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【4月】スタートアップ!長新入学編 第4話

<前回のあらすじ>

 アゲハとの屋外授業で、最後の1校を除く「招待客在籍の他校」6校を全て見学し終えたセリナ。きたる招待客全員集合パーティーが、長新近郊にあるファッジ文化ホールにて今月末に開催を控えていた。

 その一方、元いる世界ではセリナの兄弟たち、ヒカルへの知らない番号からの悪戯電話、アカリへの不特定多数によるストーカー、そしてテルアキ&ライト双子への盗聴など、叔父一家の悪行は更にエスカレート。怒りを覚えるセリナだったが、僅かな希望を持った1本のペンが手に入った事により、一発逆転のチャンスを狙う。

 第4話


 ――うわぁ。ついに痺れを切らして、ご本人たちの待ち伏せかよ。

 僕がそう苦い顔をしながら、木陰に身を潜め遠くの家裁前を覗いていた。入口には長袖のシャツを着た若い男性と、その隣にビール腹のスカジャンを羽織った中年男性が立っている。明らかに異様なオーラを放った2人組だ。他ならぬ、璃人叔父さんとコウであった。

 僕が家裁へ向かうのは、お爺ちゃんの死亡により現在凍結されている銀行口座を解放するための名義変更として、金融機関に必要な書類を作ってもらう為なのもそうだが、その前に「検認」という、遺言書が本物であり、かつ被相続人が僕で相違ない事を記す証明書を作らなきゃいけない。本当はもっと早くにこの手続きを済ませてから、税務署などへ行った方が良かったのかもしれないが、各種納税に関しては49日法要を迎える前に、叔父と相続で揉めていて手続きに時間がかかっていると伝えた上で、少しは期限を引き延ばしてもらったのだ。だけど、検認手続きに付き添ってくれる書士の依頼期日は、1ヶ月が限度であった。

 これを過ぎてしまうと、検認の際には次回以降、今度は僕自身で弁護士などを雇わなきゃいけなくなる。だから、書士と家裁で現地集合が出来る今月中に間に合わせたかった。僕が誰か大人の方と一緒に家裁に歩く姿を見られたら、100%その手の手続きだとバレる。だから現地集合というワケなのだが、もうそんな事を何回も繰り返す訳にはいかないので、ある意味これがラストチャンスであった。僕は叔父さん達の見えない所で、ある作戦を練った。

 ――あそこの公園のトイレで、早速ペンを使うか。電池は… まだ98%もあるぞ!

 僕は先日、プライム世界におけるコスモタウンへの屋外授業で土産として買ったリアグラムペンを持って、家裁から更に遠ざかった公園のトイレへ立てこもった。そこでペンの電源を入れ、ネット接続が出来ている事を確認してから、僕は「とある人物」をイメージしながらペンを全身へと振りかけるように描いたのだ。

「おぉー」

 自分の全身にみるみる衣服やメイクが施され、ある程度変身できたのを確認してからトイレを出て、洗面台の鏡を見ると、そこには先程とは全く違う自分の姿が映っていたのだ。青と緑のロングコートに、赤毛の短髪、そして色白で端正な顔立ち――僕は感激した。

「すげぇ。ちゃんとキャミになってる」

 そう。あの神出鬼没のイケメンくん、キャミの姿に変身してみたのだ。まさに2.5次元、ハイクオリティなコスプレが出来た。下手なゲームキャラよりこっちの方が違和感がないかと思い、僕はこれからこの姿で家裁に向かう事にしたのだった。

 ――よし。背中や足元を見ても変な繋ぎ目とかは一切ないし、顔も変形して崩れたりといった事はない。誰が見ても、中身が芹名アキラだとは分からないだろう。あとは、あの叔父さん達の目をかい潜り、中で元に戻ってから司法書士と会えれば… 成功だ!

 僕は意を決し、前へと歩いた。うん、メチャクチャ怖いけど今のところは順調。家裁前に立っている叔父さん達以外に、誰かに後を付けられているような陰湿な視線は感じられない。僕は緊張を表に出さないよう、息を整えながら歩いた。そして家裁前へ。

「――。」

 叔父さんとコウが、チラッと僕を見た。僕はドキッとした。

 だけど、2人はスマホをいじりながら再度、違う方向で視線を向けるだけ。僕を一瞬見たのは、恐らくただの通りすがりの見た目が気になっただけのようだ。僕はホッと胸をなで下ろし、遂に門を潜り始めた。が、その時。

「おい、そこの若いの。おいお前だよ、呼んでるの!」

 叔父さんの声が、僕の方へと向けられた。僕は、思わずビクッとした。

 まさか、僕がキャミに変装しているのがバレた? 叔父さんは、足を止め、ゆっくり振り向いた僕のほうへとズカズカ歩いてきたのだ。僕は、今にも全身が震えそうになった。まさか、もう気づかれてしまったのだろうか? 僕は、もうここでおしまいなのか!?

「この写真に写ってる若造、この辺で見かけなかったか?」

 叔父さんが鬼の様な形相で、懐から1枚の写真を僕に見せてきた。すると、そこに写っていたのは僕の顔。どうやら、その事を訪ねて来た様だ。もう~なんだよビックリしたぁ!

「…いいえ」

 僕はとっさに、そういって首を横に振った。すると叔父さんが、片眉を上げてこういう。

「ん? あぁ、そう。分かった、足を止めてすまなかったな」

 そういって、叔父さんは納得したのか元の家裁前へと戻っていった。僕はこれで、今の叔父さんの怖い圧から解放された。心臓が、止まるかと思った。

 僕はそこから急いで家裁の中へと逃げ、入口最寄りの男子トイレへ行ってそこで変身を解いた。バッテリーは… うん、まだ68%だ。僕は元の姿に戻り、安堵の溜め息をつく。

「あ˝ぁぁ~、こわかったぁぁ~!」

 さっき声をかけられた時は、もうダメかと思った。だけど、何とかここまでたどり着く事が出来たのだ。僕はこうしてトイレを出て、4階の相続関係受付前にいる書士と落ち合ったのである。その間、叔父さんとコウはなお家裁前で待ち伏せを続けていた。


「あの人、なんか歩き方がアキラ兄っぽくね?」

 コウがそう呟いたのは、僕があの後無事に手続きを全て終え、後日自宅に相続が完了したという通知と調書を受け取るための住所――これについては、そのまま自宅に届けるのはポストを漁られる危険性があるため、局留めにしてもらった――を記したあと、書士と時間差で帰る事になった際に再びトイレの中でキャミの姿に変身し、外を出た時の事だ。僕がそのまま門を出て、帰路へ向かって歩いている後ろ姿をコウが面白おかしく呟いたのである。僕はそれに気づき、少し不快な気分になったが、ここは無視して前へと歩いた。

「おいコウやめろ。わざとであっても言うな。あれはどう見ても別人だ」

 ふぅ。よかった、叔父さんのそのセリフからして僕だとバレていないみたい。

「だいたい、あんなスリムで端正な顔をしているわけがないだろうアキラが。あいつはもっと全体的に崩れてるぞ」

 カッチン! なんかムカつくなぁ!! と、僕は内心頭にきた。が、それでも必死に我慢し、無視を決め込んだのだ。あんなビール腹のおじさんに言われると、無性に腹が立つけど、まぁもういいんだ。多分、明日以降は滅多に関わる事もないだろうから。

 その間、僕はある程度距離が離れた場所にある近くのトイレへと入り、そこで再び元の姿に戻って帰路についたのであった。家裁前ではその頃、さすがに親子揃って長居しすぎていたからか、叔父さん達の所へパトロール中の警官が話しかけ、注意か何かしていたそうだが。


「ただいま!」

 僕はすっかり家裁での仕事をやりきったという表情で、無事に古民家へと帰ってきた。そこには、午前の講義を終え帰ってきているヒカルとアカリが、少しぎこちない笑顔で僕を出迎えてくれた。就活と論文で忙しくて、少し疲れてるのかな?

