第3話 呪いを解いてもまだ依頼は終わらない
「ジークさん、あの屋敷です!」
「あそこか……やっぱり大きいな」
王城の近くにある大きな屋敷、シェリアの住むクロニクル家の屋敷が見えてきた。
やはり王家の血筋と魔法省長官と元騎士団長の屋敷は大きいなと思いながらクロニクル家の屋敷の前に降り立つ。
シェリアを下ろすと今まで被っていたフードを外した。
シェリアの髪は母親のシャーロット様の二つ名でもある【紅蓮の聖騎士】の由来の一つの美しい紅髪を継いでいた。
夜の暗闇でも映える長い紅髪で、瞳の色俺の好きな青空のように綺麗な空色の瞳だった。
可愛い顔に綺麗な紅髪と空色の瞳、そして大きな果実……すぐにでもデートに誘いたいが今はそれどころじゃない。
シェリアは屋敷の扉を思いっきり開くと中から燕尾服を着た初老の執事が焦った様子で出迎えた。
「シェリアお嬢様!今まで何処に……」
「グレイ、お父様はお母様のところ?」
「はい。奥様の呪いを解こうと……そちらの方は?」
「私達の希望になってくれる方よ。ジークさん、こちらです!」
「ああ!」
「お、お嬢様!?お客様!?」
執事のグレイさんの静止を振り切り、屋敷の奥の部屋に案内された。
そこは恐らく寝室で大きなベッドに横たわっているのがシャーロット様でその隣で必死に魔法術を掛けているのが夫のクロニクル家の当主だろう。
「シェリア!今まで何を……彼は?」
「初めまして。俺はジーク・セレスティアル。下町で便利屋をやってる」
「便利屋だと!?」
「シェリアさんに依頼されてシャーロット様とお腹にいる弟さんを助けに来た」
「馬鹿な!下町の便利屋が妻の呪いを解けるわけが──」
「霊創術七式【心眼】」
当主にごちゃごちゃ言われる前に左眼に霊力を込めると、左眼を覆うように青白い炎のような光が現れて輝き出す。
「な、何だその魔法術は!?」
「お父様、ジークさんは特別な魔法術を使いますわ。ここは彼を信じてみましょう」
「シェリア……う、うむ……」
俺の霊創術を間近で見たのと愛娘のシェリアの説得でとりあえず当主は大人しく下がった。
シェリアに心の中で感謝しながら心眼を発動させた左眼でシャーロット様を見つめる。
心眼は普通の目に見えない【モノ】や魔法術の【術式】を見破る事が出来る。
シャーロット様の腹部全体に不気味な赤黒い紋様が浮かんでいた。
その紋様の形を俺は見たことがある。
「腹部全体に呪い……この模様の形は……間違いない、これは【呪法紋】だ」
「呪法紋だと!?馬鹿な……それは禁忌の……!?」
「昔、西の国にある学園都市の大図書館でこれと同じ文様が記された本を見たことがある。刻まれた者の命を蝕み、最期には塵にするものだ……ん?」
心眼でよく見ると腹部の更に奥……胎児を覆う胎盤に聖なる光が纏うように見える。
その光が腹部に刻まれた呪法紋の効果が胎児に与えないようにしているようだった。
「光属性……?でも、誰が……?」
魔力には属性があり、基本的な属性は自然を構成する火・水・地・風の四属性で、あとは四属性から派生するものがある。
しかし、光か闇の魔力属性が発現するのはとても希少で光属性に関しては公言されているものでこの国を治めているツルペタ女王しか有していないはず……でも、今はそのことを考えている暇は無い、すぐにシャーロット様を救わないと。
シャーロット様の腹部に向けて右手を手を伸ばそうとしたその時、ガシッと手を掴まれた。
「シャーロット様……?」
「誰かは知りませんが……お願いします……私はどうなっても構いません……でも、この子だけは、この子だけは助けてください……」
呪法紋で命が蝕まれているのにも関わらず力強く俺の腕を握っていた。
俺を見つめるその赤い瞳からは自分を犠牲にしてでも我が子を守ろうとする母の強い願いが込められていた。
だけど、シャーロット様のその願いだけは受けるわけにはいかないな。
「悪いな、シャーロット様。依頼は既に娘さんから受けている。あなたと、お腹にいる弟を助けてってな……だから!」
呪法紋を打ち消すための力を発動する為に霊力を最大出力で解放し、体中から青白く輝く霊力が迸る。
「必ず助ける……霊力全解放、霊創術一式……」
俺が発動するのは霊創術の原初で最強の術。
即ち、霊創術を俺に教えてくれたジジイが初めて創り出し、使用した術でもある。
人差し指と中指の指先にその術の力を込め、シャーロット様の腹部に触れながら発動する。
「【破魔】!!!」
次の瞬間、ガラスが派手に砕け散るような音が鳴った。
シャーロット様の腹部に刻まれた赤黒い呪法紋が蒸気のように細かい粒子となって宙に登っていき、消滅していった。
それによりシャーロット様の顔色が一気に良くなり、目の前の光景にシェリアと当主は目を疑った。
「お母様……?」
「シャーロット……?」
「シェリア……あなた……」
シャーロット様は笑みを浮かべ、俺は二人を安心させる為に事実を告げる。
「もう大丈夫。シャーロット様に刻まれた呪法紋は【破壊】した。お腹の子も無事です」
「あぁ……お母様!」
「シャーロット!」
二人はシャーロット様に駆け寄り、俺は静かにベッドから下がる。
シャーロット様の無事に涙を浮かべながら喜び合う二人に俺はホッと一安心して壁に寄りかかる。
本来なら禁忌の魔法術の一つである呪法紋は情報量が極端に少ないためか、恐らくは魔法省でも呪いを解く研究があまりされてないだろう。
だけど、霊創術一式の破魔はそれを問答無用で破壊出来る。
破魔の能力、その力は全ての【魔】を破壊し、【無】へと変える。
俺の知る限りでは破魔は対魔法術最強の切り札と言っても過言ではない。
何にしてもこれで依頼は完了だな、後は依頼料を貰って魔法騎士団に後を引き継いで──。
「イタタタタタタッ!?」
「お母様!?」
「シャーロット……まさか、産まれるのか!?」
「えっ!?陣痛!?」
そ、そう言えばシャーロット様の子供はもうすぐ生まれるって……まさかこのタイミングで!?
