覗き見る。
お店は、家の廊下を進んだ先だった。よくある木の扉で遮られている。
ドアノブをゆっくりとひねり、徐々に押していく。片目を閉じて、開いている目で扉の隙間からの光を見た。
お店に居た人は、エルネジュアだけだった。お客さんは誰もいない。
そのエルネジュアはどこに居たのかというと、扉の正面にいた。ティリアは待ち伏せをされていたような気分になる。されていたのだけど。
お店を覗き見て、一番最初にエルネジュアの目を見るとは思っていなかった。ティリアは気まずさを笑顔でごまかす。
「こんにちは……」
「忍び寄るなら、もっと慎重にやらないと。こそこそして、どうしたの?」
扉を大きく開け放つと、ヒンジからキィと音がした。
「さっき、何か慌ただしそうだったので、何かあったのかなと気になって」
「聞こえてた? 気を使ってくれてありがとう。実は、ちょっとね」
「何があったんですか?」
エルネジュアは首だけ、お店の方に振り向いた。視線の先にはひとつの鞄が置いてある。片手に掛けられるくらいの小さな鞄だった。少なくとも、その鞄は魔法薬ではない。
「お客さんが忘れ物をしてしまったのよ。仕事で使う大事なものみたいだから返したかったのだけど、気づいたときにはもう遅くてね。慌てて店先に出た時にはもう影もなくて」
つまり、こういうことか。エルネジュアはお店から離れられない。しかしそれでは、お客さんに鞄を渡せない。エルネジュアが二人いれば、店番と届けると分担できるのだけど。
ティリアは手に力を込める。今こそ役に立つ時だ。
「その鞄、私が届けてきます」
「行き先はわかるの?」
「わかりません。教えて下さい」
「そうできればいいのだけど、私もお客さんがどこで働いているのか知らないから」
「何か、方法はないんですか?」
「魔法で居場所を探知すればわかると思う。でも移動していたら都度、探知しないといけないから。そういう魔法薬の用意があればよかったのだけど」
ティリアでは魔法が使えない。つまり鞄の持ち主を見つけられないわけだ。それに会ってもいない相手だから、すれ違っても判らない。
エルネジュアの力になれると、ティリアは高揚した。一転、今ほどの落ち込み具合はそう無い。
さて、役立たずは帰りましょうか。ティリアが踵を返そうとしたところ、エルネジュアが提案する。
「ティリアさん、ちょっとの間だけお店を見ていてくれない? その間に、私が鞄を届けてくるから」
ティリアの視界に、魔法薬店の全景が目に入る。ここを守れというのか。
どこにも汚れ一つなく、とても上品な店内だった。
「そんな。私にできますか?」
「んー、多分お客さんは来ないと思うし。魔法薬はちょっと高級品だから、お客さんもそんなに多くないのよ」
「高級品……。そんなものを私は部屋の明かりにしたり、洗顔に使ったりしたんですか」
朝食の食器を洗うためにも、魔法薬を使った。
「そうなるのかな? でも気にしないで。技術があれば簡単につくれるものだから」
つまり、技術がなければ難しいのだろう。本当にそれは簡単なのか。
魔法薬は簡単に作れると、エルネジュアは言った。本当に簡単でも、間違いなく手間がかかるはずだ。それだけの恩を受け続けるのであれば、こちらも何かしら返したい。
あまり過去を思っていても仕方がない。ティリアはこれからも日常的に魔法薬を使っていくのだろう。その未来を現実とするならば、言わなければならない言葉がある。
「わかりました。私がこのお店を守ります。エルネジュアさんは行ってください」
お店のシステムすらわからない。しかし説明を受けている時間はない。難しい課題かもしれないが、だからこそやりたいと思う。
エルネジュアは鞄を持ち上げて言った。
「じゃあここをお願いね」




