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人面犬


「くそぉ!どんどん湧いてくるぞ!」

「噛まれた場所は大丈夫ですか!?」


ズボンごしに噛まれた足を確認する。

痛みはあるが、傷にはなっていないようだった。


「ああ、大丈夫、歯が人間のものだからか…犬の牙だったら危なかったな…」

「よかった…いえよくは無いですけど…」


路地裏に逃げ込んだ俺と風ちゃんは、ようやく一息つく。

本日のお相手はどうやら、かの有名な人面犬というやつらしい。


「そういやあの変な村でも犬型のデカ頭がいたな…」


俺はふといつかの事を思い出す。

ここ、きさらぎ駅に来てからどれくらい経っただろうか。

風ちゃんと出会い、様々な怪異から逃げ惑い、なんとかかんとか脱出の方法を探しているが、今日も今日とて有用手段は得られなかった。

手がかり無く、とぼとぼと帰路についていた所、繁華街の隅から人の声が聞こえたような気がした。

生き残りがいるのかもしれないと、声をかけたものの…。

こちらに向かってきたのは人間の顔をした犬の姿であった。


「あんなに人面犬って凶暴でしたっけ…」

「いやぁ…俺が子供の頃に聞いたのは…「ほっといてくれ」って言いながらどこかに消えて行くような…そんな話だったな…」

「私も同じです…」


どこにでもいるようなおじさんの顔をした犬が暴言を吐きながら追ってくる。

恐怖した俺達が逃げていると、どこからかもう一匹、さらにもう一匹と、どんどん俺達を追う人面犬の数は増えていった。

顔が若い女性の個体もいれば、白髪の老人の個体もいた。

そのどれもが恨み言を吐きながら追ってくるのだ。


「しっ!」


グルル…と唸り声とペタペタという足音が聞こえた。


「走って逃げるのも限界か…」


風ちゃんがゴソゴソと近くのゴミ捨て場を漁る。

何か使える物が無いか見ているようだった。


「これで…気を引けると思いますか?」


そう言って取り出したのは食いかけの弁当だった。


「どうだろうな…」


普通の犬なら食いついてくれそうではあるが…。


「あとはこれとか…」


鉄パイプ、柄の折れたフライパン、割れた食器、缶類が詰め込まれた袋。


「一か八か…噛まれてもすぐに致命傷ってわけでもなさそうだし…やってみようか…」

「任せてください!」

「え!?いやいや駄目だって!風ちゃんはここに…」


俺が言い終わらないうちに、風ちゃんはカンカンとフライパンを鳴らしながら大通りに向かう。


「こっちだぞー!!」


ガルル!と数匹の人面犬がそれに気付き、ゆっくりと風ちゃんに向かって歩みを進める。


「そしてこれだ!!」


そう叫んで、弁当を人面犬達に向かって放り投げる。


「………」

「………」

「………」


一瞬、視線をそちらにやるものの、それだけだった。

すぐに風ちゃんに視線を戻し、再度向かってくる。


「牧野さん…駄目でした」

「オッケーオッケー…ゆっくりこっちに下がって」


なんとなく予想はしていたが、この世界の味も匂いもない弁当では興味が引けるわけもなかった。

そもそもあいつらの脳味噌は人間なのだろうか?

だとすれば、なぜ人を襲うのか?

グルグルと疑問が浮かび上がるのを抑え込み、俺は鉄パイプをグッと握る。


「おら!当たると痛ぇーぞ!」


風ちゃんを自分の後ろに隠し、鉄パイプを一度ブンと振るう。


「あの野郎、ぶっ殺してやる」

「なんで私が悪いのよ」

「真面目ぶりやがって、皆うざってえ」


そんな言葉を吐きながら、恐れる様子もなく人面犬が近付く。

牙が無いとは言え、犬の身体能力で飛びかかられ、首元でも噛まれるとただでは済まないだろう。


「なんで俺ばっかり!!」


俺が言いそうなセリフを叫びながら一匹が飛びかかる。


「それは俺のセリフだ!!!」


俺もそう叫び返しながら、鉄パイプを投げ捨て、胸ポケットからライターを取り出す。

火をつけたライターに向かってゴミ捨て場の缶類の袋に混ざっていた虫よけスプレー缶を噴射する。

知らない人はいないだろうが、スプレー缶の中のガスは可燃性であり、それが火炎放射機のように激しい炎を噴き出す。


「あっつ!!!」


そう叫んだのが俺なのか人面犬なのかは分からなかった。


「当然これは危険な行為なので本来ならやってはならないし、スプレー缶をゴミに出す際には缶に穴を開け、中のガスを全て抜ききってから出すようにしてくださいね!」

「誰に言ってんの?それ?」


風ちゃんに軽くツッコミつつ前を向くと、恨めしそうな目をしながら人面犬達が後退していくのが見えた。

顔は人間だが…人間ほどの思考能力は持っていないのか、それともそこまで俺達を襲うメリットが無かったのか…。

なんにせよ、奴等が退いてくれたおかげで俺達はその場にへたり込む。


「よかった…」

「人面犬には対策なんて無いのかと思っていたんですけど…」

「うん」

「犬って勇気の象徴としても描かれるんですよね」

「そうなんだ」

「だからきっと…勇気出して立ち向かうのが正解だったんじゃないですか?」

「うん…そうかもしれない」


そして俺達は再び帰路に着く。


「にしても…」

「はい?」

「ここは絶望したら、恐怖したらそれが実現しちゃうんだよね?」

「そうだと思います」

「なんでこんなに都市伝説上の化け物が多くいるんだろう?」

「どういう事ですか?」

「いや、確かにきさらぎ駅が都市伝説だから他の都市伝説も想像しちゃうかもしれないけど…普通こんな所に来たら帰れない恐怖で絶望しちゃう人ばっかりじゃないかな?」

「わざわざ口裂け女やジェットババアを想像して絶望しないんじゃないかって事ですか?」

「そうそう、帰れない事に絶望して、そのまま消えて行く人のほうが多そうだし…化け物に恐怖するにしても…漠然とした幽霊とかじゃなくて…有名な都市伝説の化け物が多いのは何でだろう…口裂け女を見て口裂け女に恐怖はするだろうけど…居もしないジェットババアをすぐ連想はしないような気がするんだよなぁ…」

「それは確かに…」

「それにも何かルールがあるのかな?都市伝説は具現化しやすいとか」

「あー…あるのかも…ううん、ごめんなさい正直分からないです」

「ああ、いやいや風ちゃんが悪いんじゃないんだ、少し疑問に思っただけでさ」


今日も何とか俺達は消えていない。

だが脱出の術もまだ見つけてはいない。

他の生存者も。

いるんだろうか?ここに他にも生き延びている人間は。


「ん?」

「どうしたの?」

「え?あ、いえ…何か…聞こえませんでした?歌みたいな…」

「え?いや…聞こえなかったけど…」

「すみません、気のせいです…」


耳を澄ますも、返ってくるのは静寂だけだった。


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