第2話 変な暗殺者と戦う
俺は椅子から立ち上がって壁に立てかけてある武器……北の国で作ってもらった【刀】と呼ばれる片刃の剣を手にする。
「あ、あの、店長さん……?」
「お嬢さん、奥の部屋に隠れていて。外に不審者がいる」
「えっ?」
「早く」
「は、はいっ!」
お嬢さんは俺の緊迫した声に理解して言う通りに店の奥に避難する。
部屋の明かりを消し、息を整えながら静かに外に出た。
店の前は普段ならそれなりの人通りが多いはずが今に限って人の気配が無かった。
恐らくはかなり高度だがある一定の場所に人が来ないようにする人払いの魔法術を使った可能性がある。
すると、俺の前に黒いフードを被った不気味な人影が五人現れた。
五人はあのお嬢さんと違って【生気】が感じられなかった。
明らかに人間じゃないのは明白だった。
「いやー、悪いね。今日はもう店じまいなんだ。これから可愛いお嬢さんとデートの約束があるからね♪もし俺に依頼があるなら明日来てくれるかな?明日なら日の出ている間ならいつでも来て良いからさ」
そんな約束はもちろん無いが冗談を言いながら丁重に帰ってもらおうとしたが、その答えは五人が同時にナイフを構えることだった。
予想通りの展開なので軽くため息を吐きながら刀の鯉口を切る。
五人の暗殺者が一斉に襲いかかると同時に両足に青白く輝く【霊力】を宿した。
「霊創術九式【跳躍】」
軽く地を蹴ると俺の体が一瞬で高く飛んだ。
暗殺者のナイフが届かないほどかなり高く飛び、その間に俺は右手に両足に宿したものと同じ霊力を纏って刀の柄を握り、そのまま霊力を刀に流し込む。
「霊創術五式【斬撃】。霊創術十七式【拡散】」
ドクン……!と心臓の鼓動のような音が刀から鳴り、地面に降り立って暗殺者の次なる攻撃が来る前に右腕に力を入れて全力で刀を鞘から抜く。
「霊創抜刀術二式【百花烈空刃】!」
勢いよく抜かれた刀の刃から三日月のような形をした大きな霊力の斬撃が放たれる。
暗殺者は霊力の斬撃を避けるためにその場からバックステップで下がるが、それじゃあこの攻撃を避け切るのは不可能だ。
次の瞬間には大きな三日月の斬撃が一瞬で手のひらサイズの小さな無数の三日月の斬撃へと変化して高速で飛び、避ける暇もなく暗殺者全員の体中に叩き込まれた。
百花烈空刃は複数の敵との戦いで一度に全て攻撃するためにジジイから教えてもらった【術】を元に俺が【考案】した技だ。
刀に込めた霊力を更に追加で込めれば人を簡単に斬り裂くほどの威力があるが、今回は気絶させる程度に抑えた。
「さーて、顔を拝ませてもらうかな」
倒れている暗殺者の一人のフードを鞘で退かしてどんな顔を拝もうとしたが……。
「……人形?」
それは人どころではなく、よく出来た偽物……木で出来た人形だった。
人形の額には恐らくは血で描かれた【魔法陣】が描かれていた。
魔法陣は魔法術を発動するための術式の一つで魔法術を対象物に確実に発動させる為や術者の魔法術の威力を高めるなど様々な使い方がある。
だけど、人形に描かれた魔法陣は俺の知る限り悪質極まりない【最悪】なものだった。
もっとよく調べようと手を伸ばした瞬間に人形の魔法陣が不気味な赤い光を放つと、ボロボロに崩れ去って砂となってしまった。
これは明らかな証拠隠滅……これの術者はかなりの力を持った魔法師と言うことは間違いない。
一体何が起きているか分からないがすぐに行動しなければ間に合わなくなると直感し、すぐに店の中に戻った。
「お嬢さん、もう大丈夫だ!」
「そ、そうですか?一体何が……」
「悪いけど、のんびり話している状況じゃ無さそうだ。今すぐに君のお母さんのところに行こう」
「依頼を、受けてくれるのですか!?」
「とにかく、その辺りの話は君の家に行きながらだ!」
お嬢さんを外に連れ出し、店の鍵を閉める。
「君の家の方角は?」
「はい、私の屋敷は貴族街のお城よりです!」
「貴族街の城より?超一頭地じゃねえか。分かった。お嬢さん、ちょっと失礼するぜ」
「えっ?な、何を?キャァッ!?」
俺はお嬢さんをお姫様抱っこで抱き抱え、互いの顔が近くなってお嬢さんの顔が赤く染まる。
「悪いな、霊創術十式【双翼】!」
俺の背中に大きな白い翼が生え、羽根を散らせながら羽ばたかせる。
「つ、翼!?」
「飛ばすよ、しっかり掴まってな!」
「え?う、嘘ぉおおおおおーっ!?」
お嬢さんのいいリアクションに思わず笑いそうになるのを堪えながら俺は翼を思いっきり伸ばして羽ばたき、夜空に向かって思いっきり飛ぶ。
あっという間に下町を歩く人と建物が小さく見えていき、そのまま貴族街に向けて飛ぶ。
恐らくは人生初であろう空を飛ぶ経験にお嬢さんは酷く驚いていた。
「空を飛んでいる……?」
「初めてだろ?」
「も、もちろんです!こんな見事な飛行魔法術……うちのお父様でも使えるかどうか……?」
「それで、今まで聞きそびれていたけど、君の名前は?かなり位の高い貴族のお嬢さんだと思うけど……」
「は、はい。申し訳ありません。私は……シェリア。シェリア・クロニクルと申します」
シェリア・クロニクル。
うん、お嬢さんにピッタリの可愛くていい名前だ……ん?クロニクル?
