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カラオケでの異常


 日向汰の胸の鼓動は、なかなか治まらない。

 腕は放してもらえたが、日向汰が逃げないようにということなのか、ルナは代わりにYシャツの袖を握っていた。

 それだけのことでも、とてもドキドキしてしまうのが日向汰だ。

 さらに、王我にバレたら大変なことになるのではないかというドキドキまでプラスされている。

 日向汰は一人で勝手に吊り橋効果まで食らっていた。


 今は白ギャルのオケ美が最近流行りの女性歌手の曲を歌っている。

 なかなか素晴らしい歌唱力なのだが、その歌声も今の日向汰の耳には入らない。

 すぐ近くから発せられる女の子の匂いと、ふいに触れてしまいそうな位置にある足、全く何を考えているのか分からない可愛い横顔……とにかく右隣に座るルナの一挙手一投足に完全に意識を占拠されてしまっていた。


 ルナはいかにもギャルらしく制服を着崩している。

 うすいピンクのYシャツは第二ボタンまで開けてその大きな胸の谷間を露出させているし、スカートも短いので太ももが半分くらい露出している。

 それは日向汰にとって刺激が強すぎた。

 特に近くにいられると、どこを見ていいのか分からなくなる。

 日向汰はその褐色の肌に、まるで吸い寄せられるように視線が向いてしまいそうになるのを、必死に我慢していた。


 気を抜いたら、いつの間にか見そうになっている。

 これはもはや男には逆らえない本能からくる反射行動なのかもしれない。



「あれ、オーガ君なんかスマホ光ってね?」

「んッ? ああ……着信だな」


 急に王我が立ち上がったことで、日向汰はびっくりして我に返った。

 殺される――! そう思ったが、王我はスマホを耳に当てながら部屋を出て行った。

 電話がかかってきただけらしいということに気づき、日向汰はホッとした。

 胸をなで下ろし、視線を王我が出て行った部屋の出入り口から、前へと戻した。


「あー、そろそろウチの曲だー」


 するとルナが、ちょっと遠いところにあるマイクに手を伸ばした。

 日向汰は安心したことで、思いっきり気が抜けていた。


 マイクは日向汰から見て机の右前方に置かれている。

 右隣に座るルナのほうが近いので、代わりに取りに行く必要はないだろう。

 ルナはソファから腰を浮かせ立ち上がり、机の上に手をついて身を乗り出した。


 そうして日向汰の目の前に、ルナのパンツが丸見えになった。


 薄暗いカラオケ店の一室。

 日向汰の思考が完全に停止した。


 右手をマイクへと伸ばすルナは、バランスを取るために左足を浮かせた。

 足が開かれたことで、パンチラの破壊力がさらに上昇した。

 位置的にもタイミング的にも、まるで日向汰にだけバッチリ見せることを目的としたかのような、完璧なパンチラだった。


 日向汰は、そこから目を逸らすことすら出来ないほど、頭が真っ白になっていた。

 普通に生きていればパンチラと呼ばれる場面に遭遇したことは誰にでも一度くらいはあるだろう。が、日向汰はこんなに近くでそれを体験したのは初めてだった。

 手を伸ばせば届く距離、そこから匂いが届いてしまいそうな距離だった。


「よいしょー! マイクゲット~!」


 どさっ、と勢い良くルナはソファに腰を下ろした。

 同時に日向汰も夢から覚めた。

 しかし一点に集中していた視線を、次にどこにやればいいのか分からなくなってしまった。キョドキョドと視線を激しくさまよわせ、その動揺は見るからに明らかすぎた。


 気付けば、ルナがニヤニヤと日向汰を見ていた。

 その顔を見た瞬間に、日向汰は思った。もしかしたらこれは、またハメられたのかもしれない――と。


 実は日向汰は、ルナのパンチラを目撃してしまったのは初めてではない。

 こんな近距離は初だったが、中距離や遠距離は過去に何回もあった。

 そしてその全てが、ルナにはバレていた。


 だから、さすがの日向汰も少しだけルナを疑ってしまっていた。

 ありえないとは思いつつ……もしかして、わざと見せているのではないかと。

 しかしこれが日向汰の勘違いであれば、最低最悪だ。罪を犯しておいて、それをよりにもよって被害者のせいにするなんて、人間失格の行いだ。

 だから日向汰にはルナを糾弾することができない。