「おかえり。アキラ、なんだか顔、疲れてない? 大丈夫?」

「あぁ、俺は大丈夫だよ。やっと、デッカイ仕事が1つ終わったからね。ところで、アカリ達こそ何か疲れてそうじゃないか? 大丈夫か?」

「ううん。私は、そうでもないんだけど、ヒカルが…」

「ちょっとアカリ。いいよ、態々言わなくても。多分、前みたいな一過性だと思うし」

 一過性? いったい、何の事だろう? 僕はヒカルへと疑問の目を向けた。すると、ヒカルが少し気まずそうに目を逸らしてから、数秒程で再度視線を戻しこう告げる。

「また、さっきから知らない番号から、何度も電話がかかって来てるんだよね。それまでは、盗聴器が見つかって以来ぜんぜん来なかったのに、今日また急に」

「え、そうなのか… もう、外に情報が漏れちゃってるし、番号変えた方が良くないか?」

「うん、そうしようか考えてる」

 Ppp~♪

 と、ここで僕のスマホから直通の電話が鳴った。あの叔父さんからの電話と、公的機関との連絡以外は携わる事のない直通だ、一体どこからだろうと画面を確認する。が、僕はその番号表示を見て思わず二度見した。最後に「110」と載った番号。警察からか。

「…もしもし?」

 僕は恐る恐る、その電話に出た。この時期に警察からという事は、恐らく先日被害届を出したあの盗聴器の件だろう。恐らく、犯人が捕まったという連絡か。

「あ」

 その間、今度はヒカルのスマホからもバイブレーションが鳴った。何度も電話が来て煩いから、サイレントモードにしているのだろう。アカリもその表示された画面を見て、姉妹揃って絶句する。その一方、僕の方はというと、

「え!? コウが!? あいつが仕掛けていたんですか!? そ、それで逮捕した、と」

 警察から聞かされた、盗聴器を仕掛けた犯人はやはりコウだった。その証拠が見つかり、容疑が固まった次第で、合同庁舎通りにいた所を逮捕したのだという。あの時だ。これには先程からまたもイタズラらしき電話がかかってきて、面倒そうにしているヒカル達も驚く。

「…えぇ、分かりました。…はい。では」

 僕は警察から色々聞かされたのち、複雑な表情でその通話をきった。これは、後日僕が署へ行って事情聴取を受けること確定だな。信じたくなかったが、やはり親戚の犯行だと知り、僕は再び怒りを覚えたのであった。だけど、今はそのヒカルへの電話も気になる。

「コウ、捕まったの? あいつが犯人!?」

「最低…」

「あぁ。事情はまた後で話す。それよりヒカル、その電話」

「あっ… また同じ番号からだよ。こいつからなんだ、ずっと同じ番号でかかってくるの」

「え? 同じ番号??」

 前回、ヒカルの所へかかってきていたのは、どれも番号がバラバラという謎の電話であった。だけど今回は、ずっと同じ番号だという。もしかしてそれ、かなり重要な電話なんじゃないか? 僕はそう思い、ヒカルにその番号を見せてもらった。それを見て、僕は絶句した。

「…まって、この番号って!」

 僕は目が覚めた。見覚えのある番号だ。まさかと思い、僕は自分のスマホに登録している電話帳から、その番号を引き出す。すると、出てきたのはあの璃人叔父さんの番号だった。

「叔父さんのだ! この番号!」

「えぇ!?」

「私、あの叔父さんに番号なんて教えてないけど!? どうして私のところに!!?」

「きっとコウが捕まった件だな。貸してくれ、ここは俺が電話に出る」

 そういえばあの叔父さんからの電話以来、僕のスマホでは叔父さんの電話を着拒していたんだった。本当に必要な用件だけ、NINEで送る様に言って以来、NINEには一切連絡が来ていない。恐らくその程度のもので、確たる証拠なんて向こうの手元には1つもないのだろう。そう思ってここはスルーしていたのだが、ヒカルにこうして迷惑をかけているとなると話は別だ。僕は腹の中が怒りで煮え滾る気持ちを抑えながら、その煩い電話に出た。

「もしもし?」

『ヒカ… おい、お前アキラか!? なんで電話に出なかったんだよ! 何度かけても全然繋がらないし、どうなってんだ!』

「それはこっちのセリフですよ。なんで妹の番号を知ってるんですか」

『チッ! 今、そういう話をしに来たんじゃねぇんだよこっちは!! お前、いったい何してくれてんだよ!! 俺の家族によぅ!!!』

 前回以上にギャーギャーうるさいおじさんだ。流石に声がデカいからか、スピーカーからもそれは鮮明に漏れているらしく、ヒカルたちは「みっともない」とばかり首を横に振っていた。もうここまで来ると、老害とかそういうレベルじゃない。

「何をしたって、それはこっちが聞きたいですよ。あいにくうちも色々ありすぎて、もう大変でしたから」

『うるせぇ!! 何が大変だこの野郎!! どうせデカい金隠し持ってんだろ!? そうやって何でも金で解決できると思って、余裕ぶっこいてんだろうがよ!!!』

 何言ってんだこの人、頭おかしいんじゃないかな。どうも呂律が変だし、きっと酒でも飲んで酔っ払っているんだろうなと思い、僕は呆れの溜め息をついた。しかし… なんだろう? 今朝までは凄く怖いと思っていたのに、今はなぜか、全然怖くないんだよな。

「金? って、何のこと?」

『とぼけんじゃねぇ!! そんなに金の在処を他所に知られたくねぇからって、うちのコウに濡れ衣をかけさせやがって! どうしてくれんだ!! 慰謝料払えよ慰謝料!!』

 僕の、堪忍袋の緒が切れる音がした。この叔父さんは、自分の息子が犯罪に手を染めて捕まったのを、僕が冤罪を擦り付けたものだと決めつけている。きっと息子の「自分はしていない」とかいう演技でもして、慰謝料として金をかすめ取る魂胆だろうが、これにはもう我慢の限界だった。妹達が不快な表情を浮かべ、アカリに至っては涙を流している中、僕はこういう。

「…なぁ。いい加減にしろよあんた」

『あ?』

「さっき警察から電話があった。うちに誰かが盗聴器を仕掛けていた事が分かって、被害届を出したんだ。そしたら、その犯人がコウだったってな! こっちはそれまで、家族みんなが不安で寝れなくて、ずっと怖い思いをしてきたんだぞ! 誰かにずっと後をつけられるわ、知らない番号からイタズラ電話がかかってくるわで! それもこれも全部、お爺ちゃんの葬儀にあんたが来てからだ!! 偶然にしてはあまりに出来過ぎてるんだよ!!」

『お、おいアキラ…?』

 叔父さんは、僕が普段滅多に見せないその怒りを前に、急に怖気づいたように声のトーンを下げた。まさか、本気で甥に激怒されると思っていなかったのだろう。だが、そんな事はもう知っちゃこっちゃない。僕は更にこう続けた。

「盗聴は立派な犯罪だ! あんたの息子は、その犯罪に手を染めた! その証拠があるから、警察に捕まったんだろう!! それなのに濡れ衣だ? 慰謝料だ!? ふざけた事いってんじゃねぇ!! 人が家族を失って心を痛めてる時に、よくそんな事が言えるな!」

『くっ…! お前、さっきから言わせておけば! こっちだって息子がこれからって時に警察に捕まって、大変だってのによくもそこまでのうのうと!!』

「あぁまだ何か言うか!? これ以上反論する様なら、あんたを名誉棄損で訴えるぞ!」

『なっ…!』

「ここまで来たら、弁護士でも何でも雇って法廷で争ってやるよ! やれるもんならやってみろよ!! 俺は、あんたみたいな人間を叔父さんだと思わない! 同じ家系の人間だと絶対に認めない!! もう二度と、俺たち家族に関わってくるんじゃねぇぞ!!!」

 僕はそう言って、頭に血が上ってきている感覚を覚えたまま、その通話を切った。すると、それが合図となったのだろうか? 僕の中で、何かが溢れ出る“音”がした。

「う… うぅ…」

 ドサッ 僕はそのまま力なく膝を落とし、嗚咽を上げて泣いた。その姿に、妹2人が心配して僕の元へとかけより、小さく僕の名前を呼ぶ。僕は、スマートフォンをヒカルに渡した。

「ヒカル、ごめん… 君のスマホに、ずっと怒鳴ってしまった」

「ううん。いいの。こっちこそ、ごめん。あのおじさんが、まさかそこまで酷い奴だったなんて思わなくて」

「ううん… ズッ ヒカルは、何も悪くない。アカリも… テルアキも、ライトも…」

 僕がそう、ポロポロと涙を流している所で、庭を囲む塀から門の開く音がした。テルアキとライトが高校から帰ってきたのだ。僕はそれを見て、1つの大きな決心をした。

「みんなに… 話さなきゃいけないことがあるんだ…」


「遺産相続?」

 あのあと、僕たち5人全員が揃って座敷に着いたところで、僕が中心となって家族会議を開いた。とはいっても、ほぼ僕1人の重大報告、といったところだが。僕はあれから大分心身共に落ち着いたところで、真剣に見据えながらその「遺産相続」の件を告げる。

「あぁ。お爺ちゃんが死んだあの日、俺の元に司法書士が来て、遺産相続のための検認手続きをするよう言われたんだよ。本当はその事を、もっと早くヒカルたちに教えたかったけど、葬式でそれどころじゃなくて。おまけに、ずっと顔を出さなかった叔父さんまで来て」

「あー。その人達に、遺産目当てで狙われると思って、ずっと言えなかったんだね?」

「…うん」

 僕はヒカルのその言葉に、少し、心を救われたような気がした。するとそれに感化されたのか、テルアキとライトも腕を組んでこう相槌を打つ。

「でもまぁ、確かにずっと長いこと疎遠になってた叔父さん一家が、きゅうに葬式の時だけ顔を出すって、よく考えれば変な話だよな。あの時、流石にお悔やみの気持ちくらいはあって来たんじゃないか、って思った俺もバカだったけど」

