奪還
だったら……このままでもいいのか? いや、このままではいけない。
イケメン聖王達は宮殿で一見豊かな生活をしているが、自ら食料を作る術を知らない。いずれ略奪する食料が底をつけば更なる争いをもたらし、いずれ滅びゆくのは目に見えている。
……目に見えていても、それが十年後や二十年後なら別にいいのか。いや、よくない。略奪される方はたまったものではない。
愚かな人間共には、ほんの目先のことすら見えていない――!
「魔王様、もう一度聖王の宮殿へ行きましょう。このままでは……」
「うむ。このままでは夜、イライラして寝つきが悪いと言いたいのであろう」
「さようでございます!」
頭に血が上り過ぎて、寝ようにも眠れません――! 目先の事しか考えていません――!
「さらにはサッキュバス以外の四天王など、考えられません」
メデューサとかクレージードラゴ―ンとか……考えていません。
「では、サッキュバスを奪還し、村人を開放しに行くぞよ! ソーサラモナーとサイクロプトロールを直ぐに呼んでくるのだ」
「はっ!」
「作戦名、奪われたら奪い返す!」
「そのまんまのネーミングでございます」
――瞬間移動!
――スタッ!
聖王の間に降り立った。聖王達は優雅に夕食のおにぎりを食べている最中であった。
「久しいな、聖王」
「性懲りもなくまたくるとは。さては暇人だな」
――図星!
「暇人に向かって暇人と言うではない!」
魔王様自分で言っちゃってるし……。
「さらわれたサッキュバスと村人を返してもらいにきたのだ」
「フッ。まだそれを言うか。皆の者、帰りたければ帰ればよい。我は無理強いはしない」
「「……」」
誰一人としてここから逃げ出したり立ち去ろうとしたりする者はいない。
「フフフ。ハハハ。ハーッハッハ! ハーハッハッハ! 何度来ても答えは同じだ。我の魅力にすべての人間は虜なのだ」
――くそう! なぜこんなチートイケメン野郎に屈辱を受けねばならぬのか――。
「果たして、それはどうかしら」
「なに?」
高そうなドレスを身にまとって奥から現れたのは……。
「「サッキュバス!」」
いつもの黒ベースの淫らな服装とは違い、白く明るい高そうなドレスをまとっている。胸元はやっぱり大きく開いていて目のやり場に困る。PV上がる。
「この裏切り者!」
サイクロプトロールがそう言って指を差すが、サッキュバスは眉一つ動かさない。むしろ眉は一つだけ動かす方が難しいといった表情を見せる。
「まあ酷い。せっかく村人達を村へ帰らせるように一人で頑張っていたのに」
「なに?」
聖王が眉間にシワを寄せ……眉を一つ動かした。
「……わたし……帰ろうかな」
「ああ、俺も」
宮殿で食事をしていた男と女が立ち上がったのだ。それを見た他の者も次々と立ち上がる。
「だんだん食べる物も粗末になってきたしな」
「ほんと。海苔無しのオニギリだけって……ありえないわ」
「梅干しも入っていないし」
「俺は塩こぶ派だけど、塩味もだんだん薄味になってきたからな」
ぞろぞろと宮殿の外へと向かって歩き出す。
「ぬか漬けの漬物が食べたいぞよ」
「タクアンも素敵でございます」
「――!」
宮殿の兵士たちも剣や盾を置いて出て行こうとする。
「なぜだ、正気か。もう二度と宮殿内で働かしてやらないぞ! それを覚悟しているのか――って、もう誰も聞いてない~!」
聖王の呼び止めに誰も足を止めず、次々に若者が宮殿を去っていく。
「どういうことだ」
略奪する食べ物が少なくなっていくことに気付いたのか。だがそれにしては極端過ぎる。聖王の側近が数人くらいは残ってもよさそうなものだ。
「簡単よ。わたしの妖惑の力でみんなを正気に戻しただけのこと」
白いドレスのままサッキュバスがそう説明をするのだが……。
「妖惑の力で正気に戻しただと」
――言ってることがチグハグだ。テレコだぞ――!
