表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第三話


朝起きると、そこは見慣れない部屋だった。

昨日の屋上での出来事からの記憶が曖昧だ…。


あたりを見回す。

至って普通の寝室だ。


フカフカの柔らかい布団に包まれていて、俺の隣には小さな少女…。


「ってうおっ!?なんで同じベッドで寝てんだ!?」


「んにゃあ〜。もう朝かぁ?」


目をシパシパさせながら体を伸ばし、いっちゃんこと一郎は俺の方を向いた。


大きなあくびをする。


「仕方ないだろぉトオル。あの後お前、屋上で寝ちゃったんだよ。お前の家なんて知らねえし、俺の家まで連れてきたんだよ。」


「そ、そうだったのか…。大きな声出してごめん。」


「ううん。気にすんなよ。俺は素直な子は好きだぞ。」


そう言って小さな手で俺の頭をよしよしと撫でてくる。


…なんとも言えない気持ちになる。

だってこの可愛らしい魔女の中身は130歳は優に超える男なのだ。


昨日慰められたことも相まって、妙な恥ずかしさが渦巻いてきた。


「目も覚めたし飯にすっか。

トオルも手伝ってくれ。」


いっちゃんはベッドから起きるとうーんともう一度体を伸ばした。

キノコ柄の可愛らしいパジャマを着ている。

…キノコ好きなのか。


ふと、自分のことを確認すると、俺もパジャマを着ていた。

どうやらいっちゃんのパジャマの色違いらしい。


「なぁ、いっちゃん。」


あることを聞こうとしたが、その疑問は聞くまでもなく解決してしまった。


パチンと彼女が指を鳴らすと、服装が一瞬で変わってしまったのだ。


彼女は昨日来ていた服。

俺はなぜかラフなTシャツとジーパンに。

もちろん柄はキノコ柄だ。


魔法で着替えさせてくれたんだな。


「じゃ、行こうか。」


ニッと少年の様な笑みを浮かべると、ついてこいと言わんばかりにトコトコと鼻歌を歌いながら歩き始めた。


「お、おう。」



朝ごはんの目玉焼きを焼きながらいっちゃんに質問をする。


「ここはどこなんだ?」


「ん?ここは俺の家だよ。場所はまぁ、外に出ればわかるよ。」


「そっか。わかった。」


朝ごはんの準備も滞りなく終わり、食卓につく。


「じゃあ、手を合わせて、いただきます!」


二人できちんといただきますをしてから食事を始める。


「今日からお前は俺の子だからな。お母さんって呼んでくれてもいいぞ。」


パンにバターを塗りながらなんでもないように爆弾発言をするいっちゃん。


「自分より体の小さな女の子の姿をした人にお母さんなんて言ってたら変人だと思われるだろ…」


俺は真顔で答える。


「ははっ。冗談冗談!まぁ、いっちゃんが一番呼ばれ慣れてるかな?男の時からこのあだ名だったからな!」


「トオルは何かあだ名とかあったのか?」


「あだ名にはあんまりいい思い出が無いんだよ。幽霊とか空気とか呼ばれてたから」


普通、相手にとって気まずい話題が出た時って、空気が変わると思うのだが、この魔女の場合は違った。


「ふーん。そうなのか。

じゃあ、トールにしよう!苗字も稲垣だし、なんか電気っぽいじゃん。


この名前なら全然浮かないからな。」


「へ?それってどういう事?」


「まぁ、外でりゃあわかるよ。」


いっちゃんはクスクスとイタズラな笑みを浮かべた。


「もう、なんとなくわかったけどな」


チラッと寝室の窓から外を見た時に思った。

ここは少なくとも日本ではない。


あんなでっかい時計塔が日本にあってたまるか。


「なんだぁ。気付いてたのか。わざわざ日本の格好に着替えせたのにつまらないなぁ。」


いっちゃんはパチンと再び指を鳴らすと、俺の服装がまた変わった。


なんとなくゲームの初期装備でありそうな魔法使いっぽい服装になった。


「ほー。なかなか似合うじゃないか。その服俺が作ったんだ!なかなか着心地いいだろ?」


「結構着慣れない格好で落ち着かないな…。

なんだかコスプレしてるみたいだ。

着心地はいいけど。」


「まぁ、すぐ慣れるさ。」


小さな魔女は目玉焼きを頬張りながら満足げに言った。



「まずは外に出る前に大事なことを教えとく!

