵開けたの」
いつもの空気に、本当に戻ってこれた事を実感し、ようやく少し笑う事ができた。
「警備装置がなかったのは幸いしたね、さすがに短時間でああいったものを解除できるとは思えないからね」
「短時間じゃなけりゃできるんですか…?」
「え!?いや!そういう意味じゃなくだね!」
「犯罪者顔負けというか…そのものというか…」
「ちが、違う!」
学校を出て、駅までの道すがら、自動販売機で3人分のコーヒーを購入し、皆で揃ってふぅと一息つく。
「思い出したくも無いかもしれないが、何があったか聞いてもいいかね?」
部長なりの気遣いだろう、遠慮がちにそう聞いてきた。
「そうですね、何から話せばいいか…まずレシーバーの調子がおかしくなりましたよね?」
と、俺は俺に起こった出来事を丁寧に思い出しながら順を追って説明する。
部長達と交信できなくなった事、その直後あいつが現れた事、あいつの容姿、追われて学校に逃げ込んだ事、部長達の姿は見えなかったがメモは読めたしピアノも鳴っていた事、歌の事。
「ふむ…」
部長が顎に指先をつけ、少々思考する。
「いくら考えたところで想像の域は出ないが、私の考察でもいいかね?」
「はい」
それはそうだ、この体験に100%納得できる答えがあろうはずもない。
「私達の言っていた『てけてけは人の恐怖を糧にその力を増している』と言うのが当たっていたんじゃないだろうか?」
「………」
俺の沈黙を肯定と受けとった部長が続ける。
「てけてけから逃げきれた証言が事実なら、奴は噂が流れ始めた当初はそれこそ飴や犬で追い払う事ができた」
「力が弱かったから…」
「そう、けれど噂が広がり、人が奴に恐怖すればするほど奴はどんどん力を増していった…」
「多人数には向かってこないが、飴では追い払えなくなった…」
「うむ、更に力を増した奴は多人数を相手にしないようにターゲットだけを別の場所に連れていけるようになった…」
「それが俺の行った異次元ですか?」
「異次元…と言っていいんだろうか私にもよくわからないけどね、少しこことはズレた空間のように思えるね…」
「メモやピアノの件から、生き物だけが除外されたような印象ですね…」
「そうだね、薄皮一枚ズレた向こうの世界…そこにターゲットを追い込めるようになった」
「もし…これ以上あいつが力を増したら…どうなるんです?」
「…もしかしたら完全に別の世界、異次元に連れて行かれるかもしれない…更に言えば、一人じゃなく多人数でも問題なくなるかもしれない…」
「今でも脅威すぎますよ、小学生だけなら絶対に逃げられなかった…!」
「景君の話を聞くにそうだろうね…プリティキューティの歌が効いて本当によかった」
そこでずっと気になっていた事を聞く。
「なんでプリティキューティの歌が…あんなに効いたんでしょうか?」
「噂の主な発生源が小学生低学年だった事が関係しているかもしれないね…」
「てけてけの対策の中で最も具体的に挙げられ、証言の数が多かったのはプリティキューティの主題歌を歌うという物でしたね…」
千影さんの言葉に部長は頷き、ノートを広げパラパラとめくる。
「我々は年を重ね、物事を見る目が変わってしまう…勿論良い意味でも悪い意味でも…」
苦々しい表情のまま続ける。
「確かにプリティキューティの証言は多かったが、証言の対象年齢上の偏りだと思ってしまっていた部分が無かったといえば…嘘になるね…」
「まぁ…可愛い歌でしたし…一見効き目も薄そうですもんね…」
「だが、てけてけが恐怖を力にするように、対処法も多くのそれを信じる子供たちの力を得て強くなったのだよ」
「言霊…ですか」
「うむ、それに歌には人が恐怖を感じた時に自分を奮い立たせる効果がある」
「あー、それはなんとなく分かります…肝試しで怖くなったら歌を歌ったりして気を紛らわせますしね」
「結果を知った後ではこうして何とでも言えるが…考え方を改めなければならないね…本当にすまない」
「いいですよそんなの、俺だっていきなりプリティキューティの主題歌は信じられないですもん」
実際、部長からのあのメモを見た時も半信半疑だったくらいだ。
「さあ、だが大事なのはここからだ、対処法が効く今のうちにこの噂を広げまくらねば!」
「私はヒカルちゃんに頼んでおきますね」
「なら私と景君で証言者の方達に再度会いに行こうか」
「そうですね、行く先々で噂を広めれば…」
「うむ、奴に対する恐怖が薄まれば…自ずと奴の力も失われる……はずだ…!」
「…」
「…」
「仕方ないだろう!私だって答えを知ってるわけじゃないんだから!」
「わ、分かってますよ!何も言ってないじゃないですか!」
「いーーや!目が言っていた!!『はず…って何だよ…』という目をしていた!!」
「ほら部長、帰りますよ、明日も早いんです」
「近所迷惑になりますからほらほら」
「私だって一生懸命やっているんだよ!」
「知ってますよ」
「そりゃもう」
「…………そ、そうかね?」
そうして、俺達は疲労困憊した身体を引きずって帰路に着く。
帰りも1人になるのは怖かったが、恐怖してしまうと奴に力与えてしまうかもしれない…
だから俺は動画サイトでプリティキューティのOPを再生しながら歩く。
可愛くてカッコいい、良いOPだと思った。
モヤモヤする部分とかあればご指摘下さい。