 けれども、今回ばかりは日向汰も罪を認めるのに躊躇する。

 なぜかといえば、ルナは毎回このような時、慰謝料というか、迷惑料というか、なんと呼べばいいのかは分からないが、貢ぎ物を要求してくるのだ。

 経験上その貢ぎ物にかかる額の大きさは、罪の重さによって増していくらしかった。

 であれば、今回は一体いくらを払わなければいけないというのか。


 日向汰は恐怖した。

 せっかく夏休みにバイトをして貯めたお金が、パーになるかもしれない。

 日向汰は自分に値切り能力がないことを知っている。

 罪を認めれば、なにを要求されても、それに従うことになるだろう。


 今までは、千円や二千円くらいの化粧品などの小物系が主だった。

 寿司を奢らされた時は、三千円くらいだった。

 今までで最高額の貢ぎ物は、靴を買わされた時の五千円ちょっと。


 日向汰はその時のパンチラと、今回のパンチラを脳内で比べてみた。

 あまり目が良くない日向汰は、遠くのものがぼやけて見える。

 そのため、今までの中距離以上のパンチラはぼやけていた。

 しかし今回は近距離だったので、はっきりと見えた。


 ――低く見積もっても、確実に十倍以上の破壊力だった。

 下手をすれば、百倍。

 五千円の、百倍は――五十万円。

 日向汰は震えた。



 そんな日向汰を、ずっとルナは楽しそうに見ていた。


 ルナは攻撃を急がない。

 主導権は常にルナにあるからだ。

 それに、獲物はもてあそんでいるときが一番楽しい。

 その時間はなるべく長いほうが良いに決まっていた。


 でもそろそろ、自分の歌う番が回ってきてしまう。

 頃合いだと感じたルナは、その整った顔に意地の悪い笑みを浮かべた。



「ヒナたーん、次ウチの番なんだけどさー、どうやって歌うのがいいかな~? 座って歌う? でも立って歌うほうが声出るよね~? ヒナたんはどっちが良いと思う?」


 きた。

 日向汰は自分でも無駄かもしれないと思いつつ、それでも必死に冷静を装う。

 しかしルナの言葉は全く頭に入ってこない。

 バレているのか、バレていないのか?

 白状するべきなのか、しらを切るべきなのか?

 自分はどうすればいいのか、既に頭の中は問題だらけで、ルナの問いに答える余裕なんてまるでなかった。


 しかもつい先程のインパクトの強すぎた光景パンチラが、思考を邪魔してくる。

 日向汰はあわあわと口をぱくぱくさせるが、肝心の言葉は一文字も出てこない。


「あれれ~? なーんかヒナたん、様子おかしくなーい?」

「お、おおお、お、おかしくっ! ないっ……よ?」


 可哀想なくらいに説得力は皆無だった。

 日向汰の顔面から汗が噴き出す。

 そしてルナはとても嬉しそうだった。


「もしかしてー……ヒナたん、ウチに隠し事してる~?」

「ひぃ!」


 思わず日向汰は変な声が出て、それにルナは爆笑した。


「あははは! なに今の声っ! ひぃって言ったじゃん! 超ウケる! やばっ!」


 あまりの恥ずかしさに、日向汰の顔は首まで真っ赤に染まった。

 もはやこれまで。これ以上の生き恥はさらしたくない。

 日向汰は覚悟を決め、罪人として頭を下げた。


「……ごめんなさい……見ました……」

「ぷーっ! なんでそうなんの! 早っ! もーヒナたん降参早すぎっしょ! まだ戦えるって! マジウケる! きゃははは!」


 ルナが爆笑しているので、何事かとみんなの視線も集まっている。

 そしてルナの曲のイントロが始まった。

 ルナは目元に涙を浮かべるほどに笑っていたが、歌はちゃんと歌うつもりなのか、立ち上がってマイクを構えた。


 しかし次の瞬間、部屋の扉が外側から勢い良く開かれた。

 身の危険を感じるほどの大きな音と衝撃に、部屋中の視線が一斉に扉へと向かう。


「お前ら! 表に出ろッ!」


 王我だった。

 その目はギンギンに見開かれ、血走っている。

 興奮状態にあるのは一目瞭然。

 日向汰は今度こそ、完全に死んだと思った。


「説明はあとでしてやっからッ! 黙って急いで外に出ろッ!」


 王我のその言葉は、日向汰に向けて言っているというより、部屋の全員に向けられているようだった。

 どうやら日向汰の人生は、まだ終わりはしないらしい。


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