「でもさ!? まさか、コウに盗聴器を仕掛けられるなんて普通は思わないじゃん。あんなの不可抗力だって。まず、そんな事をするようなイトコがいるなんて信じたくないもん」

 ライトのその言葉に妹たちが「うん」と大きく頷く。アカリが、僕にこう質問した。

「ところでさ。その、遺産の額って一体幾らくらいなの?」

 その言葉に、兄弟達が揃ってアカリへと驚愕の目を向けた。僕はこの程度のこと、もちろん予想していたものだ。僕は、ふっと困り笑顔を見せてこう告げた。

「…外国の新車が、買えるくらい?」

「は?」っと、兄弟一同のそんなキョトンとした返事が返ってきた。もちろん、これも想定内の範囲だ。僕は、またも本当の額が言えないというチキンぶりを発揮してしまった。どうしてだろう? 兄弟を信じたいのに、また一歩手前で言うのを躊躇ってしまう。

「ごめん。はっきりは言えないんだ。ただ、それくらいの相場だと思ってくれればいいよ。言っておくけど、そのくらいの額というのは一見大きく見えて、だけど、何か大きなトラブルに遭った際の保険として使うと、すぐあっと言う間になくなってしまう。例えばその… ほら。正にあの叔父さんと全面的に法廷で争うぞってなった時に、そこで使い切っちゃったら意味がないだろ? お爺ちゃんは、そのために遺産を残してくれたんじゃないと思うし」

「は? どういう意味だよそれ。別に俺たち、誰にも言わないから教えてくれたっていいじゃないか。あんな事があったんだから、外に漏らしたらダメだって事くらい分かるって!」

「そうだよ。別に、それで贅沢するわけでもないんだからさ? そんな事で、急に羽振りが良くなったら流石に皆勘付くでしょ。それ位分かるよ。勿体ぶらないで教えてくれよ」

「テルアキ、ライト。あんた達、知らないでしょう? 多額の慰謝料を巡る裁判ってなった時に、一体どれくらいの大金が動く事になるのかを。テレビでもたまに報道されてるよね? 300万とか、1000万とか。起訴内容によっては、下手すりゃ敗訴した際に1憶も請求されるなんてケースが稀にあるんだからね?」

「は、1憶!?」「え、嘘だぁ!?」

「なに。法学部に入っている私の言う事が信じられないとでもいうの? 今この瞬間、外で誰かが耳をすまして盗み聞きしているかもしれないのに?」

 と、ヒカルの叱責に対して双子2人が怖気づく始末。だけど… ありがとう、ヒカル。君のその弁明のお蔭で、僕の心はだいぶ救われたよ。僕は引き続き、胸を張ってこういう。

「お爺ちゃんから授かった遺産は、いざという時のために、大切に残していきたいんだ。だから、落ち着いたらまたいつもの生活に戻るけど、そこは許してほしい。俺1人だけ、贅沢はしないとも約束するから。だから皆も、誰かの保証人になって多額の借金を背負うとか、アルコール中毒などで緊急搬送されるとか、そういう多額の金が必要になるような羽目だけは絶対に外さないでくれ。あの叔父さん一家みたいに、頭が変になって、後戻りができなくなってしまう前に」

 これは、言い変えれば「そんな事のための金は一銭もないぞ」と叱咤している様なものだ。兄弟達に対して、ちょっと厳しすぎちゃったかな。だけど、彼らはその言い分に納得した者も不貞腐れた者も含め、全員一致でこう呟いてくれたのだ。「わかった、そうする」と。


 ………。


 あーあ。きっと僕、兄弟みんなに嫌われちゃったんだろうな。

 僕みたいに、確かにああやって勿体ぶる人間は「仲良くなれない!」といって嫌われるのが相場だ。大学時代にそういう人間が実際に居て、結局皆から仲間外れにされていた所を僕は見たことがあるし、家族間であってもそう。僕は、そんな現実が無性に嫌になった。

 でも、プライムだとそんな心配は一切ない。

 あのあと僕の気にし過ぎだろうか。兄弟達が急に僕に対し、余所余所しくなったような空気の中、眠ってやってきたこのプライムの朝は実に清々しい晴天だった。ゴールデンウイークに突入し、カレンダー上は平日ながら学校休みとなった4月30日の今日。僕は起きてすぐ、部屋の壁の鴨居にハンガーでかけられている一式のブレザーに目を付けた。

 ――ようし。これを着て、ファッジ文化ホールに行けば良いんだっけか。

 その服は、我らプライムの招待客が普段着用している在籍校の制服とはまた違う、濃灰色の少し派手目なものだ。アゲハ曰く名を「祭典服」というらしく、招待客一同がパーティーで集まる時などに着用するもののようだ。しかし何だろう? これを着用して、何か魔法を唱えた儀式をやるとか、そういうんじゃないんだよな? ちょっと怖いけど、一応着るか。

 ――お? ちょうどいいサイズだ。それにしてもこの祭典服、中々いい素材で出来てるな。どこのブランドだろ? タグ見てみよう… なになに? セシル・クロード?

 これまた、聞いた事のないブランド名だ。僕はそれに首を傾げながらも、ここはしっかり祭典服を着用し、一軒家を後にしたのであった。スマホで地図アプリを開き、目的地までの経路を見ながら歩いていくが… うん。ファッジ文化ホール、意外と近い所にあったわ。


「アキラー! おーい!」

 ファッジ文化ホールは、良くある閑散とした広い土地の中にある芸術館のような建物だ。屋根が波打ったパーゴラのような作りをしており、建物の前方には大きな飛び石つきの池と、人工丘、竹林などがある。その中を潜り、入口が見えた所に、アゲハが手を振っていた。

「おはよう。パーティーって、もう始まってる?」

「もうすぐだよ。今、会場では料理が並べられているところ。その前に、ちょっと来てほしい所があるんだ。寧ろ、そのために早く呼んだんだけどね」

 そういうと、アゲハはついて来てくれと言わんばかり、ホールの入口へと歩いた。僕もその後を追い、ホールの側面の大きな廊下へと入る。貸し切りというだけあって、廊下は自分達以外に人っ子一人いなかった。どうやら僕はかなり早めに到着している方のようだが…

「お?」

 ふと廊下の窓ガラスの向こうを見ると、ホール前の庭園にはまばらだが、何人か祭典服を着用している人たちの姿が見えた。まだ会った事のない人たちがチラホラいる中、僕の目に映ったのはシエラとバリーの2人。あの、セロ大見学の時に出会った黒髪ウェーブの少女と、その付き人だといわれる髭を生やしたダンディーなお兄さんだ。

 その2人が立って向かい合って、何かを真剣に話している。シエラの方が自分の胸に手を当て、顔を赤らめている様子からするに、まさか告白か!? あいにく外の声は聞こえないが、そんな彼女が何かを告げた後、バリーが少し驚くような拍子で次第に顔がほころび、そしてシエラにハグをしたのである。僕はその光景を見て、告白(?)が成功したのか! 良かった。と思ったものだ。アゲハが首を傾げながら声をかけた。

「アキラ? どこ見てんの?」

「え!? あぁごめん。ちょっと」

 そうだった。僕、人様のリア充を見ている場合じゃなかったんだ。こうして我に返り、僕は再びアゲハの後を追った。暫く廊下を歩き、実質建物の真裏まで来たところで、マニーが扉の前に立っている姿が見える。

「おまたせマニー。あの2人、準備は良さそう?」

「相変わらずだよ。アキラもここ最近、調子はどうだ?」

 うん、大丈夫。と頷いたところで、アゲハとマニーがその扉を開けた。「Staff Only」と書かれたその扉の向こうは、見ると従業員の休憩スペースというか、仮眠フロアのようである。とても閑散としたその部屋の中央に、ちゃぶ台と、男女2人の座っている姿が見えた。

「あら、いらっしゃい。パーティーが始まる前に、ここで軽く休憩しといて」

 女性の方、色白で紫髪の少女が僕をちゃぶ台へ招いている。ここはアゲハもマニーも付き添いで、その男女2人の隣にくる様に座った。男性の方、色黒でサラサラした黒髪の青年が給湯器の横から菓子箱を取り出し、それを台の上へと置く。僕は、少しデジャブを覚えた。

「紹介するよ。この2人は、男性がベックス。女性がフウラだ。今日、この日のために2人はアキラに会う準備をしてきた」

 ベックスと、フウラ。前に何処かで聞いたような名前だ。僕はその断片的な記憶を思い出すのに時間を要した。何だったっけ? と、僕がモヤモヤしている間にマニーがこういう。

「彼らは、俺たちみたいにパーティーに参加する事が出来ない。せいぜい、ここで招待客と少人数で面識を交わすくらいだ。だから、アキラと話ができるのもここだけ」

「え? そうなんだ。何か、特別な事情でも?」

「フウラの方が、身体が弱いから無茶できないんだよ。で、ベックスはその付き添い」

「よろしくな」

 と、ベックスが僕に笑顔を見せてきた。ここでフウラが、僕に粗茶を差し出す。

「遅くなったけど初めまして。あなたが今年初めて、このプライムに招待された『芹名アキラ』で間違いないわね?」

「…はい」

「そう。そんなに硬くならなくていいのよ? 普通に、友達感覚で接してくれて構わないわ。それよりどう? ここの生活にはもう慣れた?」

「えぇ、少しは」

 と、僕は緊張した面持ちで答える。しかしこう、何だろう? ベックスとフウラ、この2人からは何か、他とは違うオーラを感じる。アゲハがここで前に乗り出した。

「早速だけど、アキラがこのプライムに招待された理由。教えてくれないかな?」

「え? おいおいアゲハ、俺たちまだちゃんと自己紹介してないぞ? せっかちだな」

「2人の自己紹介は、初めて耳にする人にとっては難しすぎるんだ。そっちは最後でもいいだろう。まずは、なぜアキラがこの世界に招待されたかだ」

 マニーもここで腕を組み、ベックスとフウラを見据える。一気に、緊迫したムードが流れてきた。確かに、僕もそれは前々から気になっていたけど、ベックスが言った様にまずは自己紹介が先の様な気がする。なんてハッキリ言えないこの空気が、気まずかった。

 てゆうか、まって? 今のアゲハ達のセリフからして、もしかしてこのベックスとフウラって、僕たちをプライムに招待“した側”ってこと!? え、という事はまさか!!

「仕方がないわね。なら、説明するわ。まずはセリナ、あなたの招待状に書かれていた階級『ファースト』についてだけど。実はそれが今回、このプライムに招待した理由なの」

 僕はこの時、ようやくあの古民家でアゲハ達が話していた事を思い出した。そうだ。このプライム次元を作ったという、招待状の“送り主”2人。つまりこの世の「神」に相当する存在か。僕は、その人たちを目の当たりにしているのである。信じられなかった。

「ファースト、とは?」

 僕は、自他いずれも謎に包まれている僕自身の階級「ファースト」の名を反芻した。魔力か、性質か、はたまた神話の職業的なものか… 自分だけだろうか、嫌に緊張が走った。

「『最初の(ファースト)』という言葉の通り、あなたは元いる世界で初めて誕生した時空神。つまり、その世界の『はじまり』を意味するの。ノーマル次元の『神』、それがあなた」

 …え? 僕の思考が、一瞬止まる感覚を覚えた。この女の人、いま何ていった? 時空神? て、なに?? その世界のはじまり? 神!? は!!? 僕が神様!!?

「あ。その顔、『何かの冗談では?』って思っただろ?」

 と、ベックスがここでニヤリと僕を指さした。僕はこれにどう反応したらいいか分からず、アゲハとマニーへ目配せをする。ベックスは、それでもなおこう続けた。

「しかし、本当なんだなぁこれが。現実では使えなくても、こっちでは使えているのがその証拠だ。アゲハ達と同じ、虹色蝶の奇跡を。今ここで出してみ?」

「え!? こ、これを?」

 僕は、冷や汗をかきながらこの場で虹色蝶を1羽、召喚した。僕の手元からパッと蝶が出た姿を「そうそれそれ」と言って喜ぶベックス。と、ここでマニーが顎をしゃくった。

「アキラの元いる世界では魔法が使えないのに、『神』と定義されているその理由は何?」

「簡単なことよ。彼の能力を引き出し、制御してくれる『フィルター』という概念が、まだその世界に1体も生まれていないからよ。車があっても、燃料がなきゃ動かないのと一緒」

「え? ど、どどういうこと?? つまり」

 僕は、なぜか自然とそんな戸惑いを発してしまった。そこでハッとなり、つい神の前で失礼な事を訊いてしまったとばかり口を押さえる。アゲハがため息交じりにこういった。

「あーそういう事か。つまりそのアキラが元いる世界で『フィルター』という、彼自身の原動力となる人間が生まれる前に、最初の神として、魔法や奇跡がどんなものかをしっかり身に着けマスターしてもらうために、ここへ招待したって事なんだな? 仲間が沢山いるここでなら、安全に練習できるから、という理由で」

「えぇ、その通り。さすがねアゲハ。司祭に選んだだけの事はあるわ」

「司祭?」

「それはあとで私が説明するよ、また話が長くなるから」とアゲハは深い溜め息をついた。と、ここでベックスが自身の後頭部をかきながら説明の続きを述べる。

「で、要はセリナ。お前が元いるそのノーマル次元に、フィルターという概念さえ生まれれば、そっちでも魔法が使えるって事なんだが、実は1つ問題が発生していてな」

「問題?」

「そのノーマル次元の時の流れが、他の次元よりも遥かに早く進んでいるんだ。そのせいで、フィルターや救世主といった他に必要な概念が、ノーマル次元の中に入る前に弾かれてしまって、入りたくても入れない状態が起こってしまっているんだよ。まるで扇風機の奥に指を突っ込もうとして、ファンに弾かれて前に進めなくなっているみたいにな」

「え。なにその例え」

「だから、その異常な時の流れを緩める唯一の手段として、ファーストであるお前にサーガライフを送る事を提案したんだ。その間だけは、他の次元と同じレベルにまで時の流れが落ち着く。これで、フィルターが生まれれば作戦は成功。晴れて元いる世界でも魔法が使えるようになる。それまでに、プライムでは魔法の練習もできるし、正に一石二鳥だろ?」

「はぁ」

 なんか、話のスケールが壮大すぎて、最早この話を喜ぶべきか否か分からなくなってしまった。それだけ、自分が「神」だという実感がすぐに湧かないというか、信じられないという気持ちがあるからだ。僕が虹色蝶を出せているのはここがプライムという「夢」だからであって、あっちは紛れもない「現実」。それくらいの区別が出来ているから、サーガライフを送る事に抵抗はないんだ… いやでも、そんな事を言っていたら枕元転送のあれは何なんだ? って話になってしまうか。マニーが、ちゃぶ台に片肘をついてこう質問した。

「という事は、話は変わるけど、アキラが次期3柱の跡取りに選ばれる可能性は『低い』って事なのか。その様子だと」

 次期3柱? え、なにそれ。更によく分からない単語が出てきた。僕がマニーのその言葉にキョトンとしているあいだ、フウラがここで何かに気づいたのか、アゲハにこう質問した。

「あら? アゲハたち、もしかしてセリナにまだ説明してなかったの? 初日にでも教える余地はあったでしょ。このサーガライフそのものが始まった『本当の理由』を」

「なっ…! だって、このサーガライフを開いたのはあんた達2人だろう!? 昨年度と選考基準が変わっているかもしれないのに、勝手なことを言えないからだ!」

「俺もアゲハの意見に同意。そういう大事な話は、ベックス達の口から直接聞かなきゃ招待客達は納得しないんだよ。それで、時期的に一番都合が良いと思ったのが、みんなが集まる今回のパーティーというわけだ。告白然り、プロポーズ然り。誰かの人生に関わる重大発表というのは普通、NINEや第三者を使って伝えるものじゃないだろう?」

 なんて、急にロマンチックな例えを言いだしたマニー。一見、説得力がある様に見えて、よく考えたらこの「5人だけの空間」の中でその例えを出すって、相当な皮肉なんじゃないかと思えてくる。例のサーガライフがはじまった「理由」が何なのかにもよるが、下手をすればブラックジョークの域を超えた発言になりうるのだ。ベックスが、肩を落とした。

「それはなぁ… まぁ、一言でいえば『世代交代』ってところか」

「世代交代?」

「俺とフウラはさ。言い損ねたけど階級があって、俺は『覇者』、フウラは『迷子』という階級なんだ。実はその階級を、このサーガライフの終わりとともに降りようと考えてる」

「えっ…」

「つまりね。私達は、その『柱』の座を引退するのよ。神の仕事を辞める、ということ。だからその前に、この『覇者』と『迷子』の階級を受け継ぐのに相応しい人がいないか、見定めているの。その候補に挙がっているのが、このプライムにきている招待客達というワケ」

「ちなみに、例外もあるからな? もう既に、別の所の跡取りに選ばれている招待客もいるんだけど、そいつには残りの跡取り探しのサポーターとして来てもらったり、な?」

 えー何それ。つまり、僕たち招待客はこの人たち「神」の仕事を受け継いでもらうために、態々高校生の身体にされてプライムに送られたってこと? その「神」の仕事とやらが如何なるもので、選考基準が何なのかにもよるが、これは確かに誰かの人生に関わる一大事だ。

「選考基準は?」

 と、アゲハが腕を組んで質問する。フウラは微塵とも動揺する事なくこう答えた。

「高校生活をいかに充実に過ごし、誰かのために貢献し、成績を残し、将来を見据えているのか。そんな、正に『青春』と言えるルーティンを総合的に見て判断する。今年はそれを選考基準としたわ。跡取りに選ばれやすい例を挙げるなら、高校とバイトを上手く両立して生活レベルを良くしていくとか、魔法や奇跡を使って他人を不幸に陥れないとか、いじめられっ子を助けてあげるとか、修学生なら主席で卒業を狙うとか。どう? 平和でしょ?」

