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裏切り者ども


 数分で勝敗は決した。イケメン聖王が降伏を申し出たのだ。

「ギブアップだ。犠牲者を出す前に降伏する」

 椅子に座ったまま小さな白旗を振って見せる。サッキュバスに付けられた口紅がケチャップのようで生々しい。こすっても簡単には落ちない。ぜんぜん落ちていない。

「賢明な選択だ」

 宮殿の兵士たちはぞろぞろと奥の部屋へと戻って行った。中には泣いている奴もいる。よほど悔しかったのだろう……ベロチュウされたのが。

 ファーストキスを見ず知らずの魔族に奪われたのなら……特に悔しいだろう。まるで、赤ちゃんのファーストキスを祖父母に奪われた母親のように……。


「命だけは助けてやろう。連れ去った村人達を今すぐ開放せよ」

 今日は何もしていないので、あえて偉そうに聖王に命令してみる。

「我は無理やり連れ去ったのではない。同意の上、この新たな地を発展させるべく力を合わせる勇士を公開募集しただけだ」

「なんだと」

 村人達は主に若い女を連れ去られ、食料を根こそぎ奪われたと嘆いていたはずだ――。

「嘘こけ」

 コケーって。

「嘘なものか。我は力で束縛などしてはいない。それならば宮殿内の若者全員に聞いて回るがいい」

「望むところだ」

 ちょうど観葉植物に水やりをしている……若い娘に聞いてみた。

「あのー。無理やり連れ去られてきたんですよね。元の村に帰りたくないんですか」

 もう自由ですよ。

「あんな田舎、まっぴら御免だわ」

 よく見ると、若い娘は白いスカートにジージャン姿だ。宮殿内では色んな服装を見かける。ガウチョパンツとかフードの付いたロングカーディガンとか中学校の長袖体操服とか……。

 ナウでヤングだ。――冷や汗が出る

「そーよ。村なんてカラオケボックスもないし、コンビニもないし、バスも一時間に一本だし」

「そーそー! 時刻表が錆びて読めないし時間通りにバス来ないし!」

「遅れるならまだしも、時間より早く行っちゃうときがあるからムカつくわ~!」

 早く行くのはマズいだろう。


 しかし、なんということだ――。せっかく解放してあげようとしたのに村に帰りたくないだなんて――。バスのせいだけではなかろう……。


「帰っても年寄りが偉そうに畑仕事をさせようとするのよ」

「そーそー。早く結婚しろだとか、たくさん子供を作れだとか。だったらここで楽して暮らしている方がよっぽど楽しいわ」

 水差しで水やりがそれほど楽しいようには見えないが……。よくみるとこの観葉植物は、ネギだ。

「村よりも楽しいだと。何がそれほどまで楽しいのだ」

「それは……内緒よ」

「なぜそこまで答えなきゃいけないのよ~」

 急に顔を赤く染める。ここでは言えないようなことなのだろうか。冷や汗が出るが、大丈夫。今回はR15だから。

「……」

 宮殿内で楽しく話している若者たち。さっきの兵士たちが鎧を着替えてきて、シャンパングラスを片手に立ち話を始めている。残業が終わった後のサラリーマンのようだ。

 すごく平和でのどかに見える。宮殿の外にいた者達までもがそうなのかどうかは分からない。ひょっとすると宮殿内で働けるのを夢見て暮らしているのか。


 だが、お前達が食べているごはんは、どこかの村から奪ってきた食料なのだろ――。

 だが、それも元々は自分達が……若者達が村にいるときに田畑で作った米なのかも。

 だが、食料を略奪して食べ続けていれば、いずれ村人も宮殿で生活する人も共に滅ぶ。

 だが、人間が人間同士のいざこざで滅んでも……我ら魔族は関係ない?


「むしろ好都合なのでしょうか」

「……」

 いや、黙らないでください。

「どうすればいいのでしょうか、魔王様」

「うううう。帰りたくない者を無理やり帰らせるのも……なあ」

 なあって……。

「ハッハッハ。分かっただろう魔王よ。これが人間界の現実なのだ。何もしなくてもイケメンには富と力と人が集まる。イケメンこそがすべてだ」

 若いうちはイケメンだとチヤホヤされるかもしれないが、年を取ったらただのオッサンだ。いや、若い時にイケメンでキャーキャー言われていれば年を取っても「ちょい悪オヤジ」としてキャーキャー言われるかもしれないが……。

「そんなのはチートだ! ズルだ!」

 魔王様の嫌いなズルだ! チートだ! 言い換えれば――魔王様だ!

「チートなものか! いや、チートかもしれないが、分かったらさっさと帰るがいい」

「言われなくてもさっさと帰るさ!」

 宮殿内で唾でもタンでも吐いてやれ、サイクロプトロールよ! 私は吐かない。キャラじゃないから。

「それとも、この宮殿に住めるようにしてやろうか」

「冗談は休み休みに言え」

「バカバカしいぞよ」

「お前の母ちゃんデベロッパ!」

「お前の父ちゃんナーロッパ!」

 ソーサラモナーとサイクロプトロールが罵声を浴びせるのだが、……それ罵声か?


