謎で包まれた……聖王
「人間界において着実に力を伸ばしておるのだが、聖王と呼ばれていること以外は全て謎のベールに包まれておるのだ」
魔王様が難しい顔をなさる。謎のベールもなにも……なんの調査もしていない~!
「俺の偵察魔法『ドロドローン』で上空のあらゆる角度から偵察しましたが、大きな宮殿をどこから盗撮しても中まで見えないのでございます」
ソーサラモナーよ、「偵察」が「盗撮」になっている。ドローンを持っている人達が怒り狂うぞ。インドア派がドローンを買って何が悪い……と。「あなたラジコンなんかに興味なかったでしょ?」と勘ぐられるぞ――。
「大きな宮殿って、屋根が玉葱のような宮殿か」
「ああ。大きな玉葱型だ」
大きな玉葱の下に聖王が住んでいるのか。大きな玉葱の下って……ハッ! 冷や汗が出る。古過ぎて。ちなみにオニオンスライスは……涙が出る。辛すぎて。
「聖王って聞くと、魔王と均衡する力を持っているように聞こえるから、腹立つなあ」
「そうそう。そして悪者ではなく正義の味方みたいで素敵に聞こえるわ」
魔王よりも聖王の方がキュンキュンするのだろうか。
「ひょっとして、だから神様になりたいなんて言い出したのですか魔王様」
「――! それとこれとは話が別ぞよ!」
……ガッカリしてしまうぞよ。
「デュラハンよ」
「承知しました」
「……」
……まだ何も言っていないが魔王様の言いたいことは分かる。どうせ現地に赴き敵の実態を探ってまいれとおっしゃりたいのでしょう。
「どうせ現地に赴き敵の実態を探ってまいれ」
「――『どうせ』は要りませぬっ!」
どうでもいいような任務に聞こえますがな! どうでもいい任務なのがさらに辛い。
「じゃあ俺の『瞬間移動』の魔法でさっさと聖王の宮殿近くに送り届けてやるよ」
さっそく呪文を詠唱し始めるソーサラモナー。
「ちょっと待て、準備をしてからにしてくれ」
水と非常食くらいは持っていかないと。あと、着替えと有機溶剤とウエス。充電器とかも必需品だぞ。
「――瞬間移動!」
「待てと言ってい
るだろ――!」
もう目の前は魔会議室から見慣れない宮殿の前に移動しちゃっている……。足元には焼けた砂。ユラユラと蜃気楼まで見えるくらい暑い。急に寒くなったり暑くなったりすると体調が悪くなるぞ……。十二月に旅行でタイに行くようなものだぞ。
まったく、どいつもこいつもどうして考えなしに行動するのか――。それほどまでに早く行動しなければ目まぐるしく移り変わる世間の流れについていけないとでも言うのか――。
ひょっとして私は……皆に虐められているのではなかろうか? だがそれも致し方無い。なにせ私こそ……次期魔王最有力候補だから……。
皆が唇を噛んで嫉妬する、宵闇のデュラハンだから――。
魔東京ドームが数個入るほどの広大な城壁のド真ん中に、大きな玉葱型の屋根をした宮殿がそびえ立っている。人間共の建築技量がここまで向上しているとは……少し侮っていたかもしれない。
――これなら魔王城の耐震工事を魔族でやるより人間共にやらせた方が立派にやり遂げるかもしれない。もちろん費用は支払う。奴隷のような酷い真似はしない。すれば魔王様に叱られる。
玉葱の形をした屋根は宮殿というよりは球根の方が合っているなあ。球根と求婚って……なんか似ていてニコやかになってしまう。巨根は違う。何を考えているのだ私は。暑いと頭がもうろうとする。直射日光で。あ、頭は無かった……。
砂地を数十キロ歩くと、やっと城壁まで辿り着いた。近くに見えたが滅茶苦茶遠かったぞ。喉もカラカラだ。首から上がない金属製鎧のモンスターだから喉も無いのだけれど……カラカラだ。
城壁の門を警備している兵士数人から厳しい視線が向けられる。それもそうだろう。一直線にユラユラと歩いて来る顔の無い全身鎧の魔族。自分で言うのもなんだが、見るからに怪しい。
「止まれ。怪しい奴め、何者だ」
「フッ。人に名を聞く時は自分から名乗るものだ」
「なんだと!」
――! なんだこの兵士達、冗談が通じないのか。頭の中パラダイスでバカンスか!
「いや、冗談だ。私は魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンだ」
「顔無しのデュラハンだと?」
――! 顔無しなんて一言も言ってないぞ! だがここで怒っては駄目だ。落ち着け、魔王様に比べればこんな仕打ちは屁でもない。こういう時のために魔王様は常日頃から私の忍耐を鍛えて下さっているのだ。我慢こそ最強の力なのだ――。
「宵闇のデュラハンだ。今日は魔王様の使いとして聖王……様にお目通りしたく存じます」
「はあ? お前みたいな怪しい奴を通せる訳がないだろ」
「そこをなんとか」
ウインクしてガントレットに握ったお金を兵士の手に握らせる。ウインクに気付いたかどうかは疑問だ。顔が無いから。
「なんとか聖王様に合わせて欲しいのだ……これで」
バレないようにそっとお金を手渡そうとしたのだが……。
「そんなことでここを通す訳がないだろって、これ五十円玉じゃん! この程度の金で誰が通すものか!」
チャリ―ン。五十円玉を叩き返された――!
