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英雄依存症

作者: 三葉倫太郎

 長かった旅がとうとう終わりを迎える。僕はこの一振りで、すべてに決着が付き、平和が訪れると確信していた。僕のすぐ脇を飛ぶ相棒の妖精が「やっちゃえ!」と叫んだ。


 「終わりだ、時の魔人」


 「貴様さえ…貴様さえいなければ」


 力を使い果たし、無様に横たわる諸悪の根源『時の魔人』。未来から過去まで自由に時を渡る力を悪用し、あらゆる時間軸で悪事を働いた魔人。こいつを倒すことが、勇者としてこの未来にやってきた僕の使命だ。


 満身創痍の体に鞭を打ち、剣を振り上げ、力のままに魔人の首をめがけて振り下ろした。


 その時の感覚が、平和になった今でも忘れられないでいる。いや、厳密には世界が荒れ果てる前に戻っても…か。

 ふと空を見上げ、あの壮絶な旅路を思い出す。


 「ちゃんと平和になったのかなあ」


 自分のことは何の能力もない普通の子供だと思っていた。そんな僕の元に突然現れたあの妖精は、僕に勇者としての資質があると見抜くやいなや、自分と共に時の魔人を倒してくれと頭を下げてきた。相棒になったその妖精の能力で一緒に数々の時を渡った壮絶な10年にも及んだ旅路の果てに残ったものは、平穏な日常。いや、退屈な毎日だ。


 「おーい新人!よそ見してないで働け!!」


 現場を取り仕切る雇い主の声でふっと我に返る。

 魔人を倒し、役目を終えた僕は妖精の力で元の時代へと返された。時の魔人が現れず、僕が勇者にもならなかった本来の時代…最初の内はこれでいいと思っていた。何度も死ぬ思いをして勝ち取った平和な世界、時の魔人が生きていれば、いついかなる時代も危機に晒されかねないのだから。

 だけど、そんな話を知っている者はこの時代に誰もいない。


 「はい!すぐやります!」


 勇者だろうが何だろうが働かなくては生きていけない。何度も自分にそう言い聞かせてはいるが、もし僕が勇者として世界を救ったことをみんなが知ってくれていたなら、少なくとも今よりはマシな生活が送れたかもしれないという、そんな情けない妄想が決まって脳裏をよぎるのだ。


 そんな鬱憤を抱えたまま日々を過ごしていて、何も起きないはずがなかった。

 ある日の仕事終わりの酒の席で、嫌味ったらしい物言いを繰り返す仲間に対し、僕はキレてしまった。


 「僕はお前らとは違う!僕は勇者だ、僕がいなけりゃみんな死んでる!その気になればお前らなんかいつでも殺せるんだ!!」


 その時の凍りついた空気、呆気に取られた仲間のだらんと開いた口、憐れみの痛々しい視線が脳裏に焼きついている。

 酔った仲間が「それなら今すぐ俺を殺してみろと」殴りかかってきた。不意の一撃を顔面に食らい、さっきの羞恥心と溜まりに溜まっていた鬱憤に頭が支配され、それから覚えていることはぐちゃぐちゃになった宴会場の光景と、血塗れになったその仲間と、拳の痛みだけだった。


 当然、それだけのことをした僕は食いぶちを失い、露頭に迷う羽目になった。

 僕はこの町の人々にとっては自称勇者の荒くれ者でしかない。そんな野蛮人を雇おうとする奴なんて当然いない。

 

 僕は仕事を求めて旅に出ることになった。しかし、勇者としての資質は平和な世の中では何の役にも立たない。

 時の魔人討伐の為に旅していた頃とはまるで違う、希望のない旅だ。平和をもたらす勇者と職のない放浪者への世間の風当たりの強さだってそうだ。


 すれ違う人々がみんな僕を笑っているような気がした。僕のことを人生の敗北者とでも言わんばかりに蔑んだ視線が痛い。


 何も知らないくせに、誰のおかげでのうのうと暮らしていられると思っているんだと、怒りで衝動的に手が出そうになる自分を必死で抑える毎日。

 わかってはいるんだ、会ったこともない人が本当は僕をそんな目で見ているわけではないことくらい、ただの自意識過剰に過ぎないということくらい。

 なのに、震えが止まらない。人に会いたくない、だけど会わないわけにはいかない。僕は勇者なのに、こんな風に魔物でも何でもない相手に怯える日々を過ごさなくてはならないことが何よりも屈辱だった。


