魔王城へ戻ると
「あーあ。まさかサッキュバスに裏切られるとはな」
「女なんて所詮、そんなものさ」
魔王城に戻るとソーサラモナーとサイクロプトロールはそう吐き捨て、自分の部屋へと戻っていった。
レオタード姿のサイクロプトロールに、スライム達がオロオロしていた。目がハートになっているスライムはたぶんどこかが壊れている。どこかマヒしている。
「よろしかったのですか魔王様!」
言い合いをしながら魔王城の階段を上がった。玉座の間がある四階まで上がるのはしんどい。魔王様は階段を上がるのも遅い。
「あれでよいのだ。サッキュバスにはサッキュバスの人生が……いや、魔生があるのだ」
サッキュバスの考を尊重なさるのか。裏切りと……ベロチュウか。
「いや納得できませぬ。それに、イケメン聖王など、あの場で白金の剣で切り捨てればよかったのです」
そうすればサッキュバスも裏切ったりせず、村人たちも村へ帰ることができ過疎化が食い止められました。まさにハッピーエンドではありませんか。
「ひょっとして、デュラハンはサッキュバスの事を好いておったのか」
「……そうではありません。ありませんが、なんか……腹立つでしょ」
自分の事を好きだと思っていた異性が……急にジャ□ーズとか星野☆源とかに夢中になったりすると……。くやぴー!
「独占欲丸出しぞよ。それではイケメンの力を使いすべてを手中に収めようとする聖王と同じぞよ」
聖王と同じ――この私が――。
……顔ないのに?
「では、いったいどうすればよいのですか。村を過疎化から救う方法や、イケメン聖王からサッキュバスを取り戻す方法は!」
ジャ□ーズとか星野☆源、もしくはアイドルの追っかけを始めた者や都会に憧れる田舎の若者を取り戻すには、いったいどうすればいいんスか――!
「それを今から考えるのだ――このバカチンが!」
――! 魔王様は鼻水を垂らしていた。目も赤い。ひょっとして泣いていたのかもしれない。四天王に裏切られて……。
コツコツと広い廊下を歩き、大きな扉を開けて玉座の間に入ると……玉座が勇者に占拠されていた。
「「――!」」
魔王様の玉座に……勇者が座っているだと――! 予想だにしていなかった敵襲ではないか! まさに泣きっ面に蜂状態――!
他のモンスター達は俺達の留守中に何をやっていのか――!
「貴様! いったいどうやって来た!」
「こんにちは。待っていても遅いから帰ろうかと思っていたところなのよ」
まさかの女勇者が……自分の物と勘違いしているかのように玉座に座っているぞ――! 図が高い! お目が高いとはちょっと違う――!
しかも「女子用鎧胸小さめ」を装備せず、まったくの普段着。みすぼらしいほど首が伸びたTシャツと洗い過ぎて真っ白になってしまったダメージジーンズ姿……。剣も持っていないぞ。
「これはどういうことだデュラハンよ」
どういうことでしょうか魔王様。オウム返しのように聞き返したいくらいです。
「人間界と通じている虹色の井戸は封鎖したというのに、どうやってこの辺境の地にあるる魔王城へ辿り着けたのだ。丸腰で」
さらには魔王城四階の玉座の間までの階段には強いモンスターがうようよいるはずなのに――。レベル5のスライムとかレベル2のスライムとか……餌付けでもされたのだろうか。
「え? あー、一度ここには来たことがあるから『瞬間移動』できちゃった」
きちゃったって……。頭が痛いぞ。
人間の勇者が魔王様にとってどういう存在なのかを教えないと分からないのだろうか。
――まさに天敵なのだぞ! カエルにとっては蛇! 受験生にとってはインフルエンザ! サラリーマンにとっては年下の上司よりも年上の部下――!
「ちょっと意味分からないわ」
「分からなくてもよい。さっさと玉座を魔王様にお譲りしろ! 剣抜くぞ」
白金の剣を抜くふりをする。
「女勇者も魔法が使えるのか」
「ええ。これでも勇者だから簡単な魔法は使えるようになったのよ」
日々成長する女勇者……。なんか複雑な心境だ。
魔王様の玉座の間に瞬間移動してくる女勇者なんて……。
「ところで、いったい何の用なのだ」
こっちはそれどころではないのだ。
「用事が無いから暇つぶしに来たのよ。覚えたての『瞬間移動』使ってみたかったの」
「用事が無いのに魔王城の玉座の間なんかに来るではない!」
「最初はどこか違う所で試して!」
覚えたての魔法を使ってみたいって……新車や新しい自転車を買って嬉しくて無駄に乗り回す輩と同じだぞ――! ぶつけたり盗まれたりして泣くのがオチだぞ――!
「暇なら聞きたいことがあるぞよ」
――!
「え、魔王様、女勇者なんかに聞いちゃうのですか」
魔王軍にとってこんな重要なことを人間の女勇者なんぞに聞いてしまうのですか。
「なになに」
なになにって目をキラキラさせるでない。すっごくネガティブなネタだぞ。
「じつは、四天王のサッキュバスがイケメン聖王に寝返ってしまったのだ。なんでだろう」
「……」
屈辱だ……。顔があったら赤くなるかもしれない恥ずかしさだ。
「あ、じゃあわたしが四天王もやってあげようか?」
四天王もの「も」ってなんだ! 勇者と掛け持ちする気か。
「軽はずみに言うでない!」
そうなってもアリかと思われてしまうから――! 本当にサッキュバスが帰ってこなくなるかもしれないではないか!
「冗談よ。わたしは人間だもの。それに……」
チラチラ魔王様や私の方を向いて良からぬことを考える。
「魔王城って、住み心地よくなさそう」
「どの口が言う――!」
女勇者はお城から遠~く離れた荒地の小さな小屋に住んでいるくせに! 自給自足で下痢をするような酷い物ばかり食べているくせに――。リアル柿の種とか干した小魚の骨とか。
「チッチッチ」
そのチッチッチッて唇の前で指を横に振るのはやめて。今時、誰もやっていないから。
「住めば都っていうじゃない」
……。
「どんなに豪勢な食事ができても、近くにカラオケボックスやネットカフェがあっても、本当にそこに住み続けたいかどうかは別問題なのよ。わたしなら近くに田んぼと畑が欲しいなあ。食べ物が作れるから」
「予も欲しいぞよ。田んぼと畑こそ命の源ぞよ」
「私も必要と感じています」
だから魔王城周辺の田畑はいつまで経っても田畑のままです。公園やテーマパークなんかに改造してはいけないのです。
「きっとサッキュバスだって帰ってくるわよ。魔王城にはなくてはならない人なんでしょ」
「……人というより魔族だぞ」
魔王様にも俺達四天王にも――なくてはならない存在だ――。
「じゃあ、わたし帰るね」
「待つがよい」
ポケットから五十円玉を取り出した。
「これは僅かだが心ばかりのお礼だ。とっておきたまえ」
「……わたしはこれでも勇者なのよ。敵の施しなんて受けないわ」
そう言いながら五〇円玉を私の手の平からしっかり受け取るなと言いたい。が、言わない。女勇者にもプライドがあるのだ。
訳の分からないプライド……か。しかしそれは、この世に生きるすべての者が持っているもの。
そのプライドが……みんな違っているからこそいいのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます!