魔王様、神様にはなれませぬ
「なぜだ。予にはまだその力がないと申すのか!」
魔王様が玉座から立ち上がられ怒りを露わにする――。窓の外からは朝の寒風が吹き込み厚手のカーテンをバタバタとなびかせ、秋の終わりを告げようとしている。
「そうでは御座いません」
玉座の前で片膝を立てて跪き、俯いたままの姿勢で答える。……この姿勢はこたえる。
「ではなぜだデュラハン! 卿は……最近ちょっと無礼だぞ。予に肯定せずに反論するのが早過ぎるぞよ」
「別に反論などしておりませぬ」
さらには早過ぎることもございません。
「嘘こけ!」
コケッー?
「タイトルからして反論しておるではないか! さらにはサブタイも同じではないか!」
「――!」
タイトルとかサブタイとか……平気で口走らないで。冷や汗が出る。タイトルとサブタイが同じだから。
「御意」
「御意ではない! 『仰せのままに!』とか、『魔王様の言う通り!』とか、『よ、日本一!』とか、少しくらい肯定はできぬのか!」
「仰せのままに魔王様の言う通りよ日本一」
「……」
魔王様は立ち上がったまま両手をグーにしている。怒りをひしひしと感じるが、魔王様が神様になどなってはいけない。
「力がどうこうという問題ではないのです。『メダカの兄妹』的な問題かと思われます」
どんなに大きくなっても、魔王様は魔王様にございます。神様や旦那様や社長さんにはなれない。
……神様ってガラではない。顔色悪い。青白い。
「そもそも、なぜ魔王様は神様になりたいのですか。それをお聞かせください」
「知れたことを……」
広い玉座の間を木靴でコツコツとしばらく歩いたかと思うと、また玉座へとお座りになられる。
「このご時世、小学生でも憧れる職業は、『神様』か『ユーチューバー』であろう」
憧れの職業が「神様」ですと――! 神様の次にさらりとなんとおっしゃったか……聞き返さないでおこう。聞き流そう。
「小学校の卒業文集に、『大きくなったら神様になりたい』と平気で書ける世の中なのだ――」
「――卒業文集!」
大きくなってから読んで恥ずかしい思いをするアレのことか――! 自分は捨てても誰かが大切に持ち続けている……消せない黒歴史! 同窓会とかで誰かが持ってきて大笑いされる黒歴史!
だから普通は大きくなったら、『プロ野球選手』か『ブリキユア』と書くのが定番だ――。安牌なのだ――!
「であろう。『大きくなったら魔王様になりたい』なんて平気で書く小学生は……ちょっと将来が心配になるだろ」
なるなる!
「将来どころか、既に今現在でも心配かもしれません。『魔王様』はやばいです」
「そうであろう」
そこは否定しないんだ……魔王様。
つまり魔王様は今以上に人気者になり、キャーキャー言われたいのだろう。……ため息がでる。
「神様になりたい者が大勢いるのは分かりました。若い子達にキャーキャー言われたいのも御察しいたします。ですが現実問題として、魔王様は魔王様で十分ではありませぬか。神様になったことで何か別にやりたい事でもあるのですか」
虚を突かれた顔をお見せになる……。
神様になったらやりたいことって……ただ単に、今すぐ自分がやりたい欲望のことでしょ。善人のフリをして「神様になったら世界を平和にしたい~」なんて言う輩は……神様にならなくても今すぐ世界を平和にしようと努力してみせろと叱責してやりたい。
コンビニでお釣りを全部募金しろと言ってやりたい――。
「魔王様はすでに無限の魔力でやりたい放題ではありませぬか。なぜゆえに神様になり何をやりたいので御座いましょう」
「それは……内緒だ。予が神様になって、なぜやりたいことをわざわざ四天王に言う必要がある」
「ほほう……」
眉間にシワを寄せて顔を背ける魔王様。どうせ不埒なことを考えていたのだろう。ガチで世界平和とか、人間との共存とか、温暖化防止とか、鳩に豆をやりたいとか……。魔王様らしくない野望のはずだ。
「もし魔王様が神様になられたら……」
「なられたら……なんだ」
「オーマイゴットと言えなくなるのですよ。アイアムゴットですよ」
アイアムゴットって……言ってて恥ずかしいぞ。プププ。
「卿のカタカナ英語はやめい! さらっと流したが前作の『ホワイナット』ってなんだ! 頭悪いのバレるぞ!」
まさかの逆ギレ? ――カタカナ英語!
