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【4月】スタートアップ!長新入学編 第2話

<前回のあらすじ>

 寝ている間の夢世界「プライム」に招待され、魔法が使えたり、身体が若返ったりと楽しい日常を過ごす事になったセリナ。元いる世界で祖父の死により傷心していた所を、プライムの招待客たちは快く歓迎してくれた。こうして彼は「サーガライフ」を送る事になった。

 そしてこのサーガライフの最大の趣旨は、招待客全員が若返った体で、決められた高校に通うこと。セリナもその1人として、招待状に書かれている在籍校、長岡新興分校に入学する事になった。今回は、その学校独自の科目である「屋外授業」で、ほか招待客が在籍する他校へ見学しにいくというお話。

 第2話


 キーンコーンカーンコーン♪

 僕が最後に学校のチャイムを間近で耳にしたのは、もう5年以上前だろうか。これからの長い人生を考えるとほんの僅か前なのに、もう懐かしく感じてしまうものだ。だけど、僕はそれを「高校一年生当時の感覚」で再び味わうという、妙な気持ちへと誘われていた。

 アゲハの案内でこれから通う学校、長岡新興分校は、「分校」というだけに幼稚園生から高校生まで、幅広い年齢層の生徒が和気藹々と通っている。今日は初等部以上の生徒を招いた入学式だ。そんな変わった学校に、僕も新入生の1人として壇上に上がった。

「小、中学生まで同じキャンパスにいるって、なんか不思議な感覚だな」

「そりゃ、この地域は人が少ないからね。市がコストを削減するため、全教育機関を一つにして分校を建てたんだよ。幼稚舎と初等部は、全学級まとめても1クラスしかいないし」

「えぇ!? そんなに少ないのか!?」

「そうさ。寧ろ、2クラスもある中等部と高等部の方がおかしいんだ。普通は逆なのに」

 そういって肩をすくめるアゲハだが、小さな子供たちを見ているその目線からして、じつは満更でもないようだ。ともかく、式を終えたあとは招待客と一緒に各教室へと向かった。

 校舎は全て木造で、別校舎への連絡通路がそれぞれ公園にある雨小屋のように、三角の屋根がついた道で蛇行している。周りには大自然が広がっており、広大な景色が楽しめる仕組みだ。まるで学校というより、何かのコミュニティセンターの様な建造物であった。僕たちはその中の北校舎、もっとも大きい建物へと入って、その廊下の壁に貼られたクラス分けの大きい貼り紙を眺めていく。

「やっほーアゲハさん! 私達、同じクラスだよ」

 そこにいたのは先日、広場で出会ったヒナ。ライムカラーの頭髪が印象的な、高身長の美女だ。僕とアゲハがその子に手を振り、ともに貼り紙を見る。僕の名前は1組にあった。

「お、アキラもうちらと同じ1組か。これから一緒だね、よろしく」

「あぁよろしく。それにしてもコレ、学年が書いてないんだけど…?」

「あれ? 私、説明してなかったっけ? 高等部は、1つのクラスに全学年が入るんだよ。だから、普通に2、3年生も一緒にいる。この学校内だと、どこの教育レベルだってそうだ」

「え!? マジか。先輩と一緒のクラスって、なんかちょっと気まずそう…」

「ん? ねぇセリナくん。もしかして、元いる世界ではずっと都会育ち?」

 と、ここでヒナが僕にそう訊いてきた。確かに、僕は生まれも育ちも東京だけど、それがどう関係しているのだろう? 僕がそれを静かに頷いたのを期に、ヒナがくすっと笑った。

「なるほどねぇ。大丈夫だよ? ここはどちらかというと田舎だから、上級生に対してタメ口を利いたって誰も怒らないよ。何かを頼むときだけ、丁寧にお願いするくらいだから」

「え、そうなの!?」

「うん。そうだよね? アゲハさん。田舎あるあるだよね、こういうの」

「え? まぁ、言われてみればそうだけど…」

 と、アゲハが後頭部を掻きながら呟いたその目線の先、ヘルを見て口を止めた。ヒナもこれが何を意味しているのかを察し、続けてヘルへと振り向く。ヘルは貼り紙を間接的に指さしながら、悲しそうな顔でずっと固まっていた。勘の良い人なら、すぐ察しがつく絵面だ。

「あっ。ヘル。その様子だと、あんた2組だな?」

 アゲハが、そういって眉をしかめた。それを指摘されたヘルが、とたんに大きくため息を吐く。どうやら図星のようだ。仲の良い子達とクラスが別になっちゃったのな、可哀想に。

「結局は去年と一緒か… 仕方ないさ。俺は潔く、2組で勉強に励むとするよ」

 そういって、ヘルは落ち込んだ表情のまま2組の教室へと向かった。その背中が、男の涙を物語っている。それはそうと、僕たちもここは1組の教室へと入っていったのだった。


「ご存知の生徒もいるかと思いますが、当校は毎週月・水・金に、午前午後どちらかを教室で、もう一方を屋外で学習する半日制を設けています。屋外授業のさいは基本、先生と同伴で活動を行う事になります。時に例外もありますけど。屋外授業の内容は主に…」

 という、長ったらしい担任教師の説明を聞きながら、僕は当時の高校生活の事を思い出していた。僕が通っていた高校はここと全然違う、普通の都会にある教育機関だった。

 教科書やノートの持ち運びを、生徒それぞれが自分で持ち運びやすいよう持参したリュックなどに詰めて学校に通い、多少は制服が乱れていても大して怒られなかった僕の母校。先生に対してはみな基本タメ口だったけど、先輩に対してだけは、誰が相手だろうが敬語で話さなくてはならない。少しでもタメ語っぽく口走ったら最後、相手が悪けりゃすぐ蹴りを入れられるような、生徒と生徒の間だけ豪く上下関係が徹底している教育現場だった。

 だけどこの長岡新興分校、通称「長新」はまるっきし逆だ。けさアゲハ達が言っていたように、生徒同士は割とフランクに接していても、教師に対してはピッと姿勢を正し、しっかり挨拶と返事をしていた。これが所謂「田舎あるある」だろうか? 良く分からないけど。

「あの先生、今年は1組の担任なんだね。あの人、怒らせるとチョー怖いのよ」

 HRが終わり、休み時間に入った所でヒナがそう怖気づいた様に呟いている。アゲハもこれには肩をすかして苦笑いをしているさなか、僕は支給された教科書を整理しながら2人の会話を聞いていった。

「こういう人が少ない地域の学校は、PTA会員の中からたまに天狗なヤツが潜んでいて、そいつに好き勝手やられると後始末が面倒なんだ。だから、そういったヤツに舐められないよう、教師は厳格な人間が多いんだよ。子供の担任が気弱だと分かったとたん、すぐマウントを取ってくるモンペがいるんだよな。どこの世界にも」

 なんて、アゲハが呆れたように口角を上げながら述べる。なるほど、そんな大人の事情が、この教育現場の裏に潜んでいるのか。てゆうか、これ本当に現役高校生の会話なのか? って思った。今の話、まるで現役のPTA会員みたい。

「この後は委員会や生徒会の選出があるけど、アキラは何をやろうと考えてる?」

「え、俺? う~ん… 実はまだ、何も決まってなくて」

「アゲハさんは、去年と同じ生徒会?」

「そのつもりだよ。生徒会員なら、先生なしで屋外授業に2人まで連れて歩く事ができるからね。だたその分、課題の量は増えるけど」

「え、そんな事もできるんだ!? この学校の生徒会って」

「まぁね。ヒナは、どこに入るか決まった?」

「私、今年は選挙管理委員会に入ろうと思ってるんだ。ところで今日、風の噂で聞いたんだけど、どうやらCSから流れてきた教員が中等部に配属されてきたらしいよね」

 と、ヒナがここで話の内容を変えてきた。この様子だと、僕みたいな所見はまだ良く分からない領域に突入する話だと思うので、敢えて何も言わずただ聞いているだけにしようか。