「シェリア、すぐに家に待機してもらっている助産師を!」
「は、はい!」
シェリアは急いで部屋を飛び出して助産師の元へ走った。
出産となると俺に出来ることはないのでとりあえず帰ろうかなと思ったが……。
「──当主、今すぐにこの屋敷に【守護結界魔法術】の準備をしてくれ」
守護結界魔法術とは指定した場所に半円型の結界を展開し、外部からの侵入や攻撃を防ぐ高度な魔法術。
この国を外部からの魔獣の侵入を防いでいるのはその守護結界魔法術の巨大版のようなもの。
この屋敷を包むほどの魔力と技術は一流魔法師クラスでないと無理だが、魔法省長官の当主ならお手の物だろう。
「何故守護結界魔法術を?」
「外に気配を感じる。少し前にシェリアを尾行していた暗殺人形と同じだ。ちょっくら片付けてくる」
「何だと!?だとしたら君一人では危険だ!私とグレイも手伝おう!」
「必要ねえよ。俺一人で全部片付ける。だから当主は屋敷内で守護結界魔法術に専念してくれ。執事さんには助産師さんかあんたのサポートにでも付けてやってくれ。あと、何か軽食を用意してくれねえか?腹減ってるからさ。外を片付けたら食わしてくれ」
俺の要望を一方的にお願いして首や肩の関節を鳴らしながら部屋を出ていくと大急ぎで走ってきた助産師のおばちゃんとすれ違い、その後をシェリアが来た。
「ジークさん?あの、どちらへ……?」
「ちょいと、外の邪魔者達を退治してくる。これから当主が守護結界魔法術を展開するから、決して屋敷の外に出るなよ」
「邪魔者って……ジークさん!」
「シェリア。俺の知り合いが昔こう言ってた、出産は女の……母親の命を賭けた戦いだって。だから、君はシャーロット様……お母さんの側にいて、二人の無事を祈るんだ」
「……はい!」
シェリアを落ち着かせながら背中を軽く叩くと、自分のやるべきことをしっかり判断して俺に向かって頷きながらシャーロット様の元へ走った。
俺も急いで玄関に向かい、執事のグレイさんに俺が外に出たら鍵を全て閉めてくれと頼み、玄関の扉から外に出る。
しっかりと扉を閉めると中からグレイさんが鍵を閉める音が聞こえ、その直後に屋敷全体に無数の魔法陣が展開され、守護結界魔法術が発動された。
守護結界魔法術の結界の壁を軽く叩くと小さな衝撃が発生し、叩いた俺の手が弾かれた。
流石は魔法省長官を勤める当主だ、これほど高密度な守護結界魔法術を展開出来るなら俺も安心して戦える。
「さてと……」
屋敷から庭に目を向けるとそこには少し前に倒したのと同じタイプの暗殺人形がザッと数えて五十体ぐらいいた。
とりあえず暗殺人形は【一体】だけ【残して】、後は容赦なく全滅させる事にする。
「今夜は徹夜になりそうだな……」
シャーロット様とこれから産まれる子供を葬りたい理由が分からないが……霊創術があれば今夜中には【黒幕】に辿り着ける。
そして、母とこの命を同時に奪おうとしたこんなふざけた真似をした黒幕をフルボッコにしなければならない。
一息をついて目を細めながら気合を入れ、俺は【刀】を……【霊龍刀オウガ】を鞘から抜いて剣術の基本の型の一つ、中段……水の構えを取る。
「霊創一刀流剣術……推して参る!」
地を思いっきり蹴って跳び、暗殺人形に向かって突撃して霊龍刀オウガを振るう。
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