 ………。

「「なんか地味」」

 と、アゲハとマニーが少し間を空けた後に揃って白けた。だけど、僕からすればある意味ホッとするニュースである。なんだ、前に招待客からみて「嫌われ者」だというイメージを教えられてたから内心不安だったけど、思ったよりこの神様2人、案外良い人達なのかも。

「あの… もし、それで跡取りが正式に決まったら、この世界は?」

 僕は、ここで気になった点を質問した。フウラが、穏やかに微笑みながらこう答える。

「それについては、跡取りの意向に任せる事にするわ。残すもよし、また同じ時間を繰り返すもよし。だけど、それじゃ他に残された招待客達は納得がいかないでしょうから、即位前に『こうして欲しい』という意見があったら、先に跡取りに頼んでみるのも手よね」

「まぁ、流石に『死んだ人を蘇らせてほしい!』とか『アイツ嫌だから消してくれ!』なんて願いはご法度だけどな。まず、そんな願いを受け入れる様な招待客は、俺は跡取りには選ばないよ。まぁ、本当にそういう事をしそうなヤツは、今ごろここに招待してないけど」

 と、ベックスが釘をさす。なんだ、やっぱりこの2人、凄く良い人たちじゃないか。最初は戸惑ったけど、こういうのは話してみなきゃ分からないものだな。なら、なんで招待客たちには嫌われているんだろう? もしかして、その昨年度とやらの選考のときに何らかのトラブルがあって、招待客達と揉めたとか? 今年来たばかりだから、分からないんだよな。でも、今ここでそれを聞くのは失礼な気もするから、あとでアゲハ達に聞いてみよう。

「あら。もう時間じゃない? みんな会場に集まっているはずよ」

 と、フウラが時間を気にする素振りを見せて、僕たちもそれに振り向く。すると、この部屋に設置されている時計の針はもう上を向いていた。開会の時刻だ。アゲハ達は

「行くか」

 と言って立ち上がった。僕もここは立ち上がり、もうここでこの人たちとは暫く話せないのか、という残念な気持ちのもと一礼し、踵を返そうとするが。

「楽しんできてな♪ それと、マニュエル。そのボタンのマイク、上手く会場に音声が届いているといいな」

 と、ベックスがマニーのブレザー部分を指さしたのだ。なんと、マニーは服のボタン部分が小型のマイクに改造されており、それで今のベックス達の音声を撮っていたらしい。あ、だからこの部屋の扉の前で、ずっとアゲハが来るのを待っていたのかな。彼は一瞬立ち止まるが、振り返る事なく「行こう」と言って、再度歩き出したのであった。

 ――もしもこの人達が、天国の様子を知っているなら、聞きたいな… お爺ちゃんのこと。

 そんな心残りを胸に、僕もここは静かにこの部屋を去ったのであった。


「お!? 遅ぇよお前ら! こっちはもう頂いちゃってるぞ!」

 本題となる会場へ入ると、遠くからジョン・カムリの声が聞こえた。パーティーは全体的に結婚披露宴会場のような華やかさを醸し出していて、部屋の一端には皆で取り分ける形式のビュッフェが並んでいる。前方のステージには、グランドピアノまで置いてあった。

「すご」

 僕は、ビュッフェへと案内されていく中でそう呟いた。貸し切りとはいえ、まさかここまで豪華絢爛だとは思わなかったからだ。そして、思ったよりも人が多い! ドレスコードなんだろうけど、全員祭典服を着用しているから、もしかしてここにいる人みんな招待客!?

「ハーイ。セロ大の見学ぶりね」

「ごきげんよう」

「やっほー♪ また会えたね!」

 と、ジョンの後ろからシエラ、バニラ、マリアの女子3人がひょこっと顔を出してきた。おいおいなんだよ、美女と美女と巨乳を侍らせているなんて贅沢だなぁジョナサン。なんて妬みは口に出さないにしても、僕はその女子3人にも手を振って挨拶した。他にも、同じくビュッフェで料理を取り分けてきた知り合いの招待客たちとも顔合わせし、挨拶を続ける。

「おういたいた。マニュエル、お前の分はテーブルに一通り取り分けてあるぞ。来いよ」

「お? サンキュー」

 と、そこへマニーと同じくCS学園に通っているヤスがかけつけてきた。マニーがその手に連れられる形でこの場を去ると、アゲハが次に辺りをキョロキョロ見渡し、ふと1つの丸テーブルに空いている1席を発見した。アゲハはそこを指さしていう。

「アキラは、料理を取ったらあっちの席に座るといいよ」

「うん、そうする。アゲハは?」

「私はまた別の席へつくよ。どっちも1つしか空いてないからね。じゃ、また後で」

 そういって、アゲハはマリアやシエラと一緒に、別のグループの丸テーブルへといってしまった。こうして僕1人となったところで、この様子を見ていたジョンが心配そうにした。

「おいセリナ、大丈夫なのか? 確かあそこの席の人たちと、まだ会った事ないんだろ?」

「え?」

 僕は今一度、ジョンの指示通りにそのテーブル席を見た。いわれてみれば、そうだった。僕の姿を発見したその席に座っている、派手な彩度の髪色を持った男女3人が「こっちこっち~♪」と笑顔で手を振っている。そこと隣接する別の丸テーブルに座っている人達も、これまた会った事のない人達だった。

「席が1つしかないから、そっちに座れっていわれたけど… 何か、マズい事でも?」

「いや、普通にしていれば問題ないんだけどさ。まぁ、お前の事だから多分大丈夫だと思うけど、あの3きょうだい相手にあまり失礼な態度はとらない方が良いぞ、ってだけ」

「え…! なにそれ、ちょっと怖いんだけど…!?」

 この口達者でちゃらんぽらんなジョン・カムリが、そういって冷や汗をかく程だ。もしかして、僕がこれから座る場所って相当気難しいチームなのかな。という不安が、一気に募ったのである。そのせいか、つい僕まで小声になってしまった。だけど、アゲハは今みたいな忠告を一切言ってこなかったし… と、ここでバニラが困り笑顔でこう説明した。

「シアン、マゼンタ、カナリアイエロー。彼らは3きょうだい纏めて『CMY』と呼ばれているの。学校では聖ハーバーリンネ学苑の理事長とその部下2人、って所かしら?」

「え? あの人たち、理事を務めている人たちなんだ!? しかも、きょうだいって」

「えぇ。でも、普段はいつも通りにしていれば本当に大丈夫なの。ジョンがほら、ちょっと特別な事情で、特にマゼンタから厳しい目を向けられているだけだから。ね?」

「おい、言うんじゃねぇよバニラ… 知ってるだろ… あいつら本気出したら、どれだけヤバい連中なのかを…」

 と、涙目で俯きブツブツと呟くジョンを前に、僕はこれ以上このビュッフェの前で立ち往生するわけにもいかないので、ここはさっさと必要な食材を取って指定の席へと向かった。2人に軽く手を振り、緊張した面持ちでテーブル席にいる人達に「失礼します」といって、ぎこちなくも席に座る。その「CMY」と総称された信号機トリオが早速話しかけてきた。

「あんたが噂の新人だってね。私はマゼンタ。あんたがハーバーリンネへ見学しにいっている日時を知っていたら、その時に会っていたんだけどな」

「セリナです。すみません、理事の方にお会いするべきだったと知らなかったもので」

「は? 何、それって同行していたアゲハが何も言わなかったから、自分は何も悪くないって意味で言ってるのかい?」

「え!? いえ、そういう意味では…!」

「おいマゼンタ、新人にイジワルな事をするなよ。見学初日にハーバーの理事に会うなんて無理があるだろう」

「なに、冗談だよ。シアンも何を真に受けてんだか。という訳だから、ごめんねセリナ!」

 は!? おい、本当にびっくりしたじゃないか! 僕はこの状況に思わず席を立ちあがりそうになった。学校の理事長かつ、先程のパワハラ染みた発言という展開なものだから、一瞬ガチでこれを期に招待客デビューが失敗に終わるかと思ったものだ。そんな事になったら、もうこの世界に居づらくなる。僕は、思わず心臓が止まるかと思った。

 ところでシアンとマゼンタ、という名前通り、この男女はそれぞれ髪の色がそれに準拠したカラーリングをしている。印刷のインク3原色をそのまま表した名前だ。という事は、このテーブル席にいるもう1人の女性、長い金髪の人は“イエロー”に相当するのかな? あれ、でもさっきバニラは違う名前で言っていたような。確か、カナリアイエローだっけ?

