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邪視 其の2


今日も今日とて探索中。

毎日何の成果も得られてはいないが、2人ならそこまで暗い気分でもない。

不幸続きではあるが、風ちゃんとここで出会えたのは幸運だったとしか言いようがない。

思えば、あの巨大な頭の化け物がいる場所で救って貰えたのも俺にすれば僥倖だ。


「向こうに帰ったら何する?」

「そうですねぇ…まずは美味しいものをいっぱい食べたいですねぇ…」

「分かる!!」

「牧野さんは?」

「俺はねぇ…日光浴がしたい!!」

「あーー!それもいいなー!」

「向こうに戻っても風ちゃんと会えたらいいな、一緒に遊園地でもいこうか」

「えー!口説いてますか?」

「100年早いよ」

「あははー!」


なんて、いつもの会話をしながら付近の探索を続ける。

ジャリ、と背後から聞こえた気がして、なんの気なしに振り返る。


「っ!?」


そこにそいつはいた。

ボロキレを纏った男、というのが第一印象。

けれど違う、特徴的なのはその顔。

頭髪、眉が無く、顔には口と…鼻のある位置から頭部まで届きそうな縦長の1つの目。


「……!!!!」


ほんの一瞬、ほんの一瞬だけではあったが、その化け物と視線が交差した。

その目が合った瞬間。

俺の中に今まで経験した事も無いような、深く黒い気持ちが込み上げる。

吐き気が止まらない、死にたい、なんで俺が…。

嫌だ、嫌だ、この暗い街も、何も出来ない自分も、死んでしまいたい。


「牧野さん?」


その声が(すんで)の所で俺を持ちこたえさせた。

こちらを振り返ろうとする風ちゃんを手で制す。


「走って!!!風ちゃん!!」


俺は風ちゃんの背中を押しながら促す。


「まっ…牧野さん!?何が…!?」

「いいから!!絶対後ろ見ないで!!俺の声がしてる間はとにかく走って!!!」


ほんの一瞬で分かった。

あれはヤバいやつだ。

口裂け女や100キロババアとは比べ物にならない。

死に。

このままじゃ風ちゃんまで。

死にたい。

今までも絶望せずにやってこれた。

死んでしまいたい。


「うぐうううぅうぅぅううう!!!」

「牧野さん!?牧野さん!!?」


俺は風ちゃんの背中にある腕とは逆の自分の腕に思い切り噛み付く。

歯が食い込み、肉が裂け、激しい痛みと出血が襲う。


「んぐう!!大丈夫!!走って!!」


ほとんど変わらないが、痛みで絶望感が少しだけ誤魔化されたような気がする。

全く大丈夫ではないが、風ちゃんには大声で虚勢を張る。

死にたい、死んでこの辛さから解放されたい。

元嫁と子供の事が思い出される。

後悔、懺悔、怨嗟、様々な負の感情が俺の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、増幅している。


「牧野さん!?何があったんですか!?」

「………大丈夫!!!」


弱音や恨み言を吐きたくて堪らない。

ボロボロと絶え間なく涙は流れ続ける。

へたり込んで頭を抱えて叫びだしたい。

だけどほんの少しだけ頭の片隅に残っている理性がそれを押し留める。


「幸い、追ってくる速度は速くない!いいかい?絶対振り返らないでできるだけ遠くに!ヤバいやつがいる、見ちゃいけない、こことの相性が良すぎる」


そう、普段なら絶望しても時間が解決してくれるケースは多くある。

勿論、衝動的に自ら命を絶ってしまった場合はその限りではないが。

人間という生き物は思いの外タフにできている。

けれど、ここは駄目だ。

この場所は 絶望=消滅 なのだ。

立ち直る時間すら与えてもらえない。


「牧野さん!ならこのまま2人で逃げ切りましょう!今までみたいに!」

「死に……いいねそれは…」


喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込む。


「風ちゃんは聞いたことあるかい?見るだけで人を…人の精神を弱らせるような化け物の話」

「すみません…ありません…」

「じゃあ口裂け女みたいに弱点もわからないか…」

「すみません…」

「いやいや、風ちゃんが悪いわけじゃない」


現状、化け物に対抗する手段は無し。

弱点のようなものは不明。

物理的に攻撃する為に、奴に向かっていけば、その時点で絶望して終わり。

どうせこのままじゃ道路もループし始め、逃げているだけでは何の意味もない。

なんともはや。


「風ちゃん、あそこの壁の穴、通れるかい?」


走る先およそ10m、右に見える空き地の奥の壁には子供なら何とか通り抜けできそうな穴があいていた。


「通れますよ………私はですけど」

「なら…」

