その3
今日も茹だるような暑さだ。加えて強烈な睡魔が俺のまぶたを重くする。
昨日学校から帰った俺は彼女のことばかりを考えていた。正確には彼女とどうやって仲良くなるかについてだ。まずは話すきっかけを探そう。そう考えた俺は彼女とのファーストコンタクトにふさわしい台詞を一晩中考え続ける事になる。ああでもない、こうでもないと悩み果てた末に出た結論が、
「俺は光秀ていうんだ。信長さんとは何か運命を感じるんだよね。」
だなんて冷静になって考えると意味不明な台詞なだけに、睡眠時間を犠牲にした昨日の自分が恨めしい。
「ミッチー君、後ろ姿が切ないよ。」
暑さと眠気でふらつきながら登校する俺に背中から声が掛かる。ミッチー君。あだ名に「君」付けで俺を呼ぶやつはこの学校に一人しかいない。
「何だよ、津田。俺ってそんなに哀愁漂ってる?」
津田雪音は俺のクラスメートでありくされ縁、亮介の彼女でもある。
「何かあったのミッチー君?悩み事でも相談でもなんでも私が聞いてあげちゃうよ。」
「何にもないよ。ただ今日はちょっと寝不足でね。」
「恋の悩みだね?」
重く閉じかけたまぶたがビクッと跳ね上がるのが自分でも痛い程によくわかった。
「ミッチー君わかりやす過ぎ。亮介から聞いたよ。昨日の転校生ちゃんに一目惚れしちゃったんだって?青春だよね。」
「はあ?俺はあいつにそんな事は一言も…」
「目を見ればわかるんだって。あいつとは10年の付き合いだから何考えてんのか一発でわかるって言ってたよ、亮介。恋は素敵な事だよ。隠す必要なんてないじゃん。それともまだ引きずってるの?高校デビュー大作戦…。」
高校デビュー大作戦。それは初めて飲むブラックコーヒーよりも苦い俺の青春時代の1ページ。あれは入学式の後、亮介と二人で帰った坂の途中…
「はいはい、思い出すのは止め。」
「思い出そうとしてるなんてなんでお前にわかるんだよ。」
「なんとなくね。悪い思い出を振り返ってもいい事なんて何もないよ。それよりもさ、残りの高校生活をどうやって楽しむかを考えなきゃ。そ・れ・で!彼女のことやっぱり気になってるんでしょ?」
「彼女?」
急に話を戻されたので「彼女」が誰を指すのか一瞬わからなくなる。そんな俺を見た津田は、どうやら俺が話を誤魔化そうとしていると受け取ったらしく、
「とぼけないで正直に言っちゃいなよ。私、あの子ともう友達になったんだ。なんなら協力してあげてもいいんだよ?」
「それ、本当だな?」
「本当だよ。ってか今の言葉で全部認めちゃったってことでいいんだよね?そうと決まったらこの雪音ちゃんにまかせなさい。たんなるおせっかいで終わらせないんだから!」
ひとりで盛り上がる津田の横で、俺もふつふつと恋の炎を燃え上がらせていた。完全にペースを握られた気がしないでもないが強力な助っ人が得られたのは有り難い。出だしは順調。今度こそ念願の彼女を!信長ちゃんを我が手中に!!
校門に着いた頃には汗だくになっていた。汗でべとつくシャツが今日は不思議と心地よく感じられた。