「オッス、カナリアイエローやで♪ 気軽に『カナル』って呼び捨てでええねん。せや。噂で聞いたんやけど、あんた元いる世界やとまだ若いやろ? そっちは幾つなん?」

「はい。24、ですけど」

「若っ! まだアラサーいってへんやん、招待客にしちゃピチピチな方やんな?」

 え、そうなの? という僕の疑問がよぎったのもそうだが、僕はふとアゲハやマニーの実年齢が気になった。そういえばマニーは初日に出会った際に、あの喋っていた内容から妻子持ちの雰囲気があったし、まさか2人とも僕より年上とか…!? と思ったのだ。そんな中、カナルの奥にある更に別の丸テーブル席――こちらも僕が知らない人ばかりが座っている中――から、黒人さん? の女性がこういってきた。

「カナル。そういうのは、プライムに来たらあまり意味がないでしょ。みんな、ここでは10代なんだから」

「せやろか? 10代やからこそ、中身が多少歳いっとっても許される所あるやろ。ほな、プライムで同世代が相手やったら、そっちで違う世代の話を聞いたり教えたりできるやんけ。普段は皆、その世代には簡単に聞けへん、ちーとアダルトな夫婦の話題とか。な?」

「そうか? みんながみんな、って訳でもないと思うぞ?」

 と、今度はその黒人女性の隣に座っている、赤髪ウルフヘアの男性がそういってきた… って、ちょっと待って!? その男の人の背後、地縛霊がいるんだけど!!?

「え!?」

 僕は、その超常現象に思わず肩が上がった。その意味を察した男性が、こちらへ苦笑いをしながらこういう。

「あぁごめんごめん、ビックリした? 彼女は俺の守護霊というか、付き人だよ。何も悪い事はしないから、大丈夫。サン、自己紹介して」

 そういうと、彼の背後に付いていた「サン」と名乗る幽霊がぎこちない表情で、僕の前へと鮮明に姿を現した。しかも、よく見るとこれまたスラッとした美人さんではないか!

『は、はじめまして… サンです。よろしく、お願いします』

 その、少しばかりあどけなさが残るサンの自己紹介を聞いて、僕の肩の強張りが抜けた。なんだ、この幽霊ちゃんは思ったより律儀で、人見知りしがちな子みたいだ。それはそうと、男性が続けてこう紹介を入れてきた。

「俺はノア。で、隣に座っているこの人は姉のジュリア」

「よろしくね~」

「そして、そんな俺たちの向かいに座っているのがディーンだ」

「よろしくです」

 と、ジュリアと名乗る女性とは別に、もう1人男性の黒人さんが僕へと一礼した。こうして見ると、このノアたち3人は少し上品な印象がある。なんというか、実家が金持ちで生活に余裕があるみたいな、そんな雰囲気を醸し出している人達だ。

「それにしても宗のやつ、とうとうノアたちのテーブル席につかなかったな。あ、でもセリナは以前会った事あるんだっけか? その宗に。本人達から聞いたけど」

「はい。あの、金髪でメガネをかけた男性ですよね? 初日に会ってます」

 と、僕はシアンの質問に答えた。どうもディーンと名乗る黒人さんの席の隣が空いているな、と思っていたけど成程そこは宗の席らしい。こういう、場所を取ってある席はテーブルに札が置いてあるので、ある意味分かり易かった。ところで、そんな今はまだ来ていない宗の隣にはもう1つ、札の置かれた席がある。そこも人が来ていないようだけど、誰だろう?

 バン!

「お? やっとはじまったみたいだね」

 と、ここでマゼンタの言う通り部屋の照明が落とされた。それまで和気藹々としていた会場が少しだけ静かになり、ステージにライトアップがされる。そこに、1人の男性が慌てて走ってきた。白髪に2本のアホ毛がある、宗ちゃんばりに瞳の虹彩が赤い高身長の美男子だ。

「みんな、遅くなった! この後の予定なのだが、あいにく聖治… ゴホン! 桜庭宗が芸能事務所とのスケジュール調整の都合上、この後の誕生会にしか出席できない事になった。さっき、それで今こちらへ向かっているとの連絡があり、少し司会が遅れた次第だ」

 と、その司会らしい男性がマイクを持っていう。忙しかったのだろう、少し息を切らしている様子だが… ここでマゼンタが僕の前へ乗り出す様にしてこういった。

「あいつは羽柴礼治。私達CMYとは対極に位置する、荒樫国際高校の理事長だよ」

 え? 理事長!? うそ、理事長って1人だけじゃなかったのか! という僕の心の驚愕のもと、シアンが腕を組んで更にこう説明を入れた。

「セリナが最初に出会った桜庭宗だけど、あいつは本名を『羽柴聖治』といって、あの礼治とは実の兄弟なんだ。2人とも、荒樫高校のVIPクラスに所属している」

 え、なにそれVIPクラスって。よく分からないけど、なんかもの凄い特別感のあるクラスだって事だけは何となく伝わったよ。てゆうか、あの金髪赤眼の眼鏡くんとあの司会の人、兄弟だったんだ。確かに、言われてみれば顔が似ているかも。しかも荒樫高校って、これまた聞いた事のない学校名が出てきたぞ? と、僕の頭はとにかくパンクしそうであった。司会の進行は、ここでようやく本題へと入っていく。

「すでに会場のスピーカーでも聞いていたと思うが、そこにいる彼は、今年から新しくプライムに招待された芹名アキラだ。まだ分からない事ばかりだろうから、皆でフォローしていってあげてほしい。クリス、大丈夫だな?」

「ん? あぁ、なんとか」

 と、クリスと名を呼ばれた男性が、また別のテーブル席から返事をした。髪型と、十字架のネックレスを付けている姿からして聖職者かな? そして、よく見ると彼の肩の上には、あの茶トラ猫ミトラが旅行枕みたいに乗っかっている。あー、あの人の化け猫だったのか。

「ところで、今年の新参はアキラ1人だけの様だが、掲示板に新聞を貼って募っても他に招待客は見つからなかったんだな? 若葉」

「うん、全然だったよ。在籍校の掲示板にも、荒樫以外ぜんぶ回って他に収穫はなかった。ディーンたちが通っている所はどうだった?」

「まったく」

 と、若葉が礼治の質問に答えると同時に、ノアたちに質問を返した。礼治がステージの教卓に置いてある書類を手に取り、司会… なのかな、これって。を続ける。

「ところで、今年度に入ってからの在籍校の様子だが、まず学校そのものを挙げるとCS学園と紫法院高校、この2校で昨年度から大きな変化があった。まずCS学園は、今年度より教員とコーチが一新された。昨年度末で異動になった教員のうち、ほか招待客が在籍する学校に移ったものが6名。長新1名、N1W3名、紫法院2名という内訳だが… もうその情報は皆、だいたい知ってそうだな。その様子だと」

 礼治のその落胆した発言に、一部からは笑いが上がった。彼は気を取り直し、こう続ける。

「そしてもう1つ、紫法院高校だが、今年度より新たに寄宿舎契約を交わし、学生寮に切り替わった所がある。ローズバード、詳しい説明を」

「はい」

 そういうと、あのおかっぱ頭のローズが笑顔で立ち上がった。うん、やっぱりあの時と同じ、手袋を嵌めているのね。食事中は流石に外すんだろうけど、暑くないのかな?

「えー僕が管理するビルマンションですね。昨年末までは一般的な賃貸住宅として、不動産貸付での契約のもと多くの住民を迎え入れてきましたが、この度寄宿舎として、正式に紫法院生のみ入寮できるシステムに変更されました。それに伴い、昨年度まで契約されていた一般住民の方々につきましては、不動産との話し合いのもと、近隣のマンションやアパート、最も遠い所では成田の再開発地区への転居を案内し、全世帯の移動が無事完了した次第であります。寄宿舎契約をした理由としましては、まず昨年度までの過去3年間、当マンション入居者のおよそ8割が紫法院の学生で占めていたこと。そして以前より別にあった寄宿舎が、建物の経年劣化により解体せざるを得なくなったこと、以上の2点です。今回、寄宿舎契約をしたメリットとしては、なんといっても家賃が安くなった事ですね。管轄も紫法院に変わったので、家賃滞納者に一々注意しに行く必要がなくなって、大分楽になりましたよ」

 そうニッコリと長い説明をし終え、席をついたローズに、会場からは再び笑い声が上がった。そうか、あの人そのビルマンションの管理人なのか。引き続き、礼治がこういう。

「ありがとう。で、もう大体予想はついていたが招待客みんな、学年とクラスが去年と全く一緒なんだよな。でも、流石に部活動と委員会活動は変わった人が多いと思う。あと、元いる世界での私生活も。あれから、たとえば無事進学したのを期に親元を離れ上京したとか、海外へ引っ越したとか。お? バリーどうした」

 と、ここで皆が礼治の話を静かに聞いている中で、バリーが1人手を挙げて注目を集めた。この髭を生やしたダンディーなお兄さんは席を立ち、嬉しそうな表情で報告を述べる。

「実は、その件で私からご報告がございまして。このサーガライフが再開されるまでの3か月間、無事元いる世界で進学及び就職をされた招待客の皆様、おめでとうございます。そして私事ではありますが、この度2月14日のバレンタインに、私と、こちらのシエラお嬢、元いる世界で結婚しましたことをご報告させていただきます!」

