銀の魔女と癒し契約
「俺もそんな嫁欲しー」
立派な執務机の上にうつ伏せになったのは、アルバート。
現在のところ、国王というお仕事に就いている。目下の緊急課題は有能な人材のスカウトだ。
条件と能力を満たし、後はいけそうだと思った相手を片っ端から取り込んで組織化の真っ最中。
国内のあらゆる場所で様々な人間と会い続けている。連日の激務で若干の疲れが見える。
「アーリア様がいるでしょう?そういうお相手はそもそも後宮にいっぱいいるでしょう?」
国王側近の1人 ウォルガーは早く仕事しろと言わんばかりに胡乱な視線を向ける。
「契約婚は嫁とは言わん。それに彼女は今、いっぱいいっぱいだし、恋に恋する乙女ぽっくって、俺のこと見てるようでみてない。後宮の女性は基本褒賞品で下賜…いいよなぁ、お前らは、毎晩酒盛りして嫁選びだろう?楽しそうだよなぁ。」
しくしくウソ泣きしてすねだした。めんどくさい。ちょっとおかしくなってる。
誰だ、こんな時に嫁というわけのわからない単語を放り込んだ奴は!
「嫁…ごはん食べさせてほしい」
視線を空に漂わすアルバートを見て、一瞬本来の後宮に作り変えてしばらく放り込もうかと思ったが、現実に帰ってこなさそうだなと思いやめておいた。
いい大人が子どもっぽくなってるのは数年前、毒殺されそうになった時、ある女性に餌付けという甘い現実逃避を刷り込まれたからだ。
数年前、アルバートは会食時に毒を盛られた。耐性がない人間だったら死んでいただろう。
遅効性のものだったため、気がついた時には呼吸困難で苦しみ意識を失った。数日間、死線をさまよったらしい。
一時的に意識が戻った時、身体中の感覚が麻痺し、感覚がなくて、息苦しく、吐き続けた。なまじ耐性があっただけ凄まじい副作用が襲いかかる。どれだけの時間が経ったのかわからない。くるしい 気持ち悪い 死にたい 嫌だ ただただくるしい 。
朝の光を感じれるようになるまで、5日間、苦しみ続けた。
5日目の朝、喉が渇き、瀕死のため、体を動かすことはできず、なんとか口を軽く開くことしかできなかった。
ガザガザに乾ききったくちびるを湿らせてくれた。抱きしめて、がんばったねと何度も言ってくれたが後は覚えていない。
次の日からは多少水を摂ることができるようになった。口から零れる分は、彼女がハンカチで拭った。
彼がべットから起き上がれるようになるまで、毎食現れ、かいがいしく食べさせてくれた。
高級娼婦の別邸で、別の娼婦が最近で一番の上客をもてなそうと待っていたら、何故か彼が運び込まれたのがはじまりらしい。
彼女は介護の経験と口の固い人物として頼まれてここへやってきたという。
世間の噂では泥酔して娼館に行き、そこには馴染みの娼婦がいて、気に入ったため長期滞在している事になっている。
その主を夫人は献身的に介護し続けている。
年上の女性は蒼い瞳に慈愛の光をのせながらアルバートに解毒剤と食事を与え続けた。
「はい、あーんして」
今は銀髪碧眼の女性が栄養のあるスープをスプーンにすくって、アルバートの口元に近づけた。
「あーんさせてくれなかったら、ご飯差し上げられませんわ」
「気のせいだろうか?解毒剤は差し上げられませんと言っているように聞こえるのだが。」
艶やな笑みを浮かべ、アルバートのサラサラな金髪に触った。
「どう思われようとかまいません。あなたの生命が大切なのです。だから、わたくし自ら確認したものを自らの手で差し上げたいのです。食べ物を安心してとっていただき、心の安定を維持する為にも。せめてここにいる間だけは。」
回復して、自分で食べれるようになっても、彼女は自らの手で食べ物を与え続けた。鳥の巣にいる我が子に餌を与えるように。
安心して餌付けられた状態が当たり前のように行なわれ、約3ヶ月後、現場を見た親友たちが頭を抱えている。餌付けられた現場を見て、残念な男になっていることだけではない。
「皆様、アルバート様はすべての憂いから回復されたことを心からお喜びになられているのです」
そう、すべての憂いから解放された男が純粋な子どもの笑みを浮かべ存在した。
人の本質を見通すかのような純粋な瞳。もともと顔立ちが整っていたせいもあるが、微笑みの破壊力や存在感が、心の安定と共に花開いていた。これはもう、存在を隠すことはできない。今までのようにはいかない。
「癒しすぎましたかしら?」
すべてを癒したその女性は小首を傾げながらそう言った。
この友が今までのように、適当に心に鬱屈を貯め、すべてに不満げで引きこもり気味のままだったら、このまま亡命でもしようかと思って用意していた。
預けたくした先が悪かったのだ。
ここ以外だったら死んでいただろうとしても。
どんな病も毒も癒すー銀の魔女と呼ばれるリーヘンベルク夫人は、契約は必ず完璧に履行する女性であった。