 魔王様が聖王に背を向け帰ろうとしたその時――。

「わたし……ここに残ろうかしら」

 ――!

「なんだとサッキュバス」

 耳を疑った。聞き間違えかと思った。一度耳の穴を指でほじり直した。ガントレットの指では奥までほじれないぞ。そもそも耳も無いのだけれど……。

「わたし、ここに残ろうかなって言ったのよ」

 ちゃんと聞こえているのにさらに言い直すサッキュバス。魔王様にも聞こえている。ちょっと無礼だぞ。

「貴様、――裏切ったな!」

「いや、落ち着けデュラハンよ。サッキュバスのことだ、きっと何か作戦があるのだぞよ」

 ――絶対にない。毎日、若い男にベロチュウして回るつもりだ!

 神様になったらベロチュウしたいって言ってたもん! ついさっきの魔会議で!

 さらには、「きっと何か作戦があるのだろう」って、聖王にも丸聞こえになっているからありえない~――。


「やめろ、サッキュバス。聖王の罠だ、どうして気付かない!」

「だって……わたしだって」

 尻尾をクネンクネンさせて右手の人差し指と左手の人差し指を胸の前でチョンチョンとくっつけたり放したりする仕草に……イラっとする――!


「わたしだって、好きな人のために尽くしたいもの……」


 パシーン!


 気付いたら……サッキュバスの頬を打っていた。

「「――!」」

 サッキュバスがゆっくりと打たれた頬に手をそえる。

「痛―い」

「冗談を言うなサッキュバス! 貴様、いつから聖王なんかの味方になったのだ!」

「……」

 聖王も黙ってオロオロと視線を泳がせている。急にシリアスな展開になったから……。

「目が覚めたなら一緒に帰ろう。俺達は魔王様の四天王、仲間じゃないか――」


「女叩くなんて最低」

 サッキュバスはプイっと背を向け尻尾を振りながら宮殿の奥の方へと走り去ってしまった。

「サッキュバスーー!」

 どうするのだ――。四天王からサッキュバスがいなくなれば……三天王になるのか? 紅一点の魅力がなくなり、PV値がガタ落ちすること疑いないじゃないか――!

「ハーッハッハッハ、ハーッハッハッハ、ハ~ハッハッハ」

「笑い過ぎだぞ聖王! ぶった切るぞ!」

 白金の剣を抜いた。

「イケメンは剣よりも強しだ。悔しかったらイケメンの3Dお面を作って出直すがいい。アーッハッハッハ、ハッハッハ、ハアハア、アハハ」

 うわ、めっちゃムカつく! ハアハア息切らしてでも笑うのがもっと腹立つ~!

 サクッと首と胴体を切り放してやろうと剣を振りかぶったが、魔王様がそれを制した。

「デュラハンよ、悔しいがここは一度撤退するぞよ」

 ――撤退? ありえませぬ。

「魔王様! なぜゆえにですか」

 あのような輩、一瞬で切り刻んで御覧に入れます! 一瞬にてチャーハンに入れる玉葱のサイズに切り刻めます――! フードチョッパーなどよりもみじん切りには自信があります!

「卿にはサッキュバスの言った意味が分からぬのか」

 サッキュバスが言った意味ですと?

「サッキュバスは最後に何と言った!」

「……女叩くなんて最低」

「いや、そのちょっと前じゃ」

「痛ーい」

「もう一つ前!」

「だって、わたしだって、好きな人のためにつくしたいもの……でございますか?」

「その通りだ。それって、予のことぞよ」

 それはないぞよ。

「嘘でしょ。魔王様ではなく……はっ! 私のことか!」

 今まで気が付かなかったが……サッキュバスは私に気があったのか……。それなのに私としたことが……。

「違うと言っておるぞよ! 絶対に予のことぞよ」

 それはないぞよ。同じことを何度も言わせるなと言いたいぞよ。

「いいえ、私にございます。魔王様よりもイケメンです」

 自信がある。

「顔ないやん」

「ウヌヌヌヌ~! ここで言い合っていても致し方ありませぬ。一度魔王城に戻って白黒はっきりさせましょう」

 どっちがサッキュバスに好かれていたかを――!

「望むところよ」

 勝ち誇った顔をする魔王様に、鏡を見せて差し上げたい――。


 魔王様は聖王の方を向いた。

「邪魔をしたな。瞬間移動(テレポーテーション)――!」

「ハーっハッハッハッハ!」


 聖王の笑い声だけがいつまでも耳の中でこだました……。


読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわー若者たちの気持ちがわかりみ深すぎます……(笑) おらこんな村ぁいやだー!(笑) [一言] しかし私はサッキュバスちゃんを信じるッ……!
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