「ん!? あの、昨年度のCS総入れ替えで弾かれた!?」

「そう。他にも、N1Wと紫法院に流れ込んできた先生が何人かいるみたいだよ。首都圏だから、まぁ仕方のない部分はあるんだろうけど」

「そうなのか。ハーバーリンネの方には?」

「そっちは何も聞いてないかな。まぁあそこはミッション系だから、そもそもの教育方針が違うし、清掃員の問題もあったから、CS出身の教員が流れ着くとは思えないけど…」

 ガラガラガラ~♪

「失礼します。清水さん、いる?」

 と、ここで廊下のドアから別の生徒が入ってきた。おとなり2組より、他校からの転校生なのだろう違う制服を着用した女子である。ちなみに、その子がいう「清水さん」とはアゲハのこと。僕たちはその女子へと振り向き、アゲハが「いるけど、どうした?」と答えた。

「いま、時間あるかな? 門の横に、清水さんの知り合いだという人が『話があるからこっちに呼んで』って頼んできたの。その、芹名くん? って方も一緒に来てって」

 ん!? 僕も!? 一体、どういう事なのだろう? アゲハがその言葉に眉をしかめ、こう質問を返した。

「その人、どんな人? 服装は??」

「えーと、名前は聞いてないんだけど、青と緑の羽織を着ていて、赤毛の髪の人。かなりスラッとしてる男性の方なんだけど…」

「あーキャミか。事情は分かった、ありがとう。アキラ、ヒナ。一緒にいこう」

 そういうとアゲハ、意外とすんなり聞き入れたのか席を立ち、僕を鼻で指示するように招いた。僕もここはヒナと同タイミングで立ち上がり、女子に一礼してから校舎を一旦出た。


「式が終わって早々、学校を抜け出すヤツがいるか! かえってクラスの心象を悪くするぞ」

 なんてアゲハが説教交じりに腕を組み、ヒナも「うんうん」と困った顔で頷くその視線の先には、先ほど女子生徒が教えてくれた通りの赤毛男が1人。キャミと名乗るその男は、高身長の痩せ型で、おまけにかなりのイケメンだ。要するに彼も招待客の1人であり、他校へ通う事になったのだが、早速授業をサボってここへ立ち寄ってきたというわけ。

「出席率を下げ過ぎず、必須単位に間に合えば、あとは何とでもなる。極端なことをいえば、学校に行かなくたって勉強は出来るんだ。人間関係も間に合っているさ」

「まったく、あんたは去年とやる事が全然変わってないなぁ。ところで、話ってなに?」

「そこにいる、新しい招待客の件だ。芹名アキラ、という名前だったか」

「はい。はじめまして」

 僕は、キャミに振り向かれたので咄嗟にそう挨拶を交わした。キャミも、人付き合いが乏しく見える第一印象とは裏腹に、意外と穏やかな目で頷いてくれた。

「キャミ。キャメロン・ミルストーンズ。いきなりこんな事を訊くのも何だが、このプライムへの招待状って、いま手元にあるか?」

「え? あ、はい! 持ってます」

 そういえば以前、この長岡新興分校に通う前にアゲハからアドバイスされていたんだった。この僕、芹名アキラがプライムの招待客であるその身分証明として、招待状はここ1ヶ月の間、できるだけ持ち歩いていた方が良いと言われていたのだ。それを心掛けていたから、僕はこうしてすぐに懐から招待状を取り出し、それをキャミに見せる事ができたのだった。

「…」

 僕から手渡された招待状を黙読し、暫く顎をしゃくるキャミ。一体、彼はそこから何を読み取っているのだろう? という疑問は、僕のみならずアゲハもヒナも抱いている様子であった。すると、キャミが僕へと招待状を返してこういう。

「ありがとう。どうだ? このプライムに住み始めてみての感想は?」

「え? はい。思ったより現実世界とほとんど同じで、住みやすい所だなと思いました」

 なんて僕はニコッと答えているが、内心はなんで招待状の中身だけ見て、内容についてはノーコメントで僕に紙を返したのかと不思議でならなかった。アゲハが首をかしげた。

「招待状を読んで、何か分かった?」

「わからない。『ファースト』という身分もそうだが、『ノーマル次元』なんて所は、俺が何千個と次元を見てきた中で初めて見る世界だ。去年まで、そんな世界はなかった… すれ違いか、どこかの派生かな?」

 え、そうなの!? 僕は、にわかに信じられないとばかり目を見開いた。また少し難しい内容の話が出てきているけど、キャミがいう「去年まで存在していなかった」という言葉には、さすがの僕でも矛盾しているなと気づいたのだ。なにせこっちが知る限り、お爺ちゃんが生まれる前から存在している世界である。これが「100年前まで存在していなかった」とかならまだ理解できなくも… いや、やっぱり理解できないや。おかしいおかしい。

「そんな何千もあるたくさんの世界、よく記憶しているね」

 と、ヒナからは冷や汗気味のツッコミ。確かに、そこは僕も気になっていたけど、さっきの「存在しない」みたいな話の方がインパクトが強すぎて、そっちに全部持っていかれてた。

「アゲハは、何か心当たりはないか? ノーマル次元について」

「あんたが知らないのに、私が知っているわけがないじゃないか。知ってたら、今ごろ招待客全員に情報共有しているよ。というか、この前の若葉もそうだけど、そんなに気になるならベックスとフウラに直接聞いた方が早くないか?」

 ………。

「去年の事もあるんだ。あいつらが、すぐに真実を語ってくれるとは思えない。仮にそうでなくとも、あの2人への接触は難しい。普段からご両親とやらのガードが堅くて、何か大きな行事に出るといった正当な理由がなきゃ、簡単に顔を合わせてもらえないんだ」

 へぇ、ベックスとフウラね。第1話のときにも名前が上がった神様たちだっけ? その人たちにも、普通に家族がいるのか。天の上の存在とかじゃなくて。よく分からないけど。

 と、ここで校内のチャイムが鳴った。予鈴を告げる鐘だ。キャミが踵を返してこういう。

「また何か分かったら、連絡する」

 そういって、この場を去っていった。このあと、彼は何処へ行くのだろう? このまま在籍校へ戻ればいいんだろうけど、あの感じだと戻りそうにない。初日だし、今更戻ったってほぼ半ドンだろうしね。ヒナも終始苦笑いするように、なんとも不思議な出会いであった。

「あはは。あの感じだと、今年もたくさんサボりそうだね。そんなにハーバーリンネの女社会って陰湿なのかなぁ?」

「女社会?」

「彼の在籍校は元・女子校なんだ。おまけに所属しているクラスの男子はキャミ1人だけ」

「あっ… そういうこと」

 アゲハから説明を聞き、僕がそう納得しながらともに教室へ戻っていった。まだまだサーガライフに関する謎は多いけど、ここは慌てずゆっくり吟味していった方がいいかな。


 ………。


 プライムでは摩訶不思議な学生時代を送る事になった一方、元いる世界ではどうなのか。

 お爺ちゃんの葬儀が終わり、届け出も済んだとはいえ、今度は49日法要までに済ませなくてはならない事が幾つかある。その中でも特に重要なのが、香典返しと税務署への確定申告、そして遺産相続手続だ。下の兄弟達が復学したので、ここからは僕1人の作業であった。

 トントン

「お邪魔します。アキラ、大丈夫?」

 僕がこれから出かける時間に合わせ、親友のセイルがうちに来てくれた。まだあれから日が浅いというのもあり、1人では心許ないので、信頼できる長年の友達と一緒に行きたかった。なにより、こうして共に外へ出たあとも、

