道に迷った。
外は明るい。雨なんてありえないような陽気だった。せっかくだから散歩でもしたいところである。
しかし今はそれどころではない。買い物に出たのだ。
ここはまだ知らない町だ。一つ横道にそれてしまえば、どこに居るかもわからなくなる。どこに何があるのか、方向感覚を養う前に思うがまま歩けば、迷いの森に入り込んでしまうだろう。
ティリアは玄関を出てすぐ、借りた地図を広げた。目的地には赤い印をもらっている。
道順はエルネジュアから聞いている。出てすぐの通りを左に、三つ先の道を真っ直ぐ進むと、南中央通りに出る。その通りを右に進むと魚と野菜の看板が見えてくると聞いた。
地図でも確認する。道順を指でたどった。
間違いないと頷いてから地図を閉じた。よし行こう。
ティリアは大手を振って、右に歩いて進むのだった。
ここはどこだ?
地図に従って歩いたはずだった。歩きながら地図を確認した。しかしどうもおかしいのだ。本来であれば、今頃ぶつかっているはずの大きな通りが見えてこない。
眉間にシワを寄せながら、地図と景色でにらめっこをする。
地図にはたしかに大きな通りが通っている。南中央通りだ。しかしティリアの目の前には下へ向かう階段がある。その階段の下は住宅地だった。
目に入るどの道も人が歩く分には十分な広さがある。しかし南中央通りと称するには広さが物足りない。南中央通りは、駅から家まで歩いている。南中央通りはもっと広くて活気があった。
地図を何度か回転させてみたが、頭がすっきりとする答えは得られなかった。
来た道を戻ってみるしかなさそうだ。もしかしたら一つ違う道を来てしまったのかもしれない。ならばと後ろに振り向いた。
「えっと、どっちから来たんだっけ?」
ときたま地図を広げながら歩いたからか、通ってきたであろう道に全く見覚えがなかった。まるでここまで瞬間移動したかのようである。
道に迷ってしまったらしい。でも慌てるほどでもない。歩いた時間は覚えている。
今いるこの場所を目印にして、歩いたであろう道を探せばいいだけだ。むしろ迷ったおかげで、少しだけ町に詳しくなるというもの。
帰りが遅くなれば、エルネジュアを心配させるかもしれない。それだけが唯一の気がかりである。
とりあえず地図を見ながら歩かないようにしよう。地図を見るときは足を止める。そうして風景を覚えれば、一度通った道で迷う心配はない。
ティリアは地図を畳んで前を見た。すぐ背中に人が迫っているとも知らずに。
「こんにちは」
急に声を掛けられて、ティリアは真顔でさっと振り向く。振り向く速度は、周囲を警戒する草食動物のようだった。
すぐ後ろにいた人は、ティリアと同年代と思われる女の子だった。飾りっ気がない地味な服装でいる。
とりあえず挨拶を返そう。
「こんにちは」
彼女はきっとこの町の住人に違いない。旅人だったら大きな荷物を抱えていてもよさそうなものだ。旅人であれば、見ごたえがない市街地を歩く理由もないだろう。
つまり彼女はこの町についてティリアよりも圧倒的に詳しいはずだ。
すぐ頭によぎった考えは、道を訊くという作戦だった。教えてもらえれば、もはや何の心配もいらない。
ティリアは彼女をじっと見つめる。そのせいか、彼女もティリアから目を離せずにいた。
これはにらめっこでは無い。目を外しても、全く問題はないのだ。
彼女はふとティリアの手に視線を落とす。
「もしかして、道に迷っているの?」
心を読む能力でもあるのかと驚きたいところだが、握りしめた地図で一目瞭然だ。
ティリアが頷くと、彼女も同じように頷いた。
「実は、そうなんです」
沈黙は思考のためにある。道を訊くかどうかで思案した。
訊いてしまえば早い。しかし時間を取って迷惑にならないか心配だ。まあ、その場合は断ってくれるだろう。
「あの、迷惑じゃなければ、道を教えてもらえませんか?」
「いいけど」
「本当に?」
「暇だし」
彼女は快く答えてくれた。ティリアは喜びを抑えれなくなる。地図を握りつぶしてしまいそうな勢いだった。
「どこに行きたいの?」
「ここです」
ティリアは地図を広げて、赤い印の場所に指を落とす。
「ああ、しつばに行きたいの」
「しつば?」
「お店の名前。略称だけど。お店が、勝者が集う場って名前なの。どこにでもあるような庶民的な雑貨店だけどね」
彼女は地図から目を離す。
「こっち。着いてきて」