初めての町
列車の窓から暖かな太陽光が差す。散歩に適した午前中、ティリアはガラス越しに移りゆく景色を見ていた。
ここまでの車窓は草原や森など自然ばかりだった。しかしランティアの町に入り、都会の町並みが顔を見せる。
ティリアはキラキラとした眼差しで、次々と過ぎてゆく町の建物を見つめた。
今日から、この町で暮らしていく。そう思うと逸る気持ちが爆発しそうなくらい膨れ上がる。
これからどんな出会いが待っているのか。想像するだけで口元が緩む。
列車は減速をする。ランティアの東中央通りに沿って走っている列車は、徐々に地下へと潜っていく。
ランティアの駅は地下にあると聞いている。窓の外が真っ暗になる訳は、駅に近づいているからに他ならない。
列車の天井で灯る魔法灯だけが、足元を優しく照らした。
ティリアはその明かりを頼りに、荷物を確認する。取り出していたお菓子や手紙を仕舞い込み、下車の用意を進めた。
程なくして、列車はキリキリ音を立てながらより減速していく。そして完全に停止した。
「おまたせ致しました。ランティア東中央通り二番街駅に到着です。出発は半時後。乗り過ごし等無いように」
係員が列車内を歩きながら誰にでも聞こえるように、大きな声を出していた。
ついに着いてしまった。初めての都会である。
ティリアが今まで暮らしていた村はもっと自然が豊かだった。足元はどこも土で、石畳なんてない。隙間風がある家だって当たり前だった。
逆にランティアはどこでも石畳で、しっかりした家ばかりが建っているという。
列車が出るまではまだ時間がある。しかし、列車内に留まっている理由もない。
風船のように膨れ上がった荷物を手に立ち上がる。鞄の重さが手に掛かった。あまりに重くて体が持っていかれそうになるが、力づくでなんとか耐える。
ティリアと同じくらいか、それ以上に重いであろう荷物を背負って外へ向かう。途中、列車の壁に鞄をぶつけたりした。
列車から出ると、そこはもう知らない世界であった。駅のホームはスポーツができそうなくらい広い。
そこかしこに人がひしめき、笑ったり怒ったりしていた。
ティリアは列車を背に、周囲を見回す。手紙によると、駅まで迎えがあるはずなのだ。
藍色の服の女の人。初めて会う人なので、顔はわからない。
しかし見当たらなかった。
藍色の服なんて曖昧な印では、往々にして人違いが起きそうなものだ。それなのに駅には藍色の服が一着も存在しないのだから驚きである。
もしかしたら、手紙に他の特徴が書いてあるかも。見落としていた情報があるのかもしれない。
ティリアはまた手紙を読もうと、背負った鞄に体を捻りながら手を突っ込んだ。手紙は鞄の一番上にあったので、簡単に取り出せた。
藍色の服以外にも、何か見分ける情報はあるのかな?
そのとき、ささやかな風が吹く。風に誘われて、手紙がティリアの指からすり抜けた。
白い紙が宙を舞う。鳥のように飛び上がる。
飛ばされた手紙を読むなんて技術、ティリアは持ち合わせていなかった。だから、なんとか追いかけて捕まえなければいけない。そうしなければ、手紙を再確認できなかった。
ずっと頭上高くまで行った手紙は、もはやティリアではジャンプをしても届かない。
風が収まるまで待ち、手紙の落下地点を予測すると、また風が吹く。
そうしてどんどん先へ、手紙が飛ばされていった。
「待って!」
呼びかけても、手紙には言語を理解する能力がない。ティリアを無視して、風に乗ったまま進んでいく。
ティリアは鞄を左右に揺らしながら走った。両肩にかかったベルトを両手でしっかり握る。重い荷物はティリアの体を左右に振って、体力を消耗させた。
不思議と手紙は落ちなかった。床に近づくとまた風が吹いて持ち上がるのだ。
手紙はどこまで行くのだろう。このままでは駅を出てしまう。駅で待ってくれているであろう、藍色の服を着た女の人から離れているのではと気がかりである。
しかし手紙も無視できない。
まだ見ぬ藍色の服の女の人に申し訳無さを感じながら、ひたすら手紙を追いかけた。
ついに手紙は外に出る。地下にある駅から階段を上り、まんまる太陽が見下ろす町へと飛び出した。
窓越しではない、ランティアの町が現れた。石で作られた町並み。ティリアはまるで異世界に迷い込んだかのような錯覚をした。
ティリアが飛び出した場所は、ランティア町の東中央通りだった。通りは建物を四軒でも五軒でも並べられそうなくらい道が広い。
道の両脇には壁のように高い建物が、隙間を開けずに並んでいる。
お店はどこも繁盛していた。通りに机と椅子をはみ出させたレストランが特によく目立って見える。
ここがランティア。国内で二番目に大きな都市で、観光客も多い。世界最大の魔法学校まである町。
手紙を忘れて町に見惚れる。これから本当にこの町で暮らすのだろうか。現実味がない。まるで夢のようだ。どこかに王子様やお姫様が居るのではないだろうか。
っと、手紙を忘れてはいけない。
ティリアは手紙がある空へ目を向ける。風は収まっていて、重力に従い落ちてくるところだった。
ゆらゆら揺れる手紙の落下地点にティリアはいない。だからその地点へ入ろうとしたのだが、既にそこには人がいた。手紙はその人の両手に落ちた。
「すみません。それ、私のです」
「あなたの?」
「そうなんです。なので返してくださる――」
手紙を拾ってくれた人、その女の人には手紙を渡してくれるような仕草はない。代わりにティリアの目を見て微笑んだ。ティリアはその目に吸い込まれそうになる。
「ようこそ、ランティアへ。ティリアさん。私はエルネジュアです」
その女の人、エルネジュアは藍色の服を着ていた。