「少し、周りの目が気になってさ。なんでだろう? 何も悪い事はしてないのに、誰かに狙われているんじゃないかって不安が、どうしても払拭できなくて」

「あー、もしかして例の叔父さんの件か。あれはアキラたちにとっても災難だったな。僕も、あの人たちと最後に会ったのはいつだっけ? もう殆ど覚えてないや」

 そういって、空を見上げるように話すセイル。彼は、殆どの人が就職し、平日昼間の時間が取れない同い年と比べ、在宅ワーカーだからこうして一緒にいられるのだ。まだ彼にも兄弟達にも、遺産の事は話していないけど、もう少ししたら話した方がいいかな? 1人でこの問題を抱えるのは、やっぱり辛いものがある。なんか、申し訳ない気持ちになるんだ。

 そんな僕とともにいてくれるセイル付き添いのもと、ともに百貨店へ立ち寄り、人数分の配送手続きを済ませたら、次は税務署への申告だった。流石に担当窓口に他人を同席するのは難しいので、セイルは僕が戻ってくるまでの間に待合室で座って待ってくれた。

 それにしても、平日にしては人が多いなと思った。手続き処理も少し時間がかかっている気がする。きっとこの時期は自動車税などの関係で混み合い、業務が逼迫しているのだろう。それでもセイルは気長に待ってくれた。僕も、ここは受理されるのを待ち続けた。

「大変お待たせいたしました。これにて手続きは以上となります。お疲れ様でした」

 税務署へ立ち寄ってから、実に1時間半だろうか。先の百貨店の件で少し疲れが出ているなか、漸く事が済んだのだ。僕はセイルに頭を下げ、次に家庭裁判所へ行くために経路を2人して歩いていく。遺言書は… よし。ちゃんと持ってきているな。

「合同庁舎の通りだから、家裁までの距離が近いのは良いよな。アキラ、ここでの作業が終わった後はどうする? このまま帰ってゆっくりするか?」

「軽く、カフェで飲み物を頼んでから帰ろうかな。駅が近いし、ついでに久々に寄るよ」

「そうか」

 Ppp~♪

 家裁までの坂を下りている途中、僕のスマートフォンから直通電話が鳴った。僕は一旦立ち止まり、着信相手を画面で確認する。名前の載っていない、新しい番号だ。

「ん? 誰だろうこの番号? セイルちょっと悪い、もしかしたら葬儀社の担当かもだから電話に出るわ」

 僕はそう断りを入れて、同じく横で立ってくれているセイルに笑顔で頷いてくれた拍子で、その電話に出た。本当は知らない番号なんて出たくないけど、先日の件があるから致し方ない。もしかしたら、お爺ちゃんのお得意先かもしれないし、迷惑はかけられないのだ。

「もしもし?」

『おーアキラ、俺だ。叔父の璃人だが』

 その人は、まさかの叔父さんだった。僕はゾクッとした。初めて見る番号に、お爺ちゃんに追い出されて以来全く連絡先も知らなかった相手から、電話が入ってきたのである。

「…どこで、この番号を?」

 僕は途端に緊張した面持ちで、電話の向こうの叔父さんにそう訊いた。

『さっき、そっちの町の税務署に立ち寄っていた俺の知り合いから聞いたんだよ。で、そいつの娘さんがお前と大学の同期だってんで、その子から教えてもらったのさ』

 なんて叔父さんは嬉しそうに説明しているが、僕にとっては背筋が凍る以外の何物でもなかった。これには流石にセイルも異変を察知したのか、心配そうに僕の横顔を見つめる。

「俺に、何の用があって電話したんですか? おじさん」

 僕が睨んだ目でそういうと、セイルが絶句の表情を露わにした。そして数秒程して、彼はおもむろに辺りをゆっくり見渡す仕草に入る。

『なぁアキラ。お前、嘘はよくねぇぜ? この前も言っただろ、親父が生前残しているものがあったら、それを同じ芹名家の人間相手に隠すのは、下手すりゃ捕まるぞって』

「だから、その『隠したら捕まるぞ』というのは何を根拠に言ってるんですか? 叔父さんのいっている事が仮に本当だとすれば、今ごろ、同じ芹名の姓を持ったお爺ちゃん自身がとっくに捕まっていますよね? 死人に口なし理論で勝手な事をいうのはやめて下さい」

『チッ、分かんねぇヤツだなぁ! 親父が捕まらなくとも、遺族であるお前が捕まるって言ってんだよ。お前を見かけたという、その知り合いから聞いたぞ。親父の確定申告で税務署に寄ったんだってな。つまり、それだけの財産があるって事なんじゃないか。しかも税務署を出た後は、そのまま合同庁舎の通りへ向かっているそうだが。違うか? ん?』

 胸糞が悪くなった。これは完全にストーカーだ。僕は、その遠回しに「親父の持っている金を寄こせ」とせがんできている叔父さんの存在が、一気に怖くなった。僕の全身から、鳥肌が立つのが感じられる。と、ここでセイルが僕の片手を取って笑顔でこう言ってきた。

「そうだアキラ。この近くに、友達が最近オープンさせた店があるんだよ。だから来て」

 なんて、突然の展開だ。さっきまでそんな話も脈略も一切なかったのに、急にどうしたのだろう? そんな事より、今は叔父さんと電話中だ。僕はもうそのダミ声を聞きたくないとばかり、友達に手を引かれている状態なのをチャンスと捉えこう締めくくった。

「俺、いま友達と一緒なので。以降、確かな情報元を添付できる用件のみNINEで受け付けますね。それ以外は迷惑行為とみなします。では」

 プツン、とスマホの画面をタップして、通話を切った僕は、その後も近くの曲がり角を曲がり謎の住宅街へと入っていったセイルを疑問視した。僕はセイルに

「セイル!? どうしたんだよ急に!?」

 と声をかけるが、セイルはここで「シッ」と、空いている方の片手で僕の口を遮ったのだ。セイルの目は、また別の恐怖に帯びた目をしている。彼は更に入り組んだ住宅街の奥へ僕を引き連れながら、囁き声でこういった。

「僕たち、ずっと前から女の子2人に後をつけられてる…!」

「え…!?」

「自宅近くと、百貨店で見かけて、税務署の待合室でもまたまたその子たちを見かけた時までは『ただの偶然かな?』と思っていたけど、同じタイミングでこっちまで歩いてきている姿をみて流石におかしいと思ったんだ。今の電話、その叔父さんって人からだろ?」

「う、うん」

 僕は冷や汗をかいた。どうやらセイルはその僕たちを尾行しているという、怪しい女性2人組から逃げ切るために住宅街へ入り、巻いてくれているようだ。こうして、ある程度人けのない狭い路地へと入ったところで、セイルが周囲を警戒しながらこういう。

「…ここまで逃げ切れば、大丈夫かな。アキラ、だからさっきの店の話は嘘だ。ごめんな」

 そう凛々しい表情で謝るセイルを見て、僕は何て答えたら良いか分からなかった。僕が今の電話で、大変な状況に陥っている事を、この親友は察し、空気を読んで咄嗟に嘘を作ってくれたという事なのだろう。そんなこと、本当は友達にさせて良いものではないのに。

「こっちこそ、ごめん。なんか、余計な心配をかけさせちゃった」

「何いってんだよアキラ、だって本当の事だろう? さっきの電話、相手の声は聞こえなかったけど、何の話をしてきたのかは何となく分かるよ。よそん家の家族や親戚に、こんな事を言ったら失礼かもしれないけどさ… ちょっと、怖いよ。その叔父さん一家」

