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喋らない人形


 人には心がある、だが機械には心が無い。

 幼い頃から僕は、女の子がするお人形遊びを一人でしていた。もちろん話し掛けても返事なんて無い、心を持たず感情を持たないタダの玩具だから。


 今日嬉しかった事、楽しかった事、悲しかった事を話しても返事なんて無い。ただつぶらな瞳が真っ直ぐに僕を見てくるだけ。そんなくたびれたこのお人形を『エル』と名付けた、名前が無いのは何だか可哀想な気がしたから。


 僕は赤ん坊の時に捨てられ、孤児院へ引き取られて、そこを経営する老夫婦に育てられた。捨てられていた事実は、院長であるそのお爺さんから伝えられた。6歳くらいだったせいなのか、両親の顔を知らないのか、僕は『捨てられていた』と言う事実に余り驚きはしなかった。


 そしてこのお人形『エル』は、僕が捨てられる際に使われたケースの中に一緒に入っていたそうだ。最初は院長が買い与えてくれた物かと思っていたが、後から聞けば『一緒に入っていた』と話してくれた。


 ヴィクトリア風のメイド服を纏ったお人形。どういう意図で入れていたのかわからない、単純に寂しくならないようにだろうか、それとも他に理由があるのだろうか。この時の僕では考える能力がまだまだ未熟で、それ以上の答えなんて出て来なかった。


 それからはエルを大切な家族だと思いながら、食事をする時も、お風呂に入る時も、寝る時も、片時も離さずに居た。


 孤児院には僕以外にも同年齢の子達が居たが、僕はそちらの輪に加わる事無く、部屋の片隅でエルと遊ぶ日々を過ごしていた。もちろん遊びに誘われたりもした、その時は必ず僕はこう告げていた。


『エルも一緒で良いかな?』


 誘ってきた子達は首を揃えて傾げる、ボロボロでくたびれたお人形を抱きしめる僕を……変な目で見てくる。可哀想な奴、気持ち悪い奴、色々な視線が僕を集中狙いしてくる。嫌そうな顔をしながら『どうする?』『おとこが人形とかダサいよな』『あっちいこーよー』


 結果的にその子達は、僕の言葉を無視して部屋の外へ出て行った。この時初めて僕は『自分が変な奴』だと自覚した、それでもこのお人形は僕に残された家族、手放す訳にも捨てる訳にもいかない。


『君は大事な家族だよ、だからずっと一緒』


 例え心が無くても会話が出来なくても、僕は彼女(エル)

に話しかけ続けた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 そして10歳になった時だった、僕は本当にエルと会話がしたくなり、孤児院に置いてある難しい一冊の本を手に取った。わからない文字は院長に聞きながら読み進めていた。その本は『機械会話技術』と書かれていて、この世には既に喋るお人形が存在しているらしい。


 本自体かなり古い物ではあるが、簡易的な機械を作れる設計図が記載されていて、これさえ出来ればエルと会話ができる……そう思っていたが、設計図に書かれている文字が読めない上に、色々と材料や工具が必要みたいだった。だから院長にお願いをしてみる事にした。


『先生、この本に書いてある物が欲しいです』


 院長は『これをかい?』と、本の設計図を指さしながら不思議そうに言ってくる。それもそうだ、どう考えても子供が作れるはずの無い機械だ、それを作ろうとしているのだから、不思議そうな顔をしても仕方が無い。笑われるかも知れない、それでもエルと会話する為に必要な物なのだ。


『わかったよ、用意するからまた持って行くよ』


『ありがとうございます』


 無表情な僕だが、この時は自分でもビックリするくらい声が弾んだ。院長も優しい笑顔に変わり、ゆっくりと立ち上がるとそのまま外へ出て行った。


 この機械があればエルと会話が出来る、それだけでもたまらなく嬉しくて、


『エル、やっと君と話す事が出来るよ』


 僕はまだ何も持たないエルにそう話し掛けた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 道具と材料が揃ってからは、食事とお風呂以外の時間は機械作りをしていた。度々睡眠時間を無視して、集中して基礎版を組み上げていく。書いている事は分からない、でも図が載っているからその通りに組み上げていけば、間違いなく完成すると思っていた。


 しかし……完成してみれば何も喋らないし、何か聞こえたと思えばただのノイズ。会話どころの話じゃない、何が間違っていたのか調べる為に何度も分解し、また組み付け、テストし、失敗。


