魔会議
トイレを済ませると、五分後には魔会議室に魔王様と四天王が集まった。魔王城三階に設置された小さな会議室は、五人入るだけでかなり窮屈に感じる。巨漢のサイクロプトロールが更に圧迫感をもたらしている。ピッチピチのスーツにネクタイ姿って……今すぐ外せと言いたい。
冬でも上半身裸でいろと言いたい。
以前からしばしば思うのだが、魔会議ほど無駄な会議はない。会議をすると必ずや意見がまとまらず、決まる事もすんなりと決まらない。あるいは、最初から決まっていることについてグタグタ話し合って時間を浪費するだけなのだ。
そんな魔会議こそ……平和の象徴なのだろうか。
「さっそくだが、神様になりたいと思っている人、手を上げて」
「「ハイッ!」」
小学校の参観日でもみんなそんなに手を上げないだろう……頭が痛くなる。指先までピンと伸びている。
いつものように白い石盤にホワイトボード用マーカーで書記を務めるのが私の役目だ。字は綺麗な方だと自負している。漢字は苦手だ。
「じゃあソーサラモナーから聞くが、もし神様になればいったい何がしたいというのだ」
「女湯に入りたい」
「……」
ソーサラモナーらしい答えだ。ストレート過ぎる。神様になっても女湯に入ればキャーキャー言われること疑いなしだ。神様だってセクハラで起訴される時代が来るかもしれない。
ソーサラモナーには女湯ではなく、とにかく風呂に入れと言いたい。風呂嫌いは嫌われるのをぜんぜん認識していない。あまり洗濯しないローブからは独特の匂いがする。乾燥キノコのような匂いがする。
「サッキュバスはどうだ。もし神様になれば何をする」
逆にサッキュバスが男湯に入りたいと言えばそれも問題だ。魔会議室から摘まみ出してやる。
「ひどーい! わたしも男湯に入りたーい」
露出の多い淫らな服装で尻尾をクネンクネンさせてしおらしく言わないで欲しい。
「問題発言だ」
男湯に入りたい女って……いるのだろうか。しかし……なんだろう、この「女湯に入りたい男」と「男湯に入りたい女」の待遇の差は。「女湯に入りたい男」は普通で、「男湯に入りたい女」は変だと決めつけるのはおかしい。……本来は平等であるべきではなかろうか。
平等にどっちも駄目だ――。
「じゃあ、神様になったら世界中のイケメンの唇を根こそぎ奪うわ」
……キス魔め。今日も少し酔っているのではないだろうか。頬が少し赤い……ってえ、まだ朝だぞ!
「根こそぎ奪うって怖いぞよ。他人の物を勝手に奪うのは……神様のやることではないぞよ」
ほら見ろ、魔王様も怯えていらっしゃるではないか。さらには会議室で口紅を塗り直して「んまんま」するのはやめて欲しいぞ。
キス魔の神様って……そもそも「魔」が付いている時点で神様じゃない。神様なら……キス神? になるのだろうか。でも、キスをしまくるのであれば、キス魔もキス神もほぼほぼ同じだぞ。キスが上手いって――本当に褒め言葉なのだろうか? キスの天ぷらは確かに旨いが。
「この世にイケメン以外は要らないわ」
「イケメン以外は要らないって、酷いぞ」
これも問題発言だ――世の中イケメンの方が圧倒的に少ないのだぞ。
「そうそう。俺はいいけど」
「俺もいいけど」
「予もいいぞよ」
「フ、私も構いません」
顔ないけど。
「……じゃあ、みんないいんじゃん」
呆れ顔をされてしまった。
結局のところ、神様になるとR15ですら危うくなるようなことをしでかしたいのが皆の本心のようだ。魔王軍四天王が集まったのにもっとマシな答えは出ないのか――。
「筋トレしてプロテイン飲みたい」
あ、サイクロプトロールの答えが一番まともだ。というより普通だ。
「だが、それは今でもできるだろ」
神様になる必要はない。皆の話をちゃんと聞いていたのだろうか。脳みそまで筋肉なのではなかろうか。
「じゃあデュラハンは神様になったら何がしたいのだ」
「そーよそーよ。一人だけ真面目ぶって偉そうに!」
「どうせ、『ふ、私は神様より魔王様になりたいぞ』だろ。この熱烈魔王様ファンめ!」
それもあるけど本人の前で言うな――恥ずかしいから。魔王様も赤くなっていらっしゃるではないか!
「魔王様の犬! 魔王犬!」
「……」
――嬉しいぞ。魔王様の犬! 魔王犬!
私が神様になったら……か。考えてもなかった。
高価なフリフリが着いた女子用鎧をたくさん部屋に並べ、朝から晩まで仕事もせずに女子用鎧に話しかけながら有機溶剤をタップリ含ませたウエスで拭いて綺麗にしたい。
――なんて言える訳なかろう~――!
「有機溶剤はローションではないのだ」
「……?」
皆がドン引きしている……。
「顔が欲しいのだ。デュラハンはずっと小さい頃からそればっかりだ」
その手があった!
「ま、魔王様、どうしてそれを……」
たしかに欲しい。神様にならなくても顔が欲しい……。
小さい頃、サンタさんに「顔が欲しい」と書いた紙を靴下の中に入れて頼んだが貰えなかった……。「サンタさんの嘘つき~」と泣いたのは内緒だ。
「顔のない神様がいてもよかろう」
「え~、微妙」
微妙って、酷いぞみんな。ピエ~ンと泣くぞ。
「いや、一人くらいならいてもよかろう」
「一人くらいって……神様は何人いてもよろしいのですか」
それだと結局はキャーキャー言われませぬぞ。「みんな神様」なんて話になれば……「みんな違ってみんないい」とか「世界に一つだけの鼻」とかと同じですぞ――。
「お客様は神様です」なんてことになれば、そこら中に神様の行列ができますぞ。クレーマーが「俺、神様やし」と調子に乗りまくりますぞ――!
四天王に限らず、それぞれ思い描く「神像」は微妙に違うが、やりたいことが何でもできる存在なのだけは一致している。やりたいことが何でもできて、R15では書けないことばかりしているのが神様なのか――?
もし本当に神様がいたら全員シッペされるぞ。たぶん。
皆の答えを一通り聞きホワイトボードに書き終えると、魔王様が口を開いた。
「冗談はこれくらいにして、今日集まって貰ったのは他でもない……」
なんですと――!
「――冗談だったの!」
「最初から冗談の占めるボリュームが多過ぎですぞ!」
もう二話も終わりですぞ!
「冗談は顔だけにして頂きたい――!」
今回のタイトル、意味ないじゃん!
「すまんすまん」
すまんを二回繰り返すのって……ぜんぜん悪いと思っていない証拠だぞ……。言わないけど。
「魔会議を開いたのは他でもない、人間界の聖王についてだ」
「聖王について?」
「オウム返しのように言い返すでない! 秘密道具を出した『ドラ〇もん』の後でわざわざ聞き返す『〇びた』か!」
「「――!」」
〇びたって……酷いぞ。冷や汗が出る。
読んでいただきありがとうございまっす!!