「も、申し訳ございません」
……なんか、悔しい。……頭ないのが。
「素直にアイムソーリー」
「……」
跪く足が痺れてきた。
「神様になられたら魔王様とは違いますから一切悪いことなんかできませんよ。なんせ、『神様』なのですから」
魔王とは真逆のはずです。天と地です。猿と犬です。
「これこそが魔王の方が絶対にいい由縁で御座います。言い換えれば魔王様は悪いことが正々堂々とできるのです」
……いつも魔王様は悪いことばかりされています。とは言えない。
「予は悪いことなどしておらぬぞよ」
――嘘つけ、と思わず口から飛び出しそうになったのをグッとこらえる。
「ほほーう。分別せずにゴミのポイ捨てや立ちション。グレーチングにゲロ……」
「――!」
悔しそうに拳に力を入れている。おおよそ心当たりがあるのだろう。
「さらには! 家電を家電量販店で値切ったり、自分は注文していないドリンクバーを回し飲みしたり! CDからカセットへのダビング、倍速ダビング。鼻をかむのにティッシュを2枚使ったり、お風呂で小便したり……全部出来なくなりますよ」
「え、ええ! そんなあ……」
魔王様が目を丸くする。なんか……勝利を確信した感が心地良い。魔王様はやはり骨の髄まで魔王様だ。風呂で小便するな。風呂掃除をする私の身にもなってみろと言いたい。
「諦めてください」
腹の底からドス黒い魔王様は、やはり魔王様が相応しい――。
それに、タイトルが「神様シリーズ」になれば、今以上に誰にも見向きされないだろう。神様ならスライムのお通夜に参列しても、誰も不思議に思わない。
「そもそも、魔王様にとって神様とはどういう存在なのですか」
神様だって色々な解釈で色々いらっしゃるでしょ。「お客様は神様です」って名言もある。冷や汗が出る、古過ぎて。
「神様になったとて、神社のお賽銭を独り占めなどできないのですよ」
「知ってるし――! お賽銭など欲しくないし――!」
しーって語尾、やめて欲しいし――!
「この世で一番偉い存在こそが神なのだ」
偉い存在? 抽象的だなあ……。ならば魔王様の戯言にここまで付き合っている私もかなり偉い存在だと誰か認めて欲しいぞ。
「一番偉いと申されますが、……ひょっとして魔王様は、神様がこの世界をお創りになられたと信じているのではありませんよね」
「――!」
……信じていらしたのですね。魔王様の目が少し潤んでいる。でも容赦はしない。
「じゃあ、その神様は誰がお創りになられたのですか。神様をお創りになられたのなら、神様より偉いですよね。神様の母ちゃんと父ちゃん」
ゴッドマザーアンドゴッドファーザー。
「神様の母ちゃんと父ちゃんが、神より偉いだと」
「いえ、その母ちゃんと父ちゃんのさらに母ちゃんと父ちゃんの方が偉いです。さらには……」
「待てい。まるで卵が先かニワトリが先かではないか!」
「それは絶対に卵です――!」
自信があるが、ここでニワトリの話は避けよう……。
「デュラハンよ、直ぐに魔会議を開く。他の四天王を招集するのだ」
「は?」
「は? ではない! 他の者の意見を聞くのだ。必ずや皆、神になりたいと思っておるはずなのだ」
「……」
要するに魔王様は自分の意見に賛同してくれる者を味方にしようというのか……。
果たして、他の四天王と会議を開いてまで話さなければいけない論争なのだろうか……。
読んでいただきありがとうございま~す!