 そういって悲しい顔をするセイルに、僕は心が張り裂けそうになった。僕の親友が、ここまで気遣ってくれている姿を見て、僕の中で更に叔父さんに対する憎悪が湧きあがる。僕の親友にここまでの心配をかけさせておいて、同じ家族を名乗らないでほしいと思ったのだ。

「僕は、アキラが灯郎お爺ちゃんから、どれだけの遺産を相続する事になったのかは敢えて訊かない。これだけ親戚が金の匂いを嗅いで、動いているからするに、きっと相当な額なんだろうけど、それはアキラのものなんだからさ。確かに、相続権があるなんて凄く羨ましい事だけどさ? 施設育ちには関係のない事だから、なおさら。でもアキラには、4人の兄弟がいるんだ。その兄弟達の兄として、今後を任せられると灯郎お爺ちゃんに信頼されたから、相続権が与えられたんじゃないかと僕は思うんだよ。僕から見ても、アキラは凄く良い兄ちゃんだと思うし、芹名一家は見ていて凄く楽しいから。その幸せな家庭がいつまでも続くよう、僕は友達として見届けていきたいんだ。だから、あまり1人で気負いすぎないで。今後も困った事があれば、いつでも相談してほしい。出来る限り力にはなるから」

 セイルのそういう目が、幼い頃を共にしてきた親友としての「絆」を物語っている。僕はそれを見て、思わず泣きそうになった。確かに、僕1人で抱えてばかりで、だいぶストレスが溜まっているせいもあるのだろう。あぁ、お金持ちになるって良い事のはずなのに、どうしてこんなに苦しいのかな? そんな矛盾した世の中が、憎くて仕方がない。

 ただ、セイルがそういって信頼してくれるのなら、兄弟にも告げた方が良いのかな?

 でも、それをやって何処かに情報が漏れないかが心配だ。ヒカルやアカリは大丈夫でも、テルアキとライトの双子の友達に、ちょっと噂好きの子がいるからな… いや。今みたいにもうとっくの当に漏れている可能性は捨てきれないが、生憎こっちはまだ「受け取り前」の状態である。なら、今から「受け取った」事を隠し通して、あとは少しずつ兄弟達の生活が豊かになるよう恵んでやれば…

「しかし参ったな。ああやって誰かに後をつけられている様じゃ、このまま家裁に行くのは難しそうだぞ。今のタイミングで家裁へ行くという事は、確実に遺産相続の手続きの件だと相手にバレるし、早めに済ませないと後々問題になるしで… はて、どうしたものか」

 とセイルが顎をしゃくって呟いたところで、僕は目が覚めた。そうだ。今の状態で、先程の合同庁舎の通りへ戻るのは危険すぎる。まだ、その女子2人とやらがいるかもしれないのだ。僕は考えた。ここは一旦諦めて、また別の日に改めて家裁へ向かうべきか? と。

「アキラ、どうする? まだ時間はあるし、一旦引き返すか?」

 そういうセイルに、僕はしばらく考える時間を与えられた。確かに遺産相続は早めに話を付けた方がいいかも知れないが、額が額だけに、あまり周りが見えていない状態で焦ったら、確実に地獄を見る事だろう。僕は残された兄弟のために決心した。

 案の定、合同庁舎がある大通りにはセイルの予想通り、20代前半の女性2人が今もスマホをいじりながら家裁の方向をみて屯していたのは、いうまでもない。


 ………。


「――ラ? アキラ!? おーいアキラぁ!」

 僕の耳元に、名前を呼ぶアゲハの声が聞こえてきた。

 どうやら僕は、先日あったその「家裁に行けなかった件」で頭がいっぱいで、周りの声がよく聞こえていなかった様だ。僕はいま、長新の南校舎にある幼稚舎リトミックルームで、園児たちと身体を使った遊びを行っていた。ちなみに、舞台は変わってここはプライムだ。

 ダンスに近いのだが、大人の体幹を利用した運動が出来るとの事で、子供達のコミュニケーション能力の向上にも効果があるとされている。僕にとっても、またとない癒しの時間だ。そんな僕の元へ、アゲハがヒナを連れてこの部屋へとやってきたのであった。他の園児がアゲハ達を見て大喜びに駆け寄っていった中、2人は外へ指さしてこういう。

「行くぞ。これからウチら3人で校外授業へ」

「今回は他校へ見学に行くの。許可は貰っているから、そのまま行って大丈夫だって」

 そう話す招待客の女子2人に園児が詰め寄り、その子たちを笑顔でハグしたり、頭を撫でたりしている。人と会話をしながら同時進行で園児をあやしている様子からして、彼女達はこういうのに慣れているものと思われた。それはそうと、僕は我に返り立ち上がった。

「ごめんごめん。子供達と遊ぶことに夢中で」

「そうか。また、こっちに戻った後でも預かりセンターがあるから、帰りに寄ってみる?」

 と、アゲハがいう。この長岡新興分校は一応教育機関ではあるんだけど、幼稚舎と初等部の生徒がいる事から、中にはご家族が仕事等で不在により、下校できない子もいたりする。そういった子たちのために、キャンパスの隣に子ども預かりセンターという、一時的に預かってくれる施設があるのだ。長新に通う一部の高校生も、そこでバイトをしているらしい。


 アゲハ達に呼ばれ、僕は時間になったので長新のキャンパスを後にした。半日制なので午前の授業が終わり、午後は制服姿のまま屋外で授業に励む事になる。

 この回の最初の部分でも担任から説明があったと思うが、長岡新興分校の高等部は「屋外授業」といって、毎週月、水、金に午前・午後どちらか一方の時間を校外で過ごし、学習に励むという特殊なカリキュラムを設けている。その時は通常、1人の担当教員に対し6人までの生徒が同伴で授業に参加する事になるのだが、例外として、生徒会に所属する生徒がいる場合のみ、教員なしでその子1人につき2人まで同伴を付ける事が可能なのだ。

 アゲハは入学後の小テストや、適性診断等の合格ラインを無事突破したことで、生徒会に正式加入する事になった。よってその特権を活かし、僕たちはアゲハという強力なカードのもと、教員なしで3人屋外へ歩く事になったのである。正直、ちょっとバックレた気分だが。

「半日制の学校があるなんて、なんだか不思議な気分だな。なぁこれ、俺たちこの制服姿で真っ昼間から外を歩いていて、どこかから注意されたりしない?」

「なに。世の中には全日制の他に、定時制、通信制って色んな教育セクションがあるだろ? こんな事で一々目くじらを立てる人なんかいないから、大丈夫だよ」

 と、アゲハが肩をすくめながら僕達の前方を歩く。その間、ヒナは先程からずっとスマホで誰かとNINEをしている様だが… 僕たちは、やがて埼玉県内の大きな町へと突入した。

「これから向かう学校って?」

「CS学園。スポーツの強豪校だよ。全校生徒が千人超のマンモス校で、うちらと同じ招待客が5人そっちに在籍している。あんたが最初に出会ったマニーもそっちにいるんだ」

「千人!? って、すごい数だな」

 僕の母校である都内の高校でさえ、そこまでの人数はなかった。せいぜい600人とかそれくらいだったか。だけど、今から行くのはそれを遥かに超える巨大な教育機関である。言っちゃなんだけど、まさか東京より人口の少ない埼玉県に、そんな学校があったなんてね。なんて考えているうちに、それらしい学校の塀へと差し掛かった。

「ところでヒナ。さっきからスマホ弄ってるけど、その様子だと相手は礼治兄さん?」

「うん。今日から私達だけで屋外授業に行く事を知っててね。なんでも、離島に来る予定が決まり次第段取りをするから、アレルギー持ちの同伴者がいるか先に教えてくれだって」

「え? なんだそりゃ?? アレルギーって、もしかして犬アレルギーのことかな…?」

 と、アゲハが首を傾げながら塀の横を道なりに進むが、ごめんなさい今の僕にはまたも良く分からない会話が始まった模様で、ちょっと付いていけません(汗)。とりあえず、ヒナちゃんがNINEしている相手が礼治という人物ってだけは分かるのですが… 当のヒナ本人が画面を見ながら、頬を赤らめて嬉しそうにしている所からすると多分、彼氏かな?