「小銭を笑う者は小銭に苦しむのだぞ」
「うるさい! 帰れ帰れ!」
「せめてその百万倍は持ってこい! しかも兵士全員分だ!」
「ハッハッハ、そうすれば少しだけ……1mだけ入っていいぞ」
「キャッハッハ、ウケル~!」
……下手に出れば調子にのりおって……。
「ではどうすれば聖王様に合わせて貰えるのだ」
五十円玉を拾ってポケットにしまう。全身金属製鎧だがポケットくらいはある。どこかは内緒だ。
「バカか貴様。一般人が聖王様になど会える訳がないだろ」
「そうそう。会いたいのなら絶世の美女でも連れて来てみろ」
「おー、そしたら合わせて貰えるかもしれないな。なんせ聖王様は……グホッ!」
隣の兵士が肘打ちを食らわせる。
「こら! 聖王様の耳に入ったら処罰されるぞ!」
「あ、ああすまない。調子に乗り過ぎた」
いいことを聞いたぞ。聖王はそうとう……たらしのようだ。
兵士に礼を言うと、城壁に沿って宮殿の外周を歩いてみた。どこからか強引にでも中に入れるかもしれない。
大きな城壁の周りには汚い水の堀がある。ここは砂漠のド真ん中なのだが……水が豊富にあり、鯉が泳いでいる。錦鯉ではない。真っ黒な鯉、真鯉だ。大きい真鯉はお父さん~。だが、小さい緋鯉は……どうみても奥さんだ。赤一色だ。
これほど水が豊富ってことは……ここは砂漠のオアシスなのだろう。ああ、喉が渇いたぞ。
指に唾をつけて耳に突っ込み、堀へと飛び込んだ。ドッポ―ン!
堀の水は確かに汚いが……魔王城の男湯よりも綺麗だ。飲んでも平気そう。
「しまった! これは罠か――!」
全身金属製鎧の私は浮力が少ない。他の四天王からはよく「金槌」と呼ばれている。
「汚いぞ聖王め! ゴッホゴッホ! これが人間共のやることか! 誰か聞いているのか、聞いていたら助けてくれ――!」
沈むぞ! 手で必死に平泳ぎするけれど、淡水は海水に比べて沈みやすく、どんどん沈んでいく。
堀の底に溜まったヘドロがうらうらと浮いてきて水がまっ茶色に濁る――。まっ茶色と抹茶色はぜんぜん違う色だぞ――。
「おい! 底で何をしている!」
「助け、助け、助けてくれー! 全身金属製鎧だから泳げないのだ!」
「またお前か! さては鯉泥棒か――!」
恋泥棒って……なんか素敵な響きだぞ。
「泥棒とは人疑義の悪い。宵闇のデュラハンとさっき自己紹介したところだぞ。ブクブクブク」
「ブクブクって自分で言えるくらいなら息つぎをしろ! って、顔が無いくせに溺れるな!」
「うおっぷ、臭い! 堀の底をかき混ぜるでない!」
「ブクブク、ブクブクブク、ブク? ブクブクブク」
「せーのっ!」
あちこちからロープや網が投げ入れられ、堀の底から引き上げられた。本当なら口から水をピューっと吹き出したいのだが、顔が無いから私にはできない芸当だ。
「……ゼーゼー助かった。ありがとう」
「――さっさとどこかへ消えろ!」
「臭い! ヘドロまみれめ」
「堀の底に潜っても中には通じてないぞ! 諦めて帰れ!」
そうだったのか……。
「それを先に言ってほしいぞ」
「言っておけばよかったと後悔させるな!」
「魔界へ帰れ!」
……魔界ってどこなのか逆に聞きたい。魔族にとってユートピアなのかもしれない。それに……帰りたくても帰れないのだ。いつものように。
これだけ騒いだのに、捕らえられたり牢獄に捕まったりしなかった……。兵士はみんな鼻を摘まんでいる。川底の泥がべっとり全身に付着して……淡水独特の悪臭を放っている。――せっかく思いついた城壁内への侵入作戦が水の泡になってしまった。
「ヘクション」
「うるさい!」
怒られてしまった……。
城壁を一周したが、どこからも入れそうな隙は見当たらなかった。兵士がジロジロと見るのがちょっとした人気者気分で嬉しい。
白金の剣を抜き兵士をなぎ倒して城門を抜けることは容易いだろう。だが、それにより魔族と人間との争いを一層深いものにしては何の意味もない。聖王の正体と野望を暴くことこそが真の目的なのだ。
目的のために手段を選ばない者は、手段のために目的を選ばない者と同じだ――。
さらに厄介なことに、兵士の中には女兵士が半分ほどいた……。男女雇用機会均等法か? 魔王様のご命令とあれば躊躇なく切るが、それほどでもない今回の任務で剣を抜くのは……気が引ける。
女兵士が着ている量産型女子用鎧は……なるべく切りたくない。傷付けたくない。一つでいいからコレクションに持って帰りたい。だから傷付けたくない。
今まで数多くの人間共と戦ってきたが……今回はなんかやりにくいなあ。これが聖王の作戦なのだろうか。
読んでいただきありがとうございます!