プロローグ
今日も楽しくない一日が始まるのか……
俺の毎日は灰色の世界に包まれていた。
三日前に痴漢から女の子を救って、俺は英雄になれると思っていた。
「この人痴漢です‼」
その子が掴んだ毛は、俺の首に生えていた見えづらい場所に生えた一本だった。
痴漢は颯爽と電車の中の人込みを潜り抜けていき、新たな獲物を探しに行った。
俺の運は人一倍悪い。
思春期に好きな女の子に告白したら
「髭が生えている人は好みじゃない」
と、断られた。それなら仕方ないと思う人もいるかもしれない。
しかし、俺の顎に生えていた毛は、朝剃り残した首の見えづらい場所に生えた一本だけだった。
その後、彼女は髭面のイケメンと付き合っていた。
さらに昔には、小学生の頃、近所のサッカーチームに所属していたのだが基本的にはベンチであり、たまたまその日、レギュラーの大半が風邪で来れなくなってしまい試合に出場することになったのだが、
「こいつ、ひげ生えてね?」
と、相手チームに舐められ、開始早々に審判の見えないところで激しいタックルをくらった。
あばらが折れる重症となった。
因みにその日、俺の顎に生えていた毛は、朝剃り残した首の見えづらい場所に生えた一本だけだった。
これは、俺の記憶にある中で最悪と思われる事件を羅列しただけだが、これだけでもわかるように、俺は本当に運が悪い。すべての元凶はこの毛なのか? でも、辛辣なものにこの首の毛が関わっているだけで、それ以外にも結構運は悪いのだ。
俺は家を出た。街を吹き抜ける一縷の風に爽やかな気持ちになる。でもやることは楽しいことでもなんでもなく、ごみ袋のストックがなくなったから、近所のスーパーに買いに行くだけだ。
近所のスーパーにゴミ袋は売っていなかった。目の前で売り切れ。こんな、みんな一緒に買うことある? と思ったが、ないなら仕方ない。俺は首の毛をポリポリしながら、別のスーパーに繰り出す。
別のスーパーにも売っていなかった。
「マジかよ……」
こうなると、隣町の家電量販店まで行くしかなかった。この町は別に田舎というわけじゃないが、そんなに店が多くない。閑静な住宅街で運の悪い俺が住むにはもってこいの場所だと思っていた。
が、スーパーにないものを求めるには、隣町に行くしかないという欠点。それを見抜けずに、不動屋さんのおっさんに勧められるがまま契約してしまった俺は、やはり運が悪かった。
「仕方がない……まだ日も高いし偶には散歩がてら歩いて行くか」
俺は踵を返し、歩いて隣町まで行くことにする。道の途中で、近道かと思われる場所を発見した。
「ラッキー、こんな道あったっけ? ただ見落としていただけかな……」
少し鬱蒼とはしているが、ちゃんと舗装された道ではあるし、行けないことはない。ここを通れば迂回することなく直線的に目的の店に着くはずだ。
俺はささやかなラッキー感を胸に、今日はいいことあったなぁと独り言を喋りながら道を歩く。
夏の終わり、まだ残暑の残る日本の片隅で、一人の男が進むこの道は、太陽の光を存分に吸収し、熱気を含んで俺を祝福しているかのようだった。
「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」
ありがとう。あれ? なんでありがとう? てか誰が言っているの? 運が悪すぎてついに幻聴が聞こえるようになったのか? アスファルトさんありがとうとか思っていたからか? バカか俺は。
俺は知らない場所に立っていた。
初投稿! 気楽にやっていきます。