「ふぅ、やっと門に辿り着いた。この学校、デカいから中に入るまでが大変なんだよ」

 そういって、アゲハが溜め息をついて辿り着いたそのCS学園キャンパスは、一見すると普通にどこにでもある豆腐建築と広大なグラウンドがある。だが良く見ると、校舎は全部で7つ、白い教室の棟が2列並んでいるのと、その中央に黒い校舎が1棟あるという、とんでもなく大規模な土地を有していた。まるで学校というより、都内の公共団地である。

 それはそうと、門の前に1人用心棒を持って立っている風紀委員の生徒に、アゲハが入校許可証のカードを見せて校内へとお邪魔した。今の僕たちが着用している、黄土色のブレザーとは対照的な、CS学園の生徒は上半身が紺色の学ランとセーラー、そして濃灰色のスラックスと膝丈スカート姿であった。1、2世代前の中高でメインだった風の、伝統的な学生服って感じの身なりだ。そんな硬派な雰囲気のある一校舎へ、僕たちは入っていった。

「よう赤いの! 半年ぶりだなぁ、お前がこの学校に足を運んだの」

「やっほー♪ ヒナちゃんも久しぶりー♪」

「あ、今日はアキラも来ているのか。人が多くてちょっと煩いかもしれないけど、まぁ適当に見ていってくれ。普通の学校とあんま変わらないけどね」

 僕たちが入っていった校舎は、各部屋のドア横につり下げられている部屋名からして3学年の校舎かな? というのは何となく分かったとして、そこへアゲハ達の来校をきき、駆けつけてきた男女3人が挨拶をしてきた。そのうち1人は、僕が最初に出会ったマニーだ。

「長岡新興分校から来た生徒達だね? はじめまして。今年度よりCS学園3年B組の担任をする事になった小林です。この学校自体は初めてで、まだ生徒達と出会って間もないけど、よろしく。ここの桜吹雪君たちと知り合いなんだってね?」

「はい。私達3人で、2時限ほどの見学となりますが、よろしくお願いします」

 そういって、アゲハが小林と名乗る若い男性教師に礼儀正しく頭を下げた。この1シーンだけ見ると、まるで中学生が、志望校のオープンキャンパスで入ってきたかのよう。アゲハ自身、背が小さいから余計そう見えてしまうのだ。なんて失礼な事は流石に口に出さないとして、ここは僕もヒナも続けて一礼した。小林教員は優しい笑顔を見せるばかり。

「桜吹雪くんって?」

 僕は教員が校舎を去り、次の授業までの準備をしている間、今回の見学先となる3年B組の生徒についてアゲハに訊いた。上級生の事を指しているだろうから、本当はあまり良くない質問なのかもしれないが、だからこそアゲハに訊いてしまった感が否めない。

「マニーのこと。さっき、彼の学ランの胸ポケットに名札が付いているのを見なかった?」

「え、名札なんてつけてるの!? 高校で!?」

「おうよ。なんたって、ここは校長でさえ全校生徒覚えきれない位のマンモスだからな」

 と、僕の後ろから先程の男女3人組が歩いてきた。今は休み時間なので、彼ら以外にも何グループかのCS生たちが、僕たちの事を見てキャッキャはしゃいでいるが。まぁ、1000人も生徒が在籍しているとなりゃ、そりゃ簡単には覚えきれないわな。

 ところで、僕たちに話しかけてきたその3人組は、失礼な話ちょっぴりヤンキー臭のあるメンバーだ。マニーはまだ大人しそうに見えるから良いとして、あとの二人が明るい頭髪にメイクやピアスという、怒らせたら怖い先輩感がある。僕はかなり緊張した。

「名札をつけるといったって、学校の中だけよ。さすがに放課後や外出時は外すわ」

「名札専用の小さなロッカーがあってな。普段は、そこに全員分のが保管されているんだ」

 そう話すマニー以外のメンバー2人の胸元を見ると、確かに名札が付けられている。名札というよりかは、その制服に最初からついているポケットのフチに細長いプラ版を差し込む枠があって、そこに名前の書かれたプラ版を入れてボタンで留めている形式だ。さすがに、3年間着用する高価な制服に、毎日安全ピンを刺していくような事ではなかったか。私服で登校する小学校じゃあるまいし。

 なお彼らの名札にはそれぞれ、桜吹雪――これはさっきアゲハが言ったマニーのこと――、カリーファ、峯子と明記がされていた。苗字にしては、3人とも変わり種だ。

「ところで、君が例の新しい招待客セリナか。噂できいたぜ? 俺はヤス、よろしくな」

「私はティファニー。同じ招待客同士、ティファって呼び捨てちゃっていいからね」

「あ、はい。宜しくお願いします」

 そういって笑顔で握手を交わすヤスと、ティファニーの2人。なんだ、話してみると案外人当たりの良い方たちではないか。僕はホッと胸をなで下ろし、彼らの手を握った。

 キーンコーンカーンコーン♪

「あ、授業が始まる時間だ。たしか、次は外国語だっけ?」

 と、マニーが廊下の壁時計を見てヤス達にそうきいた。ながら、僕達もここは見学のために3-Bの教室へと入る。教員がくるまでの間、CS生たちの視線は僕達で釘づけだった。


 そんなこんなで、僕たちもここは教室内の後ろで立って、普段の授業の様子をみる事になった。まるで3人きりで授業参観にきたかのよう。その間、アゲハはバインダーを、ヒナは資料用のノートを取り出し、真剣なまなざしで教室の様子をスラスラと書き連ねていた。僕も学校から手渡された冊子を手に取り、静かにペンを走らせる。

 見学の授業は2時限あって、最初は外国語。アメリカ英語とイギリス英語の違いについて学んだ。その次は体育で、グラウンドでの見学となったのだが、そこでCS学園ならではの特徴が現れる。最初の外国語では、一部の生徒が少し乱れた着席をしたり、眠たそうにしている姿が目立っていたが…

「整列!」

「「「はい!!!」」」

 体育の時は、まるで人が変わったように生徒全員の返事が大きく揃った。列の乱れも殆どなく、みんなが真剣に担当教員やコーチの話を聞いている。指示された通りに運動に励む様子も、一部の運動部に入っているらしい坊主頭の生徒は、やたらとベンチを気にしていた。

「強豪校あるあるだね。教員は一新されても、スポーツに対する理念は変わらない様だ」

「そりゃあね。創立130周年を超える名門校だっていうもの。昨年度の不祥事があれば尚更、この学校の威厳を守りたいというプライドがあるでしょうから」

「昨年度の不祥事…?」

「一部のCS教員による汚職と、それによって怪我を負わされた他校の生徒のあいだで、裁判に発展した事件だよ。まぁあれは歯向かう相手を間違えた、自業自得の騒動って所だね」

 他校の生徒が怪我を負わされた? なにそれ、現実世界でいうあの大学のタックル暴行事件みたいなヤツ? そんな事がこのCS学園にあったのか。ちょっと想像し難いというというか、正直知りたくなかった情報であった。アゲハとヒナの表情をみても、少し陰りがある。余程大きな事件だったのだろう。あ、だからここの先生は一新されたって話なのかな。