大事な事から上に持ってきてるからな。よく読んでおく様に!」


朝食の後片付けをした後、いっちゃんは真剣な顔をして何やら高級感のある羊皮紙を差し出してきた。


タイトルは【魔女になる為の10カ条】と記載されていた。


どんな事が書いてあるのだろうと、戦々恐々として見てみると、そこには…


【第一条 童貞は大事に!】


おそらく俺は凄い顔をしていたのだろう。いっちゃんが笑いながら突っ込んできた。


「ぷふふっ!!おまっ!なんで顔してんだよ!」


「いや、だって一番大事なのが童貞って意味わからないし」


「それがそうでもないんだよなぁ。

魔力ってどこから湧いてくると思う?」


魔力…。

まぁ、察するに魔法を使う為の力っていう事だろう。

大事な器官だろうから、心臓かな?


「心臓とか?」


「残念!正解は30歳を超えた童貞の睾丸。

つまりはキンタマからしか魔力は湧かないんだ。」


「へ?睾丸?しかも童貞のって…。

じゃあ、童貞じゃなくなったら魔法が使えなくなるって事なのか?」


「その通り。

魔力は30歳まで純潔を守り切った男性へ褒美として神からの贈り物なんだとさ。

その後、童貞を喪失するか、源であるキンタマがなくなると魔力は湧かなくなる。」


真面目な顔して可愛らしい少女が、キンタマを連呼するのに違和感を感じる。


「ってかその顔でキンタマとか言わないでくれよ…。

でもそれならなんでいっちゃんは魔法が使えるんだ?

まさか…ついてるのか?」


「ついてねーよ。

ん?もしかして見たいのか?

まぁ、減るもんじゃないし別に確認してもらってもいいが…。見たい?」


妙に色気のある顔でスカートをたくし上げようとするいっちゃん。


「い、 …いや、別にいい。」


恥ずかしくなり、俺は思わず目を背けた。


「ぷぷっ!照れちゃってかわいいねぇ!」


「セクハラはやめてください。」


小さな女の子の見た目のおっさんにセクハラを受ける俺。


「俺はもう大丈夫なんだよ。魂ごと転身したからな」


「じゃあ、その姿になると、魔力を失う事がなくなるって言う事なのか?」


「まぁ、簡単に言うとそうなるな。

そのうちお前も興味が出たら教えてやるよ。

いろんな意味があってこの体になってるんだ。

単なる趣味じゃないんだよ。」


その時、一つの事実に気がついてしまった。


「じ、じゃあ、この世に存在する魔女って全て元男って事になるんじゃ。」


「いや、そうじゃない例もある。

例えば、魔女から生まれた子供なんかそうだな。


始祖は全て男になる訳だが、純粋に女の魔女も存在するよ。でも性別なんて些細な問題だぜ?」


いっちゃんはニヤリと笑うとパチンと指を鳴らした。

そこには、下着姿の彼女がいた。


「元男だってわかっても興味津々な奴もたくさんいるからな。ちなみにこの体でも子は宿せるし、事を行っても魔力は無くならない。」


ケラケラと笑いながらいっちゃんは言う。


「セ、セクハラはやめてください。」


俺は顔を隠して言った。

童貞には、刺激が強すぎた。



「じゃあ、10カ条は頭に叩き込んだな?

それじゃあ、街に繰り出すとするか!」


ちゃんと服を着たいっちゃんが言う。


「大体大丈夫だと思う。」


「じゃあ!行こうか」


出会った時に持っていた箒と帽子を手に、いっちゃんは外への扉を開けた。


そこは…。見たことのない街の中だった。


石造りの壁に窓から見えた巨大な時計塔。


歩いて行く人たちには獣の耳がついていたり、全てが人間の姿をしているわけではない。ほとんどの人が武装しているように見える。


「異世界へようこそ!

ここは冒険者の街アステラだ。」


「地球ですらないのか…。」


さすがに俺は驚愕した。確かに初めは異様に思えた今の服装も、この世界を歩くのなら全く違和感を感じない。


そして、同時に高揚していた。俺はその瞬間にわかった。『ここが、俺の居場所だと』


「どうだ?凄いだろ?俺も初めてここに来た時、お前と同じような顔してたよ。」


「ああ!まさかこんなにワクワクするような気分になれるとは思っても見なかった。」


「いい反応だ。それじゃ、そろそろいこうか。

これからここで生きて行くんなら、ひとまずは住民登録しないとな。じゃ、行くぞ。

俺からはぐれるなよ?」


「ああ!大丈夫だ!」


俺はこの世界に来て、初めて希望というものを感じた。

これから、輝かしい未来が待っているのだと信じていた。


そう、これから苦難の毎日が待っているとは思ってもみなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