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友達になったのだろうか。

 ティリアは先行する彼女の背中を追いかけた。追いかけながら、強欲にも友達になれないかと考えてしまう。


「私はティリアっていうんだけど、あなたの名前を訊いてもいい?」


 そう言いながら、彼女のすぐ横に並んだ。

 横に並んで歩くティリアへ、彼女は横目を向ける。


「ミイテ。ミイテ・シャリス」

「よろしくね。ミイテちゃん。私はティリア・グルエドです」


 ランティアの町に来てから、身内以外で初めての知り合いができた。

 ティリアが笑いかけると、ミイテは嬉しそうに恥ずかしそうに目をそらした。


 足を大きく前に出しながら歩く。鼻歌を交えながら往く。人気がない道では、大きく手を振ろうとも、道の中央を独占しようとも構わない。ふたりは自由だった。


「ティリアはこの町に来たばかりなの?」

「うん。そうだよ。よくわかったね」

「だって、中央通りがわからなくて迷うなんて、住んでいるなら考えにくいから」

「確かに」


 南中央通りはティリアが歩いた数少ない道の一つだ。今思えば、食事前に歩いたばかりの場所がわからないなんて、実に間抜けである。ミイテには黙っておくとしよう。


「実は、今日ここに来たばかりなんだ。この町での初めての外出」

「初めてなのに一人? 迷子になるかもって考えなかったの? 誰かとはぐれたとか?」

「最初から一人だったよ。地図があれば大丈夫だと思ってたんだけど」

「大丈夫じゃなかったわけだ」

「お恥ずかしながら」


 でも次からは地図も必要ない。ティリアは周囲を見て覚える。

 並ぶ民家。色、形。夢の世界のようにどこにも汚れが見当たらない。すべてが作りたてのように輝いている。


 歩を進める度に、喧騒が大きくなっていく。どうやら人通りがある場所が近いらしい。

 まだ歩き始めてから時間は経っていない。目的のお店は、思っていたよりもずっと近かった。


「どうしてティリアはランティアに来たの?」

「今までお世話になっていた施設の取り壊しが決まって、別の場所で暮らさなくちゃいけなくなったからだよ。どこか行く宛がないかと探したら、はとこが名乗りを上げてくれたの。その時まで、そんな親戚がいるなんて知らなかったんだけどね」

「知らなかった? じゃあほとんど他人みたいなものじゃない?」

「感覚的にはそう。今日初めて会ったんだもの。顔は似ていないし、年齢も少し離れているし。血が繋がっている感覚はないよ。変な感じ」


 話をしている内に、大きな通りへ出る。町を知らないティリアでもわかる。ここは南中央通りだ。


 程なくして目的のお店を見つける。エルネジュアから聞いていた看板があった。多くもなければ少なくもないくらいのお客さんが入っていた。

 様々な種類の物が売られている。その中に食材もあった。ティリアの目的はこの食材である。


 夕飯の買い物を済ませて店を出た。今日はやはりいい天気だ。


 中央通りまで出てしまえばこっちのものである。地図もあるし、南中央通りは駅から家までエルネジュアと一緒に歩いた道でもある。もう迷わない。


「ティリア、ちょっといい?」

「ん?」


 お店を出てすぐ、ミイテに肩をつつかれた。


「どうしたの?」

「ちょっと案内したいところがあるんだけど」


 食料で一杯の袋を抱えながらの寄り道は、少々不安がある。しかしミイテが言うのであれば、ティリアに断る理由はなかった。


「こっち、着いてきて」


 向かった先は、住宅街だった。ただし、ちょっと高級感が漂っている。大きめの家が多く、意匠を凝らした像も見られる。玄関の大きさも馬鹿にできない。


「ここ、隠れた名所なの」


 連れて行かれた場所は、完全に民家と民家の間だった。観光客が絶対に訪れない、道端である。


 しかしそこに着くやいなや、ティリアは名所という言葉の意味を理解する。


 柵の向こう、誰かの敷地にある庭には、一面に綺麗な花畑が広がっていたのだ。


「この家の奥さんと向かいの奥さんがね、どちらが綺麗な庭を作れるかで、いつも争っているの。お互いに負けず嫌いだから手を抜かなくて、どんどんエスカレートした結果、こうなったわけ」


 片側の庭には赤い花が同じ背丈で綺麗に並んでいた。真っ赤な花壇である。

 手入れ用の道は葉脈のように広がる緑色だ。上から見下ろせば、きっと大きな赤い葉に見えるに違いない。


 対する逆側の庭には、三色の花が植えられていた。青と紫と緑で放射状の模様が描かれている。中央に寄れば寄るほど、花びらの色が濃い。まるで三色で作られた太陽のようだった。


 どちらの花畑が綺麗かと問われると難しい。どちらも美しさの方向性が違うのだ。

 少なくとも、どちらの庭からも素晴らしさを感じられた。これは間違いない。


 ティリアは興奮から大きく息を吸う。甘い花の香りが鼻孔を満たした。そのとき、視界の端に何かが現れた。


 ひらりと蝶が舞い降りる。薄い氷のように透き通った羽を持つ、無数の蝶が突然現れた。花にゆっくりと降りて、そこで動かなくなる。


 蝶が降りてまた花畑は色を変える。蝶は二枚の羽に花の色を蓄えて、キラキラと輝いた。

 自分がどうしてこの場所にいるのかも忘れてしまいそうになるほど、幻想的な光景だった。


「あまり立ち止まっていたら通行の迷惑になっちゃうし行こっか。ここの奥さんに見つかりたくないし」


 ティリアはすこし残念に思うが仕方がない。


「そうだね。じっとよその家を見ていたら、警戒されちゃうものね」

「んー、そうじゃなくて、ここの奥様方は、自分の庭がどれだけ素晴らしいか力説したがるんだよ。自分たちの庭は見られて当然だと思っているみたいで、それ自体には何も言わない。けど、庭の良さを分かち合うためにしばらく拘束される。おいしいお茶とお菓子が食べたいなら、悪くないけどね」


 ミイテは何回か捕まった経験があるらしい。その度に庭のセールスポイントを頭に叩き込まれているのだとか。

 捕まったとき、奥さんとの話の内容を知りたいなら話すとミイテは言ったが、ティリアは断った。


 こうして南中央通りまで戻る。


「ミイテちゃん、今日はありがとう。道を教えてくれるだけじゃなくて、あんなに綺麗な花を見られるなんて思っていなかった」

「喜んでもらえたならよかった。やっぱり地元民としては、この町を好きになってもらいたいからね」

「もう大好きです」

「もっと好きになってしまえ」


 南中央通りで別れる。短い時間だったが、とにかく濃厚だった。特に庭に広がる花畑は、ちょくちょく見に行ってしまうかもしれない。

 それにあの透き通った蝶も気になる。花壇にたくさん集まっていたけど、町中では一匹も見当たらない。


「あの蝶も綺麗だったなぁ」

「蝶?」

「うん。たくさん花に止まっていたでしょう?」

「蝶なんて、いた?」


 ミイテは解せないと首をかしげた。

 嘘や冗談を言っている雰囲気は全く無い。ミイテには、蝶が見えていなかったようだった。


「でも赤い方の庭の奥さんから、たまに蝶が綺麗だと言う人がいるって聞いたっけ」

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