 それはそうと、当時の事を知らない僕からすれば、今だいじなのはこの学園が客観的にみて、どういった利点や欠点があるのかを詳細に書き記す事であった。長新が屋外授業を実施する理由は、生徒が多くの分野を見て回り、気づいた事をどんどん発見しそれを書いて学習する事で、視野の広い考えを養う事を目的としているからなのだそうだ。まぁ多分、予算の関係上あまり教員を酷使できないのが本音だろうね。人の少ない地域だし、分校だし。

「長新のメンバーおつかれ~。どうだったよ? 体育なんか特に迫力があっただろ?」

「はい。みんな、凄くハキハキしていました」

 授業が終わり、こちらへ歩いてきたヤスから聞かれた質問に、僕は頷いた。続いてティファ、マニーが僕たちの所へ来て、身体を動かした汗を拭いながらこう続ける。

「今年は教師もコーチも一新したけど、配属になったコーチの中には優勝校から来ている人も何人かいて、部活と被って見られているぶん体育はみんな真剣なの。たとえコーチが不在でも、強豪の部活に入っている生徒が代わりに厳しかったりするのよ? 何かあった時は、連帯責任だと見なされるから」

「ふぇ~、けっこう厳しいんですねここ」

「まぁ激しい運動をする分、ケガをする可能性も高くなるから、少し乱れただけで叱責されるのは致し方ない部分があるよ。プロを目指す位だもん、下手すりゃ命に関わるわけだし」

「おーい桜ー。部員から話があるそうだぞー」

「はい!」

 と、ここでマニーがコーチに遠くから声をかけられ、急いでその場から走り去った。その切り替えの早さを眺めたあと、ヤスが肩をすくめてこういう。

「あの様子だと、また運動部からのスカウトっぽいな。まぁ、どうせ断るんだろうけど」

「スカウト?」

「彼ね、この学園でも類を見ないほどスポーツが万能だから、色んな部活から『ぜひ来てほしい!』って声をかけられるのよ。先週もあったわね、陸上部からのスカウトが」

「へぇ」

「だけど、あいつは軽音楽部に入ってる。ロックバンドのヴォーカル兼ギターで、この学校に代々伝わるユニットを受け継ぎ、活動する事になったのだが、部員とコーチ共は皆『あんな逸材を文化部に置くなんて勿体ない!』なんて嘆いてくるばかりだ」

「あーHiding(ハイディング) Heroes(ヒーローズ)のことだね。しかし、その文脈からして、どうもここの人間は文化部を下に見ている傾向があるな。音楽だって、運動部にとっては必要不可欠な『応援』の要素を秘めた、大事なものだというのに」

 そういって、不貞腐れたような表情で腕を組むアゲハ。どうやら彼女は音楽に対し、何かそれなりのプライドを持っている様子である。ヒナも、ここは呆れた苦笑で溜め息をついた。


 ………。


 ――スポーツ万能、か。あの世界の招待客たち、ただ魔法や特殊能力を使うだけじゃなくて、しっかり充実した学校生活を送っているみたいだ。あ、そういえば魔法使ってないな。

 僕はその事を思い出しながら、現実世界で目覚めた後は再び合同庁舎に向かい、外出していた。プライム次元では問題なく出せた、あの虹色蝶の奇跡。だけど…

 フッ

 ――ダメだ、出ないや。向こうで使えるからって、こっちにも反映されるわけがないか。

 枕元転送はできるのに、魔法や奇跡は使えない。それが、夢と現実の違いというのを思い知らせていた。思えば枕元転送だって、無機物なら寝る時に枕元に置く事で、もう1つの世界に運ぶことは可能だけど、生き物は転送できないんだ。て、そりゃそうか。そんな事まで出来たら、あの葬儀の夜一緒に寝てたヒカルたちは今頃、プライムへ遊びに行っているさ。

 そんな事より、今は元いる世界に戻っている間にすべきことがある。前回、叔父さんが送り出したであろうストーカー達に後を付けられていたせいで失敗に終わった、あの遺産相続の手続きを今回こそ成功させるために、僕はこの道を歩いてきたのだ。

 ――セイルは今日ウェブ会議があると言って忙しいし、これ以上僕の問題で迷惑をかけたくないから、今日は1人で来たけど… 指定の金融機関登録や名義変更、その他諸々、手続きを済ませないとトラブルになってしまう。でも、10憶円だからなぁ。1憶は前金で即時受け取れるとしても、それだって相当な額だ。叔父さんの追っ手に特定されたら怖いよ。

 僕はそう期待と不安を抱えながら、裁判所の近くまで歩いてきた。だけど、誰かが見ているかもしれない。セイルが言っていたように、常に自分の周りは警戒しておくべきだ。僕はとっさに、後ろへと振り向いた。まさか、ここへ来て分かり易い尾行をしている人間は、

「!!―― ふぅ」

 ポチポチ、ポチ。

 僕の後ろ数m先に、帽子を深く被っている1人の中年女性がいた。その人は、スマートフォンを胸元に近い位置に下げて持っていたが、レンズが僕の方を向いていたのだ。だけど、僕が振り向いた途端、その人は急に何かを思い出す振りをして溜め息をつき、スマートフォンをおもむろにタッチし始める。その人は、同時に横にある横断歩道へと振り向いた。

「………」

 僕は酷く寒気がした。今のは間違いない、僕の後を追っていたのを気づかれないよう、咄嗟に誤魔化した動きだ。その後、女性は信号が青になったところを渡り、何事もなかったかのように家裁の方向へと歩いていくが… 僕は、家裁を通り過ぎるフリでここを離れた。

 ――チラ。

 こうしてある程度、家裁が見える位置まで離れたところで、僕は再度木陰から覗く様に家裁の入口を見る。その光景に、僕の背筋が凍った。先程の女性が、ずっとその入口横に立ち止まったまま、スマートフォンを弄り続けていたのだ。暫く様子を見ても、全くそこから移動する気配がない。僕は吐き気がした。もうこれで確実に、自分が誰かから後をつけられている身だと思い知らされたのだ。これでは、家裁に入る事が出来ない。

 ――僕の、考え過ぎだろうか。

 ――いや。あの叔父さんが脅迫に近い内容で、あんな事を言ってきてから、まだ日は短いんだ。それでいて、この状況。叔父さんは、確実にお爺ちゃんが残した遺産が莫大だという事を察している。だから、その分の額が取れると見込んで、ああやって人を雇ってまで僕の後をつけているんだ! 雇っている、かはよく分からないけど。

 ――変装、した方が良いのかな? いや、そんな技術いまの僕にはないよ! だからって、他の誰かに委任状を持たせるのは額が額だけに悪用される可能性があるし、まず信頼できる法定代理人を雇う金なんて、今の僕にはないんだ。兄弟達の学費でカツカツだから… 前金を手に入れさえすれば、ある程度の余裕は生まれるけど、それまでのこのステップが!