「この宮殿の奥には古の力を発する装置が置いてあったのよ。その装置を使って聖王は全ての若者を自分の虜にしていたってわけ。隙をついてそれを木っ端微塵に破壊したの」
「破壊しただと――!」
それって、妖惑の力ではなく物理的な力なのでは? 言わないけど。
「古の装置がなければ、この宮殿にはなんの魅力もないわ。イケメンの聖王にもね」
「なんだと貴様、裏切ったな! いや、裏切ったとみせかけておいて裏切ったのか! つまり、裏切ってなかったのか!」
サッキュバスに聖王が掴みかかろうとするが、白金の剣を咄嗟に抜いてそれを阻止した。
「一ミリたりとも動かぬ方がいいぞ」
「――!」
首筋数ミリのところで剣を止める。
「その気になれば貴様などチャーハンに入れる玉葱サイズにまで切り刻めるのだ――。フードチョッパーよりも早く切り刻める自信がある――」
さらには、顔がないから玉葱を切っても切っても切っても涙が出ないのだ。玉葱には無敵なのだ。
聖王は力なくしゃがみ込んだ。宮殿内にはもう誰一人残っていない。聖王に群がっていた若者達も……薄情なものだ。
「古の装置なんかに頼っていた酬いだな」
「チートだな」
「ズルだ」
もはやこやつには人を引き付ける魅力など……何も残っていない。イケメンなだけで人を引き付け続けることなどできないのだ。
「砂漠に立つこの大きな宮殿を……明日からは自分一人で掃除するがいい」
フッ。魔王城の掃除を一人でしている……私のように? ……冷や汗が出る。果たしてザマアと思って良いのだろうか……。
「古の装置に気付いたからあんな芝居をしたのかサッキュバスよ」
宮殿内の廊下をコツコツ木靴で歩く魔王様がサッキュバスに問い掛けた。独特の形に切り抜かれた窓からは赤い夕日が差し込んでいる。今日も長かった一日が終わりを告げようとしている。
「ええそうよ。わたしの芝居に咄嗟に気付いてくれて助かったわ。さすがはデュラハンね」
……フッ。礼を言われるような筋合いはない。
「下手な芝居がバレないかヒヤヒヤしたぞ。敵を欺くにはまず味方からと言うからな」
考えてもみれば、魔王様の能力強化魔法で「素早さ」が無量大数になっていたサッキュバスが、手加減たっぷりのビンタを避けられないはずがなかったのだ。
「騙すのはよくないぞよ! 敵であれ味方であれ!」
魔王様がご立腹なさる。そのお気持ちお察しいたします。たとえどんな理由があっても騙されれば腹が立つものだ。味方にならなおさらだ。
「申し訳ございません。二度とこのような真似はいたしません」
「なーんだ。すっかり騙されたのは……俺達だけだったのか」
「当たり前だろ。温厚紳士な私があんな些細な事で女性を叩くわけがなかろう」
最初はぜんぜん芝居だと気付かなかったのは……内緒だ。
「いや、マジでシリアスとか無理だぞ。PVガタ落ちするかと思ったぞ」
ソーサラモナーも心配していたみたいだな。だが安心しろ。PVはガタ落ちするほど上がったことがないから無用の心配だ――。油汗が出る。
「若者を虜にしてしまう古の装置……恐ろしいぞよ。いったいどんな装置だったのだ」
魔王様を脅かせる装置だ。魔王様の人気を凌ぐ未知なる古の装置――。
「あーあ。フリーWi-Fiのルーターよ」
ガクッとなる。聞いたことあるけど、聞いたことがないぞそんな装置――! 冷や汗が出るぞー!
「使いたい放題で超高速。重たい動画もサクサク見れるよ」
やめて。それ以上言わないで。世界観が滅茶苦茶になるよ。
「それは……若者たちが村に帰らないわけだな」
たしかに帰りたくなくなる。ずっと居たくなる。
「使い放題か……いいなあ」
「……魔王城にも欲しいぞよ」
「要りませぬ! そんなものがあっては魔王軍は堕落一途を辿ります」
訓練や仕事をサボってス魔ホで動画を見まくります――。
誰も魔王城から出て行かなくなりまする――。
「おまけ」
「……いやいや、サッキュバスよ自分で『おまけ』と言うでない」
冷や汗が出るぞ。後書きと勘違いしてしまうではないか。
「聖王っていうくらいだからさあ……わたし、モノ凄いのかと思って期待しちゃったんだけど、ぜんぜんなのよ。フニャフニャよ、フニャフニャ」
――最後の「おまけ」でなんてことを口走るのか――!
フニャフニャって――なにがだ! サッキュバスは聖王を「精王」かナニかと勘違いしていたのか――。冷や汗が滝のように流れるぞ。
「やだ、フニャフニャって筋肉の事よ。どこと勘違いしたの」
「……」
ホッとする……別の部位かと思った。上目遣いで見つめられ……思わず顔を逸らしたくなる。顔ないけど。
「フッ。筋肉か、それなら私はカッチカチだぞ。なにせ全身金属製だからな」
「金属製って……いやらしい~」
筋肉は……カッチカチでもいやらしくないぞ――。
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