「「うおぉぉぉ~!?」」

 なんと! あの黒髪ウェーブの美女とこのお兄さん、めでたく夫婦になっていたのだ。これには招待客ほぼ全員がビックリ、物凄い歓声と祝福の拍手が湧き上がる。あれ? じゃああの時のしえらん告白シーンは一体、何だったんだ? まあいいや。僕は拍手を送った。

「おめでとうしえらん!」

「なんだぁー! もっと早くに教えてよー!!」

「バリーさんやるぅ」

 なんて、一部はシエラの脇につんつんしながら笑顔で反応を示した。これにシエラが顔を赤くしながら、今にも逃げ出したいとばかり肩を縮こめていたが…

「ちょっと待ったぁ!!」

 と、ここで礼治がまさかの挙手だ。これにバリーとその周辺が振り向き、何事かと目を大きくさせる。まるで、結婚に反対するシーンみたいなこの緊迫感。そして礼治は言った。

「…俺もだ。1月3日に」

「「えぇぇぇぇ~!?」」

 まさかの展開だった。なんとバリーさん達だけでなく、当の司会である礼治まで結婚していたのだ。まさに重大発表の大渋滞、新参の僕からすれば頭の処理が追いつかないほど、思考が祝福ムードでパンパンに破裂しそうな展開だ。すると、招待客の殆どがとある場所へと揃って目を向ける。その視線の先にいたのはヒナ、彼女は照れ顔でこういった。

「えへへ♡ このパーティーで言おうと思って、ずっと黙ってたの。ごめんね」

 と、かなりのおノロケムード。て、ヒナの彼氏この司会の人だったのか!? まさに美男美女、バリシエと引けを取らないハイレベルな結婚報告になったのである。しかしこうして見ると招待客って、実は僕が思っている以上に元いる世界で歳いっている人が多いのかも。

「ゴホン! 失礼。というワケだから、この後は誕生会が始まるぞ。今から名前を呼ぶから、呼ばれた人はステージに上がってほしい」

 そういって、礼治はすたすたと会場の端っこへと去っていった。その間、二組のカップルには周囲から「結婚おめでとう」と祝福の声が上がる。そして、ついに名前が呼ばれた。

 アゲハ。ヤシル。マニュエル。バニラ。そして僕の5人だ。

 僕たちは、指定された通りにステージへと上がった。ここで漸く、ずっと席を離れていたアゲハやマニーと合流する。アゲハが、小声で僕にこういった。

「アキラに、招待客の証として渡すものがあるんだよ」

 なるほど。一体、どんなものなのだろう? すると、ステージ奥のバックヤードから宗が顔を出してきたのだ。ずっとこの会場にいなかった人が、漸く祭典服で登場だ。

「みんな、おまたせー! ごめんね。仕事が忙しくて、このプログラムにしか出られないんだ。これが終わったら、また行かなきゃならなくて。そうそう! 今日ステージに上がってくれた皆に、僕たちからプレゼントがあるんだ」

 そういって、キラキラした笑顔でいうこの金髪赤眼のメガネくんが手を差し伸べた先に、グランドピアノのライティングが灯された。見ると、そこにローズが座っている… って、いつの間にそこにいたのこの人!? しかも、ピアノを弾くために手袋を外したその先は、

「…え!? つ、爪が」

 僕は、ローズの手指に思わず二度見した。彼の爪が、鳥のかぎ爪みたいな形状をしていて、しかも指の腹の上半分までその爪で覆われているのだ。流石に、飾りかと疑うしかない。

「彼の階級はキング・オブ・エキドナ。いわゆるサイボーグの類だ。詳しい事はまた後で話すけど、だからあの爪の形状になっていて、それを隠す為に手袋をしているんだって」

「あ、そういう事だったんだ…」

 なんてアゲハからの安心安全な説明に僕が納得した所で、宗のほかにテラ、若葉、マイキ、サンドラ、ティファニーといった女性たちが、それぞれ僕たちの前に立った。彼女達の手には、リボンで結ばれたギフトが抱えられている。

 そして、ステージからはキレイなピアノの演奏が鳴り響いた。ローズが、あの爪の形状でありながら問題なく弾いているのだ。きっと元いる世界の本業なのだろう。

「今日は4月30日ということで、4月生まれのみなさん、誕生日おめでとうございます。ささやかだけど、どうぞ僕たちからのプレゼントを受け取って」

「え? あ、ありがと」

 宗が手招きで祝ってくれた拍子に、女性たちの手から誕生日プレゼントであるそのギフトを受け取った僕。元いる世界でさえも、ここまでのサプライズ演出にまだ今年一度も遭遇していないのだ。胸が、張り裂けそうな思いだった。そして、

「あと、セリナくんには今年新しくプライムに招待された証として、あちらも是非受け取って欲しいんだ。僕たち、招待客の魔力を凝縮して作ったアクセサリーだよ」

 そう宗が今度は違う方向に手を伸ばすと、その先にはリリーとルカが、それぞれ宝石箱の両側を持って支える形で僕の前へと歩いてきた。その宝石箱の上に飾られているのは、虹色の筋が入った大きなクリスタルの角柱がついている、星型のチャーム付きブレスレット。

「このクリスタルチャームは、それに愛情を注いだ招待客の概念をストックし、発現できる力があるんだ。僕たちもみんな持ってる。だから、君にあげるよ。元いる世界ではまだ使えないかもしれないけど、お守り代わりにはなると思うから」

 これもまた、予想外のサプライズだ。この世界に招待されてもうすぐ1ヶ月、まさかここまで手厚く迎えられるなんて思ってもいなかったものである。僕は、思わず涙が出そうになった。お言葉に甘えて、この場でチャームを嵌めてみる。祭典服との相性はバッチリだ。

 会場全体から、盛大な拍手が鳴り響いた。

 僕は、今度こそ堪えきれず目から涙を流した。あれだけ大変な思いをしてきた元いる世界とは、丸っきし違う祝福。僕は、この世界に招待されて本当に良かったと思った。自分の階級についてはまだ実感が湧かないけど、これからどんどん分かってくるのかな。その経験を、いつか元いる世界でも活かせられたら… そう、僕はチャームに願いを込めた。


「じゃ、僕はこの辺で! お先に失礼しまーす!」

 宗がそういって抜けた後も、パーティーは暫く続いた。ビュッフェをお代わりしたり、ドリンクを飲んだりして、色んな招待客と会話を交わしたものだ。アゲハも含めて。

「え!? 招待客のリアルって、半数がアラサー世代なのか!?」

「そうだね。特に、30代前半の人が多いかな」

「そうだったんだ。という事は、長新に通う招待客もそれくらい…?」

「うちはまだ全員20代だよ。私もヘルも28」

 うそーん!? てゆうか、やっぱりか。まさかの僕より年上でした。というわけで僕は皆からもらったプレゼントを抱え、ホールの外へ出る時にふと、疑問に思った事を質問する。

「と、という事はさ? 今回みたいに結婚を報告する人もそうだけど、招待客ってその、元いる世界でお子さんがいらっしゃる、って人もいるのかな?」

「もちろん。マニュエルも子供3人いるし、ヤスとティファの子供に至っては大学生だ」

「え、ここの高校生達より年上じゃんそれ! うっそ、そんなに大きなお子さんがいる家庭の招待客までいるなんて知らなかった… あ。という事はもしかして、アゲハも…?」

「小学2年生の息子がいる。それがどうかしたの?」

 チーン♪

 えっと、こういう学園ものを扱ったラノベ系のお話って普通、ヒロインポジの子って大体“フリー”なはずですよね? だけど残念。このサーガライフのヒロインポジであるアゲハさん、まさかの元いる世界でママさんやってました。これは脈なし!