「駄目です!」


驚いた事に風ちゃんは大声でそれを拒否した。


「2人で逃げましょうね!」


その声は涙声だ。


「……そうだね」


その言葉で俺は決意した。

いや、正しくは決意できたという方が近い気がする。


「風ちゃんごめん!」

「牧野さん!?」


ヒョイと風ちゃんを抱きかかえる。

今の御時世、こんな所を見られたらきっと通報されてしまうだろう。


「牧野さん!!!」


俺の思惑を悟った風ちゃんは抵抗するようにバタバタと俺の腕から逃れようと身をよじる。


「風ちゃん、ごめんなオッサン臭いだろ?」

「牧野さん!!嫌です!!離して!!」


それこそ誰かに聞かれたら一発で通報されそうなセリフを風ちゃんが叫ぶ。


「風ちゃんは奴と目を合わしていない、ターゲットじゃないかもしれない!!」

「関係ないです!!」

「ある!!!」


よくわからない問答をしながら俺は強引に風ちゃんを壁の穴に押し込む。


「牧野さん!!やめてください!!」


風ちゃんは抵抗するが、女児と中年では勝負になるはずもない。

壁の向こうに風ちゃんを押し出し、風ちゃんが体勢を崩している隙に、こちら側にあった大き目の石を穴を塞ぐように置く。

あまりの重さに腰をやってしまいそうになるが何とか耐えた。


「牧野さん!!!なんで!!!」

「大丈夫!!」


化け物が近くにいるのがわかる。

背後にその気配を感じるような気がする。

肌はピリピリして涙は止まらない。


「大丈夫!!」


目を合わせなければいいなら下を向くか目を瞑れば大丈夫かとも思っていたが、どうもそうもいかないかもしれない。

見つめられているだけで動悸が激しくなり、まともに呼吸するのは困難になる。


「大丈夫!」


もう風ちゃんの声は聞こえない。


「大丈夫!!」


でも俺は叫ぶ。

自身の絶望をごまかす為に。


「大丈夫!!」


空き地に落ちていた太い木の枝を拾い上げる。

目を瞑ったまま、それを背後の気配に向けてフルスイングする。

バギャッと枝の折れる感覚。

モロに当たった手応えに俺は反射的に目を開けてしまった。


「だいじょ…」


本当に俺はついてない。

そこには微動だにしていないそいつの姿があり…。

俺はそいつと至近距離で目を合わせてしまった。


「んんんんんんんんんん!!!!!」


俺が咄嗟にできたのは自分の口を両手で塞ぐ事だけだった。

先程よりももっと深い絶望が、悲しみが、俺を支配した。

笑っている。

目の前で化け物が愉快そうに肩を揺らし笑っている。

その事も俺を絶望させる。


「んんん!!!!!」


恐怖で、苦しみで俺は失禁した。

もしかしたら脱糞もしていたかもしれない。

それを見た化け物が嫌そうに表情を歪める。

それと同時にほんの少しだけ絶望感が軽くなったような気がした。


「牧野さん!!!!!」


風ちゃんの声が聞こえた。

その声は絶望の中の俺を少しだけ引き上げてくれる。

思い出した事がある。

タバコには魔除けの効果があるんだとか。

怖い話や怪談に疎い俺が何となく覚えていたそんな知識の真偽の程は分からない。


「大丈夫…」


最後の1本、胸ポケットから取り出した、あちらから持ち込んだタバコ。

味のするそのタバコに火をつけ、胸いっぱいに煙を吸い込む。

くそ、長い間吸っていなかったけどやっぱり美味いじゃねぇか…。

ふぅうううう!と煙を思い切り目の前の化け物にもお裾分けしてやる。


「み゛ぃいいいいい!!!!」


化け物はタバコの煙を嫌がったのか、はたまた小便まみれの俺の手を嫌がったのかは定かでは無いが、苦悶の表情を浮かべ、叫ぶ。


「ざまあみろ」


一瞬スカッとしたが、その気持ちは深い絶望に上塗りされて消えて行く。

化け物は最後に俺を睨みつけ、そして闇の中に姿を消した。


「牧……さ……!!!」


遠くで風ちゃんの声が聞こえたが、俺はただただ深い絶望の中にいる。

誰かの泣き声が五月蝿いが、俺の声かもしれない。


「……!!!!」


願うなら。

俺を救ってくれた風ちゃんが、そして風ちゃんの家族や大事な物が…きさらぎ駅から解放されて欲しい。

俺はそう思ってしまった。

元嫁や子供の事よりも、ここに残される風ちゃんを思ってしまった。


ここは絶望を、犠牲者の恐怖や絶望を実現させ、力にする。

つまり、俺は風ちゃんと、その大切な物が巻き込まれる事を恐怖してしまったのだ。

そしてここはその恐怖を、絶望を実現させてしまう。


俺は黒い黒い絶望に包まれながら、消えゆく瞬間までその事に気付けなかった。



長くなりました

すみません

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