 もう数えきれないくらい分解組み付けをした僕は、もはや図面を見なくても組み立てる事が出来るようになった。それでもやはり成功なんて言葉は程遠く、時間ばかりが過ぎて行く……気がつけば僕は15歳になろうとしていた。


 5年と言う歳月が経ってもエルと会話する事が叶わず、僕は途方に暮れていた。読めなかった文字も読めるようになり、改めてその古い本を一から読み直す事にした。そこでふと目に止まった文章があった、僕はその一行を読んでから、言葉を失い思考回路が止まった。



 ―――ノイズ信号を送受する機械である



 ただひたすらにエルと会話をしたいが為に、5年間ずっと作業をして来たのに、ノイズが出る事こそ正解だったとは思いもしなかった。僕は手にした本をテーブルに置き、ベッドに寝かせていたエルを抱き締めながら、


『ごめんエル、僕はまだ君の声が聞けないようだ』


 と、悔し涙を流しながらそう呟いた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 さらに月日が流れ僕は20歳になった。5年前のあの日、エルと会話が出来ると思っていたが失敗し、悔しさから色々な技術を学び、気が付けばほぼ人間に近い人形を作り出していた。人に近い皮膚、肌触り、髪、瞳。身長も160センチ程で、見るだけなら眠っている女の子にしか見えない。


 何故こんな凄い物が作れたのか、それは今この世で動いている『人形』にある。昔院長から聞いた話で『既に喋る人形が世界に居る』と聞いていた事を思い出し、物心がついてからも部屋から出る事が無かった僕は、生まれて初めて外の世界へと足を踏み入れた。


 院長と一緒ではあるが人が沢山集まる街へ向かい、そこで目にした光景は僕にとって『人生』を大きく変化させた。ただ人が沢山歩いているだけ……では無かった、院長は僕の耳元でこう言った。


『ほら、あっちに居るのは人形(ドール)だよ』


 その人形(ドール)は機械じみた動きでは無く、生身の人間のそれだった。僕は感動した、世の中には凄いものを発明しているのだなと、感情もしっかりと出ていてもう人間と見分けがつかない程だ。


 発明者が気になった僕は、院長に『誰が発明したんですか?』と聞いてみた。相当有名な開発者に違いない、直接会って話を聞いて今度こそ……今度こそエルと話がしたい、そう思っていたが……


『開発者は分からないんだ』


『そんな……』


 開発者が分からない、会社も分からない、人形の販売は委託の様だが委託側も機密事項で話せない。また希望が絶たれた気がした、落ち込んだ表情を見せていると院長が口を開いた。


『そう言えば、エルの身体はどうやって彼処まで?』


 僕が作り出したもう一つの人形、正しくはエルを綺麗に解体し、その糸全てを新たな身体に組み込んだ、等身大のエル。人に一番近く作り上げた人形をどうやって完成系にしたのか、院長も気になってしまったようだ。


 そこまで辿り着くまでに僕は、ある著者の本を熟読していた。もちろん人形の作り方とかでは無く『己が己の為に』の様な自己啓発を綴った本だ、そんな物を読んだ所で人間に近い人形が作れるはずがない。最初の頃は少し工作が嫌になり、適当に選び借りた本を何となく読んでいただけだった、だがある一行が僕の心に刺激を与えた。


『人は生み出す者、そして成す者』


 失敗を重ねていても僕は何かを生み出していた、例えノイズ信号しか出ない機械でも、僕にとっては初めて生んだ子も同然。それを失敗かどうかは僕次第であって、成功だと思うなら成功だったのだろう。でも『生み出していて』も『成しては』いなかった、だからこそエルの事を諦め切れず、僕は人間の皮膚に近い物は何か調べ、髪、瞳、人間に必要な物は何かを探し……


『なるほど……私はユーリ君の材料集めをさせられていた訳か』


『ごめんなさい院長』


 院長に『何も聞かずに協力してください』と申し出た僕、その時からエルの身体を作る為に必死になっていた。しわくちゃになった手で、謝る僕の頭を撫でてくれる。エルも大事な家族だけど、院長も怒らずにずっと育ててくれた家族だ。


『謝らなくていいよ。それよりも、そろそろ渡さないといけない物があるんだ』


 優しい笑顔の院長は、僕にそう言ってから『孤児院に帰ろうか』と告げた。僕は言う通りに従い孤児院へ戻る、渡さないといけない物とは何なのか……その時の僕は、一生院長に感謝しなくてはならない事になる。その『渡さないといけない物』が、僕の全てを動かし始める鍵となるのだから。



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