大人気女優の私を一言で恋に落とした役者の彼は2人っきりの密室でグイグイ押しても気づかない芝居バカ
『第3回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』応募作品です。
役者Eは崖っぷちだ。
「オレダッテオトコデスヨ!!」
「違う!」
「はい、すみません」
かれこれ30分。体感永遠。俺のせいで映画の撮影が止まっている。
「監督? ここまでにしませんか、今夜皆さんと一緒にご飯食べるの楽しみにしてたんですっ」
大人気女優の天乃初音は、鈴を転がすような声で天使の笑顔を見せる。
「はつねちゃ〜〜ん! じゃあ今日はここまで! 飲み行くぞ!」
スタッフ陣とともに彼女もスタジオを出る。
「榎本さん?」
胸まで伸びたサラサラの髪、ふわりと揺れる白のワンピース。振り向いた彼女から自分が話しかけられたのだと認識するまでの時差に次元の違いを思い知らされる。
榎本英兎それが俺の名前だが、裏では役者Eと呼ばれている。
素直に取ればイニシャル。現実は自分への周りの評価だ。理想の芝居と自分の演技力の差にもがく。もてはやされるルックスの良さだけでここにいる。両親に感謝だ。
「練習したいので遠慮します」
そうですかという彼女の微笑みがドアを閉めた。
◆
退店時間を知らせる電話の爆音で目が覚める。あのあと夜通しカラオケ店で練習していた。
「絡み酒? ッざけんじゃねーー!!」
隣の部屋から怒声が聞こえた。誰のものか瞬間的にわかり心臓が脈打つ。盛大な愚痴を知り合いに聞かれたくないよなと急いで帰り支度を済ましドアを開けると、空のコップを手にした天乃初音と出くわした。
「かっこいいっすね」
◇
それが3ヶ月前。あの日俺たちは一緒に住むという協定を結んだ。自分の本性を俺ごと自宅に閉じ込めたいという理屈らしい。かわりに演技を教えると言うので快諾した。
「明日だね、直しになったとこ撮るの」
「はい。自信ないす」
「へーー。じゃあ、緊張しないおまじないっ」
風呂上がりの彼女が俺に抱きついてきた。
頼むから距離感考えてくれ! 甘い香りと体温が俺を誘う。華奢な腰に手を当て、思わずソファに押し倒していた。
「俺だって男ですよ!!」
彼女と目が合った瞬間、自分が口にしたセリフに気づく。
「そうか!! 今の感じですね! 明日これでいきます! ありがとうございます!」
「……この芝居バカ!!」
「あれ? 風呂でのぼせました? 顔赤い」
「鈍感」
彼女は俺の胸に顔を埋めて呟く。
「榎本くんは良い役者って言われてるんだから自信持ちなよ」
「そうなんですか!? てっきり」
彼女は俺のバカ話を笑い飛ばした。豪快な笑顔から目が離せない。
この顔を知ってるのは俺だけ。
嬉しさの理由は、まだ胸の密室の中。
貴重なお時間を割いてお読みいただきありがとうございました。
この先もあなた様と素敵な作品との出会いを応援しています!