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てけてけ 其の4


「………」

「………」


急に笑い出した部長に対して、どう対処すればいいのか分からない。


「………」


なので、一応千影さんと目配せをした上で一発だけ部長の頭をバシンと叩いてみる事にする。


「痛い!な…なんで叩くんだい!?」


どうやら無事のようだ。


「いや…急に笑うからじゃないですか…ビックリしますよそりゃ」

「あ…ああ、そうか、そうだったね」

「ご無事ならいいんですけど」

「無事も何も…ほら、見てみたまえ、幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつだ」


そう言って部長は双眼鏡をこちらに渡してくる。

それを受け取った千影さんが恐る恐るではあるが覗き込む。


「危険はないんですか?」

「…まぁ全くの危険がないわけではないな」

「?」

「どうぞ景君」

「あ、ありがとうございます」


正体を確認したであろう千影さんが俺に双眼鏡を渡してくれたので、2人にならって目標物の確認を急ぐ。


「………ん?何ですあれ?」


そこに居たのは…なんと言えばいいのだろうか…確かに裸ではあるのだが…人間が服を脱いでいると言うよりは元々そういう生き物なのではないかと思える質感というか…


「猿ですね」


ああ、そうか猿なのだ。ただし全身に毛が生えていないので、一目で猿だと断定し難い見た目になっている。

スフィンクスという種類の猫をご存知だろうか?

双眼鏡の向こうの存在はあれによく似た体表をしていた。


「猿…ですか?あれ?」

「毛がないのは皮膚疾患なのか…はたまた特殊な個体なのか…サイズも一般的なニホンザルに比べて大きいね…」

「顔つきがニホンザルとは少々異なっているように思います」

「そうだね…奇形で生まれてしまって群れから追い出されてしまったのかもしれない」

「病気になった動物は自ら群れを離れる事もよくあるそうです」

「それで裏山からここまで下りてきたんでしょうか?」

「だとすると少々気の毒ですね…」


部長が再度、双眼鏡を覗き込みながら細かく観察を続ける。


「よく見るとケガをしているのか…若干足を引きずるような動き方だね…だからかもしれない…自分が不利だと分かっていたからあまり人間に向かってこなかったのかも…」

「普通の猿なら大人でも関係なしに襲ってきますもんね」

「うむ、勝てると判断した小さな子供だけに向かってきていたから、目撃者も小中学生ばかりだったのかもしれないね…」

「では…下半身が無いと言うのも…」

「彼は猿にしても大きめの個体であるから…足を引きずりながら手をついて向かってきた場合…上半身だけで追ってきたように見えてしまったのかもしれない」

「そんな見間違えしますかね…?」

「暗く、視界が悪いというのが大前提だがね…」

「更に言えば、てけてけの噂があったからというのも大きいかもしれません」

「そうだね、てけてけが出るという噂を聞いた後にあの正体不明の生き物を見てしまったら…それはもうてけてけを見たと思い込んでしまうだろう」

「なるほど…」

「猿だと思ってみれば猿にしか見えないかもしれないが…てけてけだと思って見れば大きさも人間の上半身くらいだし、てけてけに見えてしまうのも分かる気がするね」

「声を聞いたと言う少年もキイイイという声を聞いたと言っていましたね」

「ああ、猿の鳴き声が女の悲鳴のように聞こえたのかもしれませんね」


住処を追われた一匹の猿が、必死で生き抜こうとしている事をなんだか悲しく思ってしまう。


「これ…どうすればいいんでしょうか?」

「正直…後は警察に連絡するくらいしか我々にできる事はないね…」

「野生の動物は大変危険ですから…素人が迂闊に近付いては良い結果を生まないでしょう…」

「そうすると…あの猿はどうなるんでしょうか?」

「この辺りは危険だと察知して山に戻ってくれるのが一番いいんだがね…」

「人に危害を加えてしまえば駆除もあり得ます」


当然だ、もしも人間が怪我をしたり、万が一、死人でも出てしまえばそれこそ目も当てられない。


「………そう…ですね」

「では、通報するよ…?その後は皆に猿だったと伝えれば噂も沈静化するだろう」


部長がそう言ってスマホを取り出す。


「俺に通報させてくれませんか?」

「………ああ、もちろん構わない」

「……………」


通報を終え、事情聴取も済ませ、解放されたのはそれから2時間は過ぎた頃だった。

『なんとか山に帰してやってください』なんて言ってもどうにもならない事を警察にもお願いしてきた。

そんな帰りの電車の中。


「…分かりますよ…私は」

「え?」

「私は…と言うと語弊がありますね、勿論部長も分かっていると思いますよ景君の気持ち…」

「そうだねぇ…」

「すいません…なんか」

「いやいや、私もミーちゃんという猫を飼っていたからね…」

「なんかアイツが可哀想で…いやでも確かにそれでアイツが知り合いを傷つけたりしたら…やっぱり許せないんだろうなって思ったり…」

「分かります…」

「警察がうまく追い立てて山に戻してくれれば…欲を言えばその後も彼に居場所があれば…だね」

「……はい」


なんだかやり切れない気持ちを抱えたまま、帰りの電車はガタンゴトンと揺れている。


ガタンゴトン

ガタンゴトン


モヤモヤとした気持ちは残ったものの、てけてけ騒動自体はスピード解決だ。

千影さんがヒカルちゃんにも連絡をしていたので、すぐに子供達にも伝わるだろう。

言葉の通じない相手との共存って難しいななんて思いながら電車の揺れに体を任せる…



てけてけ騒動は解決したと思っていたから。

猿だと思っていたから。

けれどこれは始まりだった。



まだ続きます

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