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駅の男


「ん〜♪んん〜♪」


暗く淀んだ街を男は闊歩する。

景色とは違い、男の気分は明るく澄んでいた。

無意識に鼻歌を歌ったのは何年振りになるだろうか。


男の名は『明日葉(あしたば) (なお)』。

その名前に興味もなければ、思い入れや未練すら無い。

年の頃は30半ばといった所だろうが、自分自身すら覚えてはいなかった。


「いいなここは、本当に…」


男の鼻歌も呟きも、静寂に溶けていく。


「ん〜〜♪んん〜♪」


いつか向こうで聞いたであろう曲。

歌詞や曲名も思い出せない。


ここはきさらぎ駅。

そこで男は絶望する事無く生き延びている。

もう何年になるかは分からない。

しかしこの気持ちは何年も前からずっと変わっていない。

あちらよりもずっとずっと男を満たし続けてくれていた。


「もっともっと…」


決して不幸な生い立ちではない。

裕福とまでは言わないが、ごく普通の両親の元に生まれた。

人見知りな性格だった為、友達は少なかったが、それでもゼロと言うわけではなかった。

趣味らしい趣味はなかったが、怖い話や都市伝説を聞くのは好きで、寝る前に動画サイトで見ながら眠りにつくのが男の日課ではあった。


だが男は毎日が退屈だった。

何かは分からないが、漠然とした虚しさや、日々募る焦燥感。

かといってその虚しさを埋めようと努力する事もしなかった。

「何をすればいいのか分からないのに無駄に行動するのもな…」等と自身に対して言い訳をするだけの男は、いつしか自身を『恵まれない人間』と思いこむようになる。

楽しそうにしている人達は、恵まれているからなのだと。

自身が空虚さを感じているのは、そういった人達に比べ、状況に恵まれていなかったのだと。

そう、自身は『被害者』なのだと。


歪んだ思考は言葉となり、言葉は行動となった。

そうして気が付くと、被害者意識だけが膨張した、他責思考の男が出来上がっていた。

友人も、親も、男からは離れていったが、それすらも男は相手が悪いのだと疑わなかった。


「次は♪首無しライダーなんかもいいな♪」


孤立した男は、ある日きさらぎ駅へと足を踏み入れる。

自身を受け入れる事の無かった向こうの世界すら憎んだ男は、もう向こうに戻るつもりはなく、きさらぎ駅で生きる決意をする。

初めて世界が自身を特別扱いしてくれたような気がした。

薄暗い景色も、味のない食事も全く気にならなかった。


男はここでも人と関わらず生きてきた。

そうするうちにきさらぎ駅の『ルール』を発見する。

いくつかあったが男が興味を惹かれたのは2つ。

即ち『絶望すると駅に喰われる』『絶望した際の恐怖は実現する』の2つであった。

これを知ってから、男は積極的にここに迷い込んだ人間と接するようになる。


「どうすれば怖がるかな…」


初めは気弱そうな子供をターゲットにした。

『口裂け女』の話を執拗に聞かせ、子供を精神的に追い詰めた。

やがてそれを信じ切った子供が絶望し、駅に喰われ……そして口裂け女が実現した。

男は歓喜の声を上げた。

自身がこの世界を作り上げるのだと。

恵まれた人間を、自身を蔑ろにした人間たちを恐怖で染め上げ、この世界に君臨するのだと。


話術を学び、来る人間に恐怖を植え込んだ。

恐怖の対象は自身の好きな都市伝説や怖い話だ。

そうして男はどんどんときさらぎ駅に怪異を増やしていく。

それらを自身がコントロールしていると信じて疑わない。

ようやく男の空虚な心が満たされていくのを確かに感じていた。


「それにしても…」


男は思う。

少し前にここから脱出した連中の事を。


「1人ずつならすぐに絶望したに決まってる…ああいう奴等が簡単に人の気持ちを踏みにじるんだ」


憎々しげに線路の先を見つめる。


「けどまぁ…いなくなったものは仕方ない…それよりも当面は…」


男が現在危惧している事、それは少女と中年の2人組だった。

彼等を見かけるようになってから少し経つが、どうにも絶望する様子がない。

それどころかせっかく生み出した怪異まで消滅させられる始末だ。

このまま放置すると、せっかく自身で作り上げたここがまた居心地の悪い場所になる。

そんな気がした。


「どうすればいいかな…」


先程けしかけた人面犬も成果は上げられなかったようだった。

足元でブツブツと恨み言を吐く人面犬を優しく撫でながら男は思考する。


「やっぱり群れるとだめだな…ろくな事がない」


立ち上がり、男は歩き出す。


「ん〜♪んん〜♪」


男は鼻歌と共に暗闇の続く路地裏へとその姿を消した。


不定期すぎる投稿本当になんとかならんのかワシ…

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