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男部屋の夜更け


「ともかく一安心ですか?」

「ん?」


我々の部屋に戻ると景君がそう切り出した。


「千影さんの事ですよ」

「あ、ああ、そうだね、今後どうなるかにもよるが…酒井夫妻はもう見つからない気がするね…」

「俺もそんな気がします」

「まぁ…それだけの事を彼等がしてしまったのも事実…」

「これからどうするんです?」

「これからかい?そうだな…最近講義に出れていない事も多かったから…」

「そうじゃなくて」

「ん?」

「千影さんの事ですよ」


そう尋ねる景君の顔はどこかイタズラ少年のような表情をしている。


「どうもこうも…騒動は無くなった事だし…今後も変わらず…」

「それでいいんですか?」

「………」

「今回の件は良いきっかけだと思うんですよね」

「何がだい…」

「煮え切らない部長が一歩踏み出すきっかけです」

「ぐぬう」


ビシ!と人差し指を私に突き付けながら景君は続ける。


「焦ったでしょう!?」

「な、何が!?」

「千影さんに今回の事を相談された時ですよ!!」

「うぐっ!!」

「結婚!?いや、千影君ならそういう相手がいて当然か…だが急すぎる!今までそんな相手がいるような素振りは…いやいや…わざわざサークルだけの付き合いの人間にそんな話はしないのか…私だって誰にも負けないくらいに千影君を愛しているのに…しかし千影君はあの我王グループの娘さん…私のような都市伝説ヲタの厨二病患者では釣り合いが取れるはずも無く…みたいな事を思ったでしょう!!」

「ぐぬぬう!!後半が辛辣すぎる!!」

「俺が思ってるわけでは無いですよ、部長なら自虐的にこう考えるだろうなという予想です」

「そ、そうなのかい?」

「………」


無言での返事に涙目になってしまう。


「まぁそこまででは無いが…確かに急でビックリした…のは…認めざるを得ないね…」


言葉を選びながら慎重に答える。


「今回は幸い…と言っていいかは分かりませんが、酒井夫妻の暴走でしたけど…本当に政略結婚だとかがあってもおかしくないですよ?どうします?そうなったら」

「そりゃ…」


どうするのだろう、と考え、返答に詰まる。


「本当に千影さんが自分では拒否できない…そんな結婚騒動が起こったら」

「千影君が望むなら…」

「部長…ここには俺しかいないんですよ…本音聞かせてくださいよ」


そう言いながら、私の目の前に500mlの缶をコトリと差し出す。

缶のラベルにはアルコール度9%と記載されており、20歳未満が飲んではいけない物なのが一目で分かる。


「さあさあどうぞ」


このストレス社会、こいつに救われている人間も多くいる。

依存してしまう事は良くはないが、ある程度のガス抜きには必要な物なのだろう。


「では失礼して…」


プシュとプルタブを開け、ぐいと思い切って一口、二口と胃に流し込む。

普段からあまりアルコールを摂取しない私には効果てきめんなようで、半分も飲まないうちに景色がグニャリと歪む。


「…勿論私も千影君を憎からず思っている…だがそれは景君やヒカル君に対してもある感情だ………と思う」

「そういえば拳はもう治りましたか?きさらぎ駅で窓に叩きつけたやつ」

「……うむ」

「自分の拳が割れるほど必死になるなんてなかなかできませんよ?」

「………あの時は気が動転していたからね…」

「仮に千影さんが部長を好きだと言ったらどうするんです?」

「そんな事があるわけはないさ、彼女は…とても気遣いができ、優しい女性だからね…皆勘違いしてしまうのさ」


何だか自分に言い聞かせているようでモヤモヤするが、その感情をグビリと酒と一緒に飲み込む。


「都市伝説けんきゅうかいに入ったのも千影さんの恩返しだと?」

「そうさ、悪い男から守ってあげたからね、それのお礼だよ」

「あの千影さんがそんな回りくどい事を?」


グビリ


「彼女は…聡明だ…私が…思うより遥かに考えているからね…何か考えがあったのだろう」

「じゃあ一旦、千影さんの考えは置いておいて、部長だって女性に興味はありますよね?」

「な…なんだか下世話な話になりそうな導入だね…」

「無いですか?」

「い、いや…無くはないが…まぁなんだ…私はほら、この見た目でこの性格だろう?そういった話とはなかなか縁がなくてね…」


グビリ


「どんな女性が好みなんですか?」

「そうだな…やはり一番大事な事は相手への理解がある事だろうね…」

「理解ですか」

「ああ、趣味や食事の好み…どんなものでも相手が好きな物を否定しないというのはとても大事な事だよ」

「それはそうですね…じゃあ部長は付き合った人が蜘蛛とかゲテモノ好きでも大丈夫ですか?」

「まぁそれくらいなら大丈夫であるよ」

「アイドル大好きな人は?」

「そんな人は私を好きにならないだろう」

「それはそうですね」

「すぐ認められるのも悲しい」

「冗談に決まってるじゃないですか」


グビリ

その後も他愛無い質問が続く。

友達の少ない私は、こんな話もあまり慣れていなかったが、景君とこういう話をするのは決して嫌では無かった。

皆といる間はふざけている時も、真剣な時も、本当の自分でいられる気がする。


グビリ

2本ほど缶が空になっただろうか。

このままベッドに倒れ込めば一瞬で意識は無くなるだろう。

そんな朦朧とした意識の中、ボンヤリと景君じゃない声が聞こえた気がした。


「じゃあ部長、私…じゃなくて…千影さんはどう思っています?」

「とても素敵な女性だよ…私のような人間にも当たり前に接してくれて…思いやりがあり…そうだな…うん…理想的だよ…そうか……私が…好きになるわけだよ……」


最後の方はよく覚えていないが、私はムニャムニャとそんなような事を呟きながらベッドに突っ伏した。


日常回です

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