「クロニクル家って……まさか君のお母さんは魔法騎士団の元騎士団長のシャーロック様!?」
シャーロック・クロニクルはこの王国を守護する組織【魔法騎士団】で騎士団のトップで、全ての騎士の憧れである騎士団長を務めていた人だ。
今はもうとっくに引退しているけど、その凛々しく美しい姿と女性とは思えない見事な剣捌きと派手な魔法術。
そして、貴族だろうが平民だろうが関係なく自分の守るべき大切な存在だと宣言して引退する最後の時まで戦い続けた最高の騎士だ。
魔法騎士団初の女性騎士団長で平民にもフランクに話し、下町で普通に買い物とかするので俺たち平民にとって親しみのある敬愛する存在でもあるのだ。
「はい……お母様が……シャーロックお母様が……」
「さっき、お腹にいる弟って言ってたよな?シャーロック様が二人目を?」
「はい……お母様は子供が出来にくい体質で、私を産んでからなかなか出来なかったのですが、今年奇跡的に宿したのです」
シャーロック様ってそれなりに歳を重ねているよな……引退した後にシェリアを産んだと仮定してもそこそこの高齢出産だな。
「ですが、もうすぐ出産間近と言うのに、一週間前……お母様のお腹に不気味な魔法陣が浮かんで……呪いが、掛けられて……」
「おいおい、クロニクル家は遠縁だけど王家の血筋で、更には当主……君のお父さんは魔法省の長官でシャーロック様は元騎士団長だ、幾らでもこの国の高名な魔法師に頼めるだろ!?」
クロニクル家の当主でシャーロット様の夫は魔法術とそれに準ずる法律の管理とこの国の魔法術の発展を行う公的機関【魔法省】の長官だ。
その長官の妻であり、騎士団長としての多大な功績のあるシャーロット様の危機なら国が動かないわけがない。
それなのに未だ解決しておらず、その一人娘のシェリアがわざわざ俺の元に来るのはおかしい。
「それが、お父様の力でも、この国の高名な魔法師にいくら頼んでも呪いが解けなくて……頼みの女王陛下も今は外交中で国を離れていますので……」
「ったく、あのツルペタ女王め……肝心な時に役に立たないんだから……」
「え?」
「いや何でもない。騎士団も今は国外の大掛かりな魔獣退治に出掛けていたな……」
魔法騎士団は現在、もぬけの殻とは言わないが現騎士団長を始めとする幹部クラスや有能な騎士達が国の外で暴れている魔獣退治に出かけている。
「つまり、王家と騎士団の主要メンバーが不在のこのタイミングで何者かがシャーロット様とお腹の子を二人同時に葬ろうとしているわけか……」
そして、シャーロット様の娘のシェリアが余計なことをしないようにとあの人形の暗殺者を使って尾行していたってところか。
「店長さん、あなたのことは【魔法学園】で噂を聞いたのです。下町にどんな依頼でも受けてくれる不思議な力を持つ魔法師がいると……」
「え?俺の噂が魔法学園にも?」
「お願いします!もう、あなたしかもう頼れる人はいないんです!お願いします……」
シェリアが俺の服を握る手が震えてる。
シャーロック様と弟を助けようと手を尽くしたが次々と希望を打ち砕かれて来た。
大切な母親とこれから生まれてくる弟を同時に二人も失うかもしれないんだ精神的にもかなり追い込まれていると察した。
「シェリア、君の依頼……引き受けた。必ず君のお母さんと弟を助けよう」
「店長さん……」
「ジークだ。ジーク・セレスティアル。それが俺の名前だ」
「ジークさん……お願いします!」
「ああ!」
シェリアの依頼を正式に引き受け、一刻も早くシャーロット様と弟を助けるためにクロニクル家の屋敷へ急いだ。
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