 通りであの入学式の日、やけにPTAに詳しいと思ったんだ。これは、長新で招待客とのアオハルを期待していた人にとっては正に悲報であろう。て、いやそんな事をするために招待されたんじゃないんだよな! この感じだと。僕は、そう自分に言い聞かせる事にした。

「あ」

 こうして外へ出て、ほか招待客と別れの挨拶をする時にふと、池を眺めているベックスとフウラの姿を見かけた。2人とも、部屋は違えと、あれからずっと文化ホールにいたのか。

「お!? ようセリナ、パーティー楽しんだか?」

 と、ベックスが僕に気づき声をかける。僕は「はい。お蔭様で」と答えた。

「良かったわ。皆、あなたを快く歓迎してくれたみたいで」

「招待客ってのは変わり者が多いけど、根はみんな良いやつなんだ。だから、もっと気軽に仲良くしてもいいんだぞ。あ、それと…」

 僕はふと、ベックスがそういって何かを思い出す仕草を見せた時に、同じように「ある事」を思い出した。そうだ、お爺ちゃんのこと! もし知っていたら、教えてもらおうと思っていたんだ。フウラが病弱な分、今このタイミングでしか、中々聞く機会はないだろうから。

「お前の爺ちゃん、芹名灯郎からの伝言だ。『孫があそこで言いたい事をハッキリ言ってくれてよかった。これで、安心して輪廻を転生できる』ってな」

「え…!? そ、そう、だったんですか…」

 ベックスから告げられた、お爺ちゃんの後日談だ。まさに今、僕が聞きたかったことを、この神様は自分から教えてくれた。続けて、フウラが振り向いてこういう。

「私たちはね。あなたのお爺ちゃんに会う前にも、ご両親にお会いしているの。芹名泰松(たいまつ)と、その妻の輝樹(かがやき)にね」

「!!」

 僕の、死んだ両親の名前だ。実をいうと、この情報に関してはまだ、この世界の誰にも言っていなかった。だけどそれを言い当ててきたのだから、この人たちがやはり本物の「神」である事を、僕はより実感したのである。フウラが、僕に優しい笑顔を見せた。

「彼らはあなたたち子供の事を、ずっと大切に想い続けていた。素晴らしい家族に恵まれたのね。その命、大事にして生きていきなさい」

 僕の心にぽっかり空いた穴を、家族の愛情で埋めていくような、そんな感覚。

 僕は、神々から聞けた吉報の数々に絆され、じわじわと涙が込み上げてきた。お爺ちゃん、安心して成仏できるんだね… お父さんとお母さんも… 良かった、本当に良かった!

「はい!」

 僕は、2人から希望の眼を向けられたこの意思に従うべく、力強く返事をした。もう、自信を持っていいんだ。そう心に言い聞かせ、今度こそベックスとフウラに一礼したのである。


 ………。


 プライムでのパーティーを満喫し、皆に誕生日を祝ってもらってから一夜が明けた元いる世界。こちらは飛び石連休の中の平日に入るため、兄弟達はいつものように学校へ行った。じつに静かな日常だ。あれから、叔父さんの面倒な絡みに巻き込まれる事もなくなった。息子が捕まったので、今はそれ所じゃないのだろう。因果応報とは、正にこの事か。

 お爺ちゃんがいないという空白があるからか、少し、物寂しい部分もあるけど、これで良かったのかもしれない。僕には「プライム」という異世界があるのだから、こっちの世界にまで贅沢は言わない様にしよう。そう自分に言い聞かせた。今日もいつものように在宅業務をこなし、次は何をしようか、と考える事に時間を費やす。

「ただいま~!」

 その日の夜、珍しく兄弟達が4人揃って帰宅してきた。どこか遊びに行ったのだろうか、声のトーンからして元気そうだ。僕はPCを閉じ、夕食の準備に取り掛かるために、ダイニングへ向かおうとした。が、

「アキラ。今日の夕飯まだ作ってないんでしょ? いらないよ、こっちで沢山買ったから」

「え? そう?」

「うん。その代わり、今日は私達みんなからアキラに、プレゼントがあるんだ。来てよ」

 ヒカルが、漸く元気を取り戻した表情で僕を別の部屋へと手招きした。着いていってみるとそこはお座敷。かつてのお爺ちゃんがよく使っていた、家族会議などで使う部屋だ。

 パン! パパーン!!

「「ハッピーバースデー! お兄ちゃん!」」

 部屋に入って、突然のクラッカーだ。僕は目が点になった。座席のテーブルには、10号ほどのホールケーキに、フライドキチン、そしてシャンパン、瓶入りのドリンクなどが置かれている。壁のガーランドといいローソクといい、小規模ながらとても賑やかな装飾だった。

「だいぶ遅くなっちゃったけど、24歳のお誕生日おめでとう。アキラが私達のために、普段から頑張ってくれている事への感謝の気持ちだよ。お爺ちゃんが亡くなって、叔父さんとのトラブルもあって、今日まで中々都合が取れなかったの。だから、そこは許して」

 ヒカルからそう説明を受けると、僕は座敷のテーブル席に座るよう手招きされた。全く、予想だにしていなかった展開だ。あの遺産相続の存在を明かして以来、兄弟と疎遠になったと思われたそれは、実際は今日のサプライズのための演出なのだと知ったのである。

「ホラ、元気だせよ! 今日はアキラが大好きなフルーツポンチを作ってきたんだぞ」

「俺たち、別にあの日からアキラが嫌いになったとかじゃないからさ。ただ、俺たちもあの時は色々ストレスが溜まっていて、少し冷静さを失っていたんだ。ごめんな」

 と、テルアキ&ライト双子も僕に手作り料理を振る舞い、身を寄せてきたほどだ。僕は、自分が兄弟達に嫌われたわけではない事を知り、涙が出そうになる。アカリがこういった。

「アキラ。私達家族を守るために、ずっと1人で受け止めてきたんだよね? お爺ちゃんの遺産を、叔父さん達に知られない様ずっと黙っていたこと。そして、その為に1人で戦ってくれていたこと。ずっと辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい。そして、本当にありがとう。明日からまた、いつもの生活を過ごそう? それが、お爺ちゃんのためだもん!」

 そういって、兄弟達は各自用意したプレゼントを、僕に手渡してくれた。

 僕は、今度こそ嗚咽を上げて泣いた。もう今後二度と味わう事がないだろうと思っていた、1年に1度の祝い事を、兄弟達からプレゼントされた事がとても嬉しくて、嬉しくて。

 僕の、ここ1ヶ月の苦労が、ようやく報われた瞬間であった。

 すべては、プライムでの経験が招いてくれたこと。あのリアグラムペンを使い、変装し、叔父さんの悪目を掻い潜った事で成功したのも含めて、全てだ。何より、そこでの「僕自身の拠り所」だという安息感が、この世界で冷静さを保つ一番の決定打になった。僕の左手首につけている、プライムでもらったクリスタルチャームに、涙が1粒ポタリと落ちて輝いた。

 ありがとう、プライム。ありがとう、サーガライフ! ありがとう、お爺ちゃん!!


 ………。


「あの人、凄いスポーツ万能だって聞いたけど、なんで運動部に入らないんだろうね?」

「ねー。色んな部からも斡旋されているのに、ちょっと勿体ないというかー?」

 という噂話が、ほんの僅かながらに聞こえる。CS学園に通う女子生徒2人、その視線の先にいるのは、かのマニー達3人組であった。マニーの背中にはギターバッグが背負われていて、あとの2人はジャージ姿である。マニー達はその視線にとうに気づいていた。

「おうおう、また噂されているみたいだなマニュエル。きっと先日断った柔道部のことが、早速知れ渡っていると思うぜ? モテモテだなぁ」

「もう慣れたよ。それでも、俺は運動部には入らない。いや、併部はしないつもりさ。だって、それじゃあ俺が軽音楽部に入った意味がないじゃないか。下の子がまだ小さくて、しかも待機児童状態という中で、在宅の納期に間に合わせられる場はここしかないワケだし」

「第二音楽室はレコーディングスタジオ、って所かしら♪ 確かに、サーガライフを送っている側からすれば、こういう使える場はどんどん使っていかなきゃ損するわよね。そして、出来あがった音源を元いる世界に枕元転送して、世に送り出すという手法でしょ?」

 なんて、高校生らしからぬ発言をしてその場を歩き去る仲良し3人組。果たしてこれが何を意味しているのか、現役高校生にとっては今一理解に苦しい部分かもしれない。だがそんな事はお構いなしに、女子生徒2人はさらにこんな衝撃発言を交わしていた。

「でもさ、知ってる? 桜くんの入っている軽音部、近く廃部にするって先公たちが考えているらしいんだよ。もう殆ど幽霊状態だから、残しても意味がないんじゃね? って」

「え、マジ!? じゃあ、そうしたら桜くんどうなるの? 強制で運動部行き?」

「う~ん、分からないけど多分そうなると思う。部活に参加できるくらいの余裕があるならウチに入れ! といって、遂に先公たちまで催促してくるんじゃない? そんな感じの事を、前に先公たちが職員室で話し合っている所を偶々きいちゃったんだよね」

「えー何それ、公務員の職権乱用じゃん。強制入部じゃないのに、そんな事していいの?」

「ねー。だから文化部を廃部にして、桜くんを自主的に移動させようと計画しているんだと思うよ? この学校、ただでさえ去年の不祥事で危ない状態だから、先公たちも自分の居場所を残すのに必死なんだと思う。要は桜吹雪(さくらふぶき)満獲(まぬえる)というアスリートを掲げ、名誉挽回しようって魂胆だよ。まぁ、運動部に入ってほしい気持ちは分からなくもないけどさ?」

 そういう女子生徒2人の目線に、マニー達の姿は見当たらない。彼らは今の話の内容を知らないまま、各自所属している部室へとすでに向かっていた。

 このままだと、マニーの所属している部活は廃部になりかねない。果たしてそれを守るか否か、すべてはマニー1人の手にかかっているのであった。本人の知らない間に――。



【第5話(俺が主役だ!CS部活動編)に続く】

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