 僕は、自分が想像以上に家裁へ行く根性がないことに悔しくなり、力なく樹木に上腕を当てて項垂れた。もういっそ、バレるのを覚悟でこのまま家裁に突撃して、前金1憶円をもって叔父さんたちと法廷で争うか? いや、それだって今の日本の法律では、そんな短時間で解決する問題じゃないだろう。裁判なんて平均3年は争い続けるのが相場だというし、調停でさえ最短で半年だ。その間に、僕の兄弟達にまで危害が及ぶ可能性はゼロじゃない。

 少し、作戦を立ててからまたこっちへ来るか。

 僕はそんな悔しい思いを抱いたまま、もう今回の家裁直行は諦めた。また後日、今度は確実に尾行されない方法で、改めて家裁へ向かいたい。僕は今にも泣きそうな目で、家裁が見えなくなる位置まで去っていったのだった。その間、女性は最後までその場に留まっていた。


 ………。


 昨夜、元いる世界では夜、寝る前に誰かが家の前でうろついていないか、不安になっていた。前回のセイルとの同行時といい、今回のソロといい、僕の後を毎回違う人間がついて来ていた。僕が行くであろう、目的地の営業時間には必ずといっていいほど、誰かが見張っている。尾行がそんなに上手くないから、恐らくあの人たちは探偵とかではなさそうだが、だからこそ怖いのだ。そんな人手と時間を、どうやって確保しているのか疑問でならない。

 ――警察に相談しても、相手が毎回不特定である以上、ただの君の被害妄想だの民事不介入だの言われて、何も進展がないんだ。今のこの状態では、圧倒的に僕が不利だ。

 一体、どうしたらいいんだろう? そんな不安がこのプライムで目覚めてもなお拭いきれない状態のまま、僕はこの日もアゲハたちとともに、今度は朝の屋外授業に参加していた。今回ヒナは美術部の活動で忙しいので、2組のヘルが同行している。

 ――ダメだ、いい加減嫌な事は忘れよう。ここはプライム、遺産絡みのない平和な世界…

「遺産よこせコラ!」

「ヒッ!!」

 男性の、野太い罵声が背後から響いてきた。僕は怖くなり、咄嗟に頭を下げた。

 バレた。叔父さんに10憶円の存在を知られて、金をせがまれたか。下手をすれば、遺言書の流れに沿って殺されるかもしれない! 葬式当日にあんな脅迫と、家裁への尾行を平気でやる金の亡者の考える事だ、お爺ちゃんが家から追い出すほどの危険人物に知られたら、僕たち一家はもう終わりだ!!

「…って、ついに暴言を吐いたらしいんだよ。僕のイトコに向かって、結婚を迫っていたその女がさ?」

「えーヤバ。だから早く結婚しようとしてたんだその人。入籍後の不動産相続は財産分与が発生するから?」

「そういうこと。実をいうとあの女、僕も前から怪しいと思っていたんだよね。まぁ、本性を見抜けて良かったってイトコは言ってたよ。もちろん、その後は別れたそうで」

「ですよねー。てゆうか、さっきの罵声デカくてビックリしたんだけど!」

 と、背後を見てみるとそこにいたのは1組の成人カップル。今回、僕たちが向かっている、また別の学校の門を前にした、ただの世間話であった。

 ビックリした。どうやらさっきの罵声は、僕にではなくて、そのカップルの男性側による別シーンの再現だったようだ。て、そりゃそうだよな。遺産相続の話なんて一切ないここプライムで、いきなり叔父さんに狙われる訳がないんだよな。

「セリナ? 大丈夫か?」

 前方を歩いていたヘルが、僕の異変に気づき立ち止まった。僕はハッと我に返り、再びその場から立ち上がる。苦笑いで、「だいじょうぶ」といって心配した2人に謝った。

「さっきの声、あまりにも迫力があって、つい心臓が飛び出るかと」

「そうか。もうすぐハーバーリンネだ、そこからはだいぶ静かになるぞ」

 ヘルがそういって、再びアゲハとともに歩き出す。僕はその時気づいていなかったが、今みたいに驚きざま頭を下げた時、その瞬間を見たアゲハは少し、悲しそうな目をしていた。彼女は恐らく唯一、僕に10憶円の遺産相続がある事を知っているから、何か察したのだろう。それはそうと、僕は気を取り直し、3人揃ってその校門へと入っていった。

「ホラぁ、近くにいた男子高校生までビックリさせちゃったじゃないの!」

「あはは。ごめんて」

 という先程のカップルの会話がされていたのは、いうまでもない。


 前回見学したCS学園は、ごく普通にある学校の建造物を更に大規模にしたような景観で、これぞ「ザ・マンモス校」というイメージだった。だが、今回の見学先は違う。

 聖ハーバーリンネ学苑。旧・聖ハーバーリンネ女学院。急こう配の屋根が特徴の西洋風建物と、門から続く石レンガの道と庭園、そして敷地内になる礼拝堂が目立つミッション系の教育機関だ。中に入ると、青と緑のロングコートを羽織った女子生徒が沢山歩いている。

「ここ、共学なんだよね? 一応」

「そうだよ。だけど元・女子高というイメージがどうしても拭いきれないからか、男子の入学希望者は少なかったときいてる。共学になったのも、つい最近だからね」

 と、アゲハが先頭で歩いていると、やがて僕たちはとある校舎の前へと差し掛かり、そこで1人静かに立っている女子生徒へと顔合わせをした。ここにいる生徒達の中では割と長身の、青髪ツインテールが印象的な眼鏡美女だ。ヘルが「よ」っとフランクに接している所から、どうやら僕たち3人の中ではヘルと仲良しの方らしい。

「紹介するよ。彼は新しく長新に入った招待客の芹名アキラ。で、彼女はこの学苑の生徒会に所属しているマイキさん。今回は、彼女のクラスを見学する事になってる」

「マイキだ。よろしく」

 と、マイキと名乗る眼鏡美女がクールな口調で僕に挨拶した。僕もここは「よろしくお願いします」と返し、以降はマイキが先頭で校舎内へと立ち入る事になった。

 校舎内は、これまた十字架や聖杯、ステンドグラスなど、キリスト教にまつわる派手な装飾が施されている。全体的に青と緑を基調としており、この学苑の生徒達が着用しているロングコートは、それに因んだカラーリングの制服だという事が分かった。制服にしては、かなり日本離れしたデザインというか。肌の露出がかなり少なめだから、なんとなくインドやパキスタンの学校制服をモチーフとしているのだろう。僕はアゲハに質問した。

「しかし、本当に男子の姿が見当たらない。もしかして、男子は別の校舎にいるとか?」

「マイキさん。彼に、この学校の特徴を教えてくれてもいいかな?」

 と、アゲハからまさかのバトンタッチだ。どうやら、今回は僕の質問の仕方が良くなかった様だ。普段、質問にはなんでも答えてくれるアゲハの事だから、ついそっちに頼ってばかりなのが浮き彫りになった瞬間であった。なんともお恥ずかしい展開だ。でも、確かにここは生徒会所属のマイキさんがいるのだから、そっちへ質問した方が早いという事か。

「この学校の男子は、全校生徒200人のうち、たったの13人。共学になった昨年度は3人、今年度は10人が入学している」

「え、たったそれだけ!?」

「長年、女子高だった教育機関を共学に切り替えるというのは、それだけのリスクが生じるという事だ。そして、男子が入ってくるという多様化に合わせ、全寮制も廃止された」

「へぇ」

 なんてマイキさんからの淡々とした説明を聞きながら、僕たちはやがて「2-Ⅳ」と記された部屋へ入った。天井にシャンデリアや、各宗教の銅像が置いてあったホールや廊下とは違い、こちらはスロープ式の教室。大学の講義などでよく見かける、教卓の奥にスクリーンがかかっている部屋だ。そこも今は休み時間でまばらとはいえ、案の定、女子しかいない。

「だが、思ったように男子の入学希望者数が伸びない状態が続いているのと、全寮制を廃止した事で退去者が続出し、寄宿舎の無駄な維持費などで費用が嵩んでいる事から、現在の制度は近く廃止になる可能性がある。今はまだ様子見らしいが、あの理事の怠けようじゃな」

