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部屋が暗い。

 ミイテと別れて、ティリアは買い物から帰宅する。

 買い出しに向かったお店と家の距離は近かった。その割に時間を掛けてしまった。

 エルネジュアはどこで時間を使ったのか気になったが、戻ってきたなら問題ないと何も訊かなかった。


 時間が過ぎれば夜になる。空は赤く染まり始めたところだが、程なくして月明かりが足元を照らすだろう。


 夕食の準備も始まった。ティリアが買ってきた食材を、エルネジュアが調理する。

 ティリアも料理に協力的だったが、座るように言うエルネジュアには逆らえなかった。


 太陽が傾いて、すこし手元が暗くなる。しかし問題はない。エルネジュアは魔法で明かりを作り出す。

 まんまるの明かりが、ホタルのように中空を彷徨った。その明かりは優しく、遠くまで広がった。


 今までオイルを注いだランプで生活していたティリアからしたら新体験である。

 暖かな光に感嘆の声を漏らしても無理はない。

 その声にエルネジュアは優しげに小さく笑った。



 食事を終える。やはり食べすぎてしまった。今日ばかりは仕方がない。仕方がないのだ。


 太陽が落ち、食事が終わった。もはや眠る以外には何もできない。

 部屋の片付けすら終わっていないティリアには、暇がまだまだ遠いように思える。しかし疲れが押し寄せて、あらゆる作業が目に入らなかった。


 今日は慣れない列車でランティアの町に降りたのだ。初めてだらけである。疲れを隠せるはずがない。


 ティリアはエルネジュアに挨拶を伝えてから部屋へ戻る。


 部屋にはまだ膨れ上がった鞄がそのままだった。明日にはこれを開けなければ。

 とにかく今は床について。


 ……不思議なものだ。さっきまで眠気があったのに、さあ眠るぞとなると目が冴える。一度横たえた体を起こした。


 片付けでもしようか。それとも、本でも読んでみるか。

 ぎゅうぎゅう詰めの鞄に、手を入れる。物が張り詰めていて、なかなか奥まで進まなかった。


 努力の甲斐あって、お気に入りの本まで指が届く。なんとかつまんで、無理やり引っ張り上げた。


 出てきた本はたった一冊。茶色い装丁が剥がれて、一部分が白くなっている。もはや読み飽きた物語である。他に本があるならそちらを選びたいが、しかし他にないのだから仕方がない。


 本を手にとって開く。そこでようやく気がついた。この部屋の明かりはどこだろう。この部屋にランプはない。


 ティリアの鞄には、どうしようもない物は入っているが、ランプは入っていなかった。持ってきた覚えがない。もっとしっかりと持ち物を厳選するべきだった。今更思い出しても遅い。これは失敗した。


 窓から月明かりが差す。この明かりで鞄から本を出すまでは問題なく動けていたが、手元の小さな文字を照らすには心もとない。


 窓辺に腰掛ければ十分だが、月が動けば話が変わってくるだろう。


 ドアがノックされた。エルネジュアだった。


「ティリアさん、一つ話をいいですか?」

「はい。今開けます」


 ティリアは本を机で手放して、空いた手でドアノブを握った。ドアの外には、魔法の明かりを浮かせたエルネジュアがいた。


「うわ、真っ暗っ」


 エルネジュアは驚いて本人もティリアも思っていないような声を出す。すぐに恥ずかしげに顔を赤らめていた。

 触れるべきではないと、ティリアは赤くなった顔から目を反らした。


「どうして明かりを付けないの?」

「ランプを持ってき忘れてしまって。借りられませんか?」

「そうよね。ごめんなさいね。いつも私は魔法で明かりをつけていて、その基準で考えてたから。ちょっと待ってて」


 エルネジュアは話があって来たらしい。その話とは何だったのだろう。言う前に、エルネジュアは引き返して階段を降りていった。


 暫く待つと階段を上がる足音が聞こえてくる。急いだのか、すこしだけ息を荒くしたエルネジュアが戻ってきた。



 戻ってきた手には、ひとつの小瓶が握られていた。中には透明度が高い薄い黄色の粒が入っている。粒は小指の先くらいの大きさだった。


 エルネジュアはその瓶から、粒をひとつ取り出すと、指先で揉んでから天井に向かって放り投げた。


 粒は風船のようにふわりと浮き上がる。空中で静止すると光を放った。始めは弱い光だったが、次第に明るさを増していく。

 最後には部屋の隅まで照らせるほど、広い明かりになった。ティリアが知っているランプよりもずっと明るい。


「なんですか? これ」

「魔法が込められた薬かな。軽く指で潰すと明かりになるの。明かりは一晩保つの。眠る前には点けるときと同じように指で潰してね。ランプはないから、これを使って」


 そう言って、ティリアは小瓶を渡される。小瓶はすこしだけ温かかった。


「他にも用意しておかないと。この家、全部魔法使い仕様だから」

「ありがとうございます。私のために色々と」

「気にしないで。私がやりたくてやっていることだから。それで、話なんだけど」

「なんですか?」

「来てもらって早々、落ち着く前のこんな夜にする話じゃないかもしれないけど」


 ティリアはゴクリとつばを飲む。何か重大な報告を聞くのではないかと身構えた。


「明日、ちょっとだけ遠出をするんだけど、付き合わない?」


 エルネジュアは町の中央まで行くという。多くの店が軒を連ねているので、生活に必要な道具を揃えてはと提案された。ティリアの答えは決まっている。


「ぜひ!」


 こうして、翌日の予定が決まった。

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