 そんな僕の惨めに旅路に、遂に転機が訪れる。


 「やっと見つけた!アンタが伝説の勇者様なんだね!」


 蝶のような羽が生えた小さな人間、いや、妖精だ。僕と共に時を渡る旅をした妖精とは別人のようだが、そんなことは関係ない。


 「また時の魔人が現れたのか!?僕を連れて行け!」


 思わず妖精を握りつぶすような勢いで鷲掴みしてしまう。そんな僕に怯えた様子も見せずに、むしろやる気を買ってくれたのか、嬉々として事の経緯を話してくれた。


 「時の魔人なんて知らないけど、アンタには伝説の勇者の血が流れている、そんなアンタにしか頼めない!頼む!オイラと一緒に未来を救ってくれないか!?」


 時の魔人とはまた別件のようだが、とにかく未来は危機に瀕しているらしい。迷うことなく僕は要求に応じた。


 それからの旅路は壮絶を絶するものとなった。

 新たな相棒となった妖精の力で未来に来た僕は、戦いから離れていたせいであの頃のようには戦えなくなっていたが、それでも体を引きずって戦い抜いた。

 妖精が「少しくらいは休め!」と何度も僕に言ってきたが、無視して旅を続けた。僕はこれで、もう一度勇者になれるのだ。休んでいる暇などない。


 そして、顔も体も傷だらけになり、千切れた手足は義肢で補いながらも僕は戦い抜き、遂に未来を荒らす張本人を討ち倒すことに成功した。


 「ありがとう勇者様!アンタのおかげで未来、いや、あらゆる時間軸が救われることになった!」


 妖精が踊るように舞い上がっている。僕はまた、勇者になれたということか。


 「あらゆる時間軸とはどういうことだ?今倒したコイツも時を渡る能力を持っていたのか?」


 「違うよ!違う…けど、これはオイラ達の間では誰にも話しちゃいけない秘密なんだ!だから…話せないぞ!」


 珍しく妖精が煮え切らない態度を見せた。「僕達の仲だろう?誰にも言わないさ」と問いただすと、妖精はあっさりと口を割った。

 

 どうやら、今回倒した相手は時を渡る能力を得ることが目的だったらしい。そういえば考えたこともなかった。

 時を渡るには目の前にいる妖精の種族が持つ能力が必要だが、その能力を奪う方法があるという。


 その方法が、時を渡ることができる妖精を捕食することらしい。


 「こんなおっかない秘密が人間達に知られたらオイラ達の命がいくつあっても足りないよ!でも、アンタになら話せるぜ!何たってオイラ達の仲だもんな!」


 「ああ、そうだね、僕達の仲だからな」


 言い終わるや否や、僕は油断し切っている妖精を初めて会った頃のように鷲掴みにした。

 流石に驚いたのか、妖精は怯えたように体をバタつかせている。そうか、コイツの能力があれば、僕は何度でも勇者になれるというわけか。


 口元から笑みが溢れるのを抑えられない。妖精はずっと何かを叫んでいるようだが、そんなことどうでもいい。


 僕は無我夢中で手の中の小さな体を貪り、いついかなる時間へと自由に渡る能力を身につけた。

 勇者は永遠に勇者ではいられない、戦いが終わり、平和な世の中になってしまえば不器用なデクの坊でしかない。だからこれからの僕は、常に、一生勇者であり続けるんだ。


 それから何年経ったのだろう。いくつもの時を渡り歩いたせいで時間の感覚は狂い切っていた。時には過去へ渡り、当時の魔物達を狩り尽くし、未来へ渡り、悪人達を片っ端から殺していった。

 最早自分がいつの時代の人間だったかなんて、問題ですらなかった。

 僕こそが真の勇者、正義の象徴なのだから。


 やがて、愛用していた剣はとっくに錆びつき、長年に渡って培われた強大な魔力でまともに相手になる敵もいなくなった頃、一人の少年が目の前に現れた。

 

 その少年は小さな体には不釣り合いな程大きい剣を構えており、彼の脇には小さな妖精が飛んでいる。

 その少年は僕の前に現れるや否や、真っ向から僕に斬りかかってきた。

 

 強い、ただの人間が相手だというのに、僕の魔力がロクに通じない。僕は体格差を活かして少年を圧倒するが、それでも少年は倒れなかった。

 やがて僕は力を使い果たし、膝から地面に崩れ落ちていった。もう指一本も動かせなかった。


 何故だ、僕は勇者なのに、僕は何度も世界を救ってきたのに、何故こんなことになった。


少年のすぐ脇を飛ぶ妖精が「やっちゃえ!」と叫んだ。


 「終わりだ、時の魔人」


 少年もボロボロの体を無理矢理動かすように、剣を振りかぶった。


 「貴様さえ…貴様さえいなければ」


 僕はこの先もずっと勇者でいられたのに。


 少年が振り上げた剣は、これ以上何かを考える余地も与えることなく、僕の首へめがけて容赦なく振り下ろされた。

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