「はぁ。大変なんですね」

 と僕が言えるのは、それくらいだ。だけど何て言うんだろう? こう、見学しにきた他校の生徒に対する説明にしては、少しネガティブな紹介になっている様な気が…

「ねぇマイキさん。この学校、もう少し明るい話ないの?」

 と、アゲハがここで切り込んできた。ナイスアゲハ、やっぱそうでないと屋外授業のレポート書きづらいんだよな。せっかくこうして見学に来ているんだし。

「明るい話、か。プログラミング研究会という部活動があるのだが、そこは明るいぞ」

「そうか? あそこ、俺、前に見たけど部屋けっこう暗かったぞ?」

 と、今度はヘルが怪訝な表情で突っ込んだ。マイキが、腕を組んでふんと鼻息を鳴らした。

「モニターが明るいんだ。他の照明は、PCにとって邪魔になるのだから仕方ないだろう」

 なんだそりゃ、そういう意味の「明るい」なの? 何か違うんだよな。僕たちが求めている「明るい」の基準とは少し感覚がズレているような。いきなり口ではハッキリ言えないけどこう、コレジャナイ感が凄いんだよ。もしかしたら、マイキさんはオタク気質なのかも。

 生徒会の人がこれって、大丈夫かこの学校? と、僕は内心不安になった。でもまぁ、ミッション系というからには、ここは神に祈りますか。授業中は流石に明るいだろう! と。


「ガラスの起源は、紀元前のメソポタミア文明開化前に生まれたと言われている。人類が火を使い、文明を発展させる過程で、偶然火の近くにあった砂と岩塩が溶けて透明な鉱物ができたという記述が残っており、それがガラスのはじまりとされている。ガラスは知っている人も多いと思うが、ケイ素を多く含む海岸の砂を主な原料としており…」

 なんて、小さな帽子を被った男性教員がモニターを使って教えている前方、教室内はとても静かであった。授業中は私語厳禁、常に静かにすること。これはどこも常識だ。

 そしてもう1つ分かった事は、この学校の生徒は入信制というシステム上、外国籍の子が多く、宗派によってクラスが分けられ、1クラス12,3の少人数授業を実施している事だ。先程、休み時間にいた子がチャイムと同時に離れると、教室に残った生徒はみな付属のベールを肩にかけていない子だけになった。どうやら、制服を誰がどう着こなしているかによって、その子の入っている宗派が分かる仕組みらしい。正教会とかプロテスタントとかね。

「では少し難しいが、この問題をキャミ、キャメロン・ミルストーンズくんに… って、彼また今日も途中で抜けたのか。まったく、どこで何をしているんだアイツは。仕方がない、ミカエル。君が代わりに、この問題を解いてみてくれ」

「はい」

 と、ここでマイキが教員に指示され席を立ちあがった。て、マイキさんの本名「ミカエル」っていうんだ? 名前もそうだけど、この人かなりの美人なのにも関わらず、性格や口調が少し男っぽい気がするんだよな。もしかして、息子を望んでいる家庭で生まれ育ったとか? てゆうか、あのキャミっていうイケメンくん、クラスここだったのね。

 というのは置いておいて、授業全体の様子としては前回少し乱れがあったCS学園とは違い、終始静かで落ち着いているため、僕たちも集中して見学に励む事が出来た。教員の声も良く通るし、この調子ならレポート作成も楽に進められそうだ。それはそうと、今日の見学は1限で終了である。次の休み時間、僕たちは一同に礼をし、校舎を去って外へ出た。

「私達のクラスは一般的なカトリック教系だ。あとは異宗派だと正教会、エホバ、モルモンなどがある。それらに準拠した礼拝場も、キャンパス内に全て設置されているんだ」

「へぇ。あれも、もしかしてその一軒なのですか?」

「そうだ。あそこはカトリックの教会。毎週日曜日には、私のクラスの生徒たちで礼拝が行われる。他にも裏通りに安息所や祭壇、地下聖堂なんかがあるぞ」

「いろんな宗派に入っている人が、同じ学校にいるんですね。それでも生徒みんながこうして一緒に学校へ通えるって、すごく良い事だと思います」

 僕が笑顔でそういうと、マイキの歩いている足が急に止まった。その背姿に、僕はドキッとした。あれ? もしかして僕、何かマズいこと言っちゃった? 地雷を踏んだ、というか。

『むぃ~』

 と、その時、更に前方から猫の鳴き声が聞こえてきた。マイキが、ゆっくりしゃがんでその歩いてきた茶トラ猫の顎を撫でてみせる。どうやら彼女が突然足を止めたのは、その猫が来たからのようだ。僕は内心ホッとしたが… って、その猫よく見たら透けてない!?

「セリナといったか。あんた、招待客だからこの猫の姿が見えるようだな?」

「へ!? は、はい! だ、大丈夫なんですよね? その子」

「大丈夫だ、一切害はない。この子の名はミトラ。私の姉がノロケている男の飼い猫だよ」

「誰が『ノロケている』ですって?」

 と、今度は別の女性の声が横から響いてきた。僕がそちらへ振り向くと、そこにはまたもマイキさんに顔が良く似た美女が、腰に手を当て細い目を向けている。身長180cmくらいはあるだろうか、スーパーモデル級のお姉さんであった。アゲハ達が快く手を振った。

「はじめまして。あなたが新しく招待されたセリナくんかしら?」

 と、女性が笑顔になって僕に声をかけた。僕は礼儀に則って挨拶をした。

「はい。はじめまして」

「この学苑の生徒会長をしているサンドラです、よろしくね。今日は妹のクラスへ見学しに来てくれて、どうもありがとう。アゲハもヘルも屋外授業、お疲れさま」

「そちらこそ」

「ところで、ここにミトラがいるって事は、クリスが近くにいるのか?」

「近くというか、聖堂にね。マゼンタが今日もまた寝坊したから、その分の遅れを取り戻すために作業をしていたの。でも私1人じゃ処理しきれなくて、彼にヘルプを頼んだのよ」

 と、サンドラがヘルの質問に対し困った顔でそう答えるが、ごめんなさい。またも今の僕には良く分からない領域の話が出てきたので、ここは軽く聞き流しておきますね。

「それじゃ! 本当はマゼンタたちとも顔合わせしたいし、もう少し話がしたいけど、あいにく午前の屋外授業は終わるのが早いから。また今月末にでも会おう、2人とも!」

「えぇ。気を付けて帰っていってね」

「またな」

 と、ここでアゲハが機転を利かせ、笑顔で手を振るマイキとサンドラ姉妹に踵を返した。僕もヘルも会釈し、今度こそこのキャンパスを去る。こうして僕たちの姿がみえなくなるまで、その2人はずっと僕たちの帰りを見送ってくれたのだった。

 なんだ。しばらく暗い情報ばかりで、正直この学苑については少し心配な所があったけど、こうして生徒会長らが他校の生徒を快く見届けてくれる優しさがあるじゃないか。こういう、明るい一面を知りたかったんだよ。なんて上から目線で言うのも何だけど、僕はホッとしたのであった。さて、帰ったらレポートの作成と、また来る現実への切符を嫌でも持つか。


 そしてその間、姉妹は僕たちの姿を遠く見届けながら、実はこんな会話をしていたのだった。もちろん、この時のぼくはまだ知らないが。

「ねぇマイキ」

「ん?」

「あのセリナくんって子、いきなりこういうのも何だけど… 何か、思い悩んでいるような節を感じられない?」

「え? さぁ。私は今日、初めて会ったばかりだしな。でも、どうして?」

「なんていうかこう、1人で重い問題を抱えているというか、誰にも悩みを言えずに我慢しているというか… 目が、そう語っているような気がしたのよ。私の気のせいかしら?」

「さぁ。新しくプライムに招待されたんだ、そりゃ彼にとって初めての事ばかりで、色々心配にはなるだろうさ。でもそこは、アゲハ達が上手いことサポートしてくれると思うぞ」

「そう… なら、いいんだけど」

『むぅ』


【第3話に続く】

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