鬼侯爵と雇用契約
「やっとまともなお見合いの話がきました」
意外に浮いた話がなかなか来ないアルバートの臣下たち。王位を襲ったとして、あまりいい噂はなかった。
そんな中での縁談、一番若いジルにとって、できれば恋愛結婚したいと思っていた矢先だった。相手の顔と性格は把握している。
仕事が忙しすぎてここ数年はできないだろうと現実は厳しいことを知っていたから、ここから恋愛に発展させたいと相談していた。相談相手は一人を除いて独身。その一人も契約結婚なので相談相手を間違えていると思うんだが?と、ノアは思った。
「そういえば、社交界には恋占いで有名な女性がいましたよね。恋のお悩み相談も適切にアドバイスしてくれた女性です。確かどこかの侯爵夫人になられ、侯爵自体も随分前に夫人を伴い領地に引きこもってしまったとか。それから社交界には一切出てこられていない。今どうされているのでしょうね」
防衛を任されているノアが姉に引きづられてお茶会などに強制参加させられていた少年時代の噂話を思い出した。
「恋の相談ができる方って、今の社交界ではいないよね。ゴシップ好きの方は大変多くいらっしゃいますがね」
「うーん、そういえば、夫人を社交界には絶対に出さない侯爵って身直に一人いるよね。鬼のフィードリス侯爵」
国の財政再建を推し進めるフィードリス侯爵は、何かにつけて粗を指摘し、アルバート達の提案を鬼のように却下していく。
完璧な書類以外は全部破棄される徹底ぶり。
鬼の様に厳しいのは財務という職務内容の所為かと思ってきた。
2年ほど前に、人材発掘の旅に出ていた際彼をスカウトしたのは、アルバート本人である。
その際、一通り調査していた。本人の経歴は問題なかった。
むしろ、時代の流れを見て領地で隠居生活を選択したことが、好印象だった。
なんで引き受けてくたんだっけ?
『こんな所まで来やがって、人の生活を脅かしやがって。お前がきたせいで、王都のゴタゴタに遅かれ早かれ巻込まれる。そうなる前に責任とって、とっとと王都制圧してこい。そうしたら引き受けてやる。俺の静かな生活を取り上げた仕返しに虐めて倒してやるから』
「…」
俺のせいか…。
そう、むちゃくちゃいじめられている。王なのにこき使われている。何故採用して重用しているんだろう。
それ以上に侯爵は働いている。
「弟を見捨てた罪滅ぼしですよ」
つい最近、深夜酒を持って財務室へ伺った時、一杯だけだと珍しく話をしたその時に漏らした一言。
しかしながら、5年程政治から遠ざかっていたことにより、政変に巻き込まれず、今官僚として活躍している。
「侯爵はきなくさくなる前に弟に国政任せて、領地に引きこもりましたもんね。弟さんは残念なことに権力争いに巻き込まれてお亡くなりに。噂話では領地経営もそこそこにすべての情報を遮断して、奥方と3年ほど引きこもっていたらしいです。その後、お子さんが生まれからは、領地で幸せに暮らしていたらしく、侯爵がアルバートにスカウトされてからは、王国内の屋敷に暮らしているみたいですよ」
侯爵は奥方や子供の話を一切しない。しかも社交界には一切出てきていないので、らしいとしかいえないと、宰相の一人であるギルバードが答えた。侯爵は仕事以外のことを口に出すと不機嫌になるので、あえて話題にしない。家族の生活を守るために、そうしているようだ。
アルバートは思う。
侯爵は弟に公職を譲り渡す前、財務を握っていた時の状態に戻った段階で領地に戻るのではないか。
自分が逃げなければこうなっていただろうと思われる財政までの戻る間だけ、手を貸してくれてるようにおもう。
彼自身の心残りが片付いた時、彼はどうするのだろうか。
酒を一緒に飲んでも良いと思うぐらい心を開いたくせに、と思うくらい、気難しい侯爵を気に入っていた。
「そういえば、侯爵ってむっちゃもてますよね。むしろ、社交界では夫人の影がないので、いろんな女性が取り巻きにいます。女性の扱いがむっちゃうまいらしく、あしらい方も完璧。今まで女性関係の問題もなく…侯爵に相談すれば良いのか?」
ジルは良いこと思いついたとうなづいている。そんなジルにノアは答えた。
「ジル、侯爵に手解き受けるのはやめときなさい。遊びたいのであればいいと思われるが。そのまま気持ちを伝えた方が清く正しく楽しい恋愛になりますよ」
「じゃ、そうするよ」
ジルは素直に返事した。
「うわー、恋愛に青春、若いって良いなぁ」
若干年寄りじみた3人組は、うんうんと頷いた。
「3人共、早く相手を見つけろよ。そろそろ身を固めんと後宮から強制下賜するぞ。」
ギルバードは、職務上後宮の女性全員のプロフィールなどを知っており、政略、契約結婚の計画立案者の一人であったため、その命令は、自分にだけにはまだ出して欲しくなかった。命令が下れば、すぐ夢のない最適な政略結婚を組む自信があるからだ。
ギルバード、ノア、ウォルガーは、もうちょっと夢を見たいんだとか、休みくれとか、横暴だとか叫んでいた。