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三月四日(日曜日)
「今日中に退院できますか?」
CTスキャンを行った後、診察室で私が放った言葉に、担当の医師と母は驚いた表情をした。
「昨日先生にお話しいただいたでしょう? 順調にいって二週間かかるって。 あなた、またリハビリすら行ってないじゃない?」
母は普段に輪をかけて丁寧な口調で私を諭す。
「でも、さっき先生が検査で異常は見受けられなかったっていったじゃん」
私は母を一瞥して言うと、医師を見据える。医師は自分の後頭部をパンと叩き、咳払いした後、私に目を合わせた。
「今、ここまで君はどうやってきたかな?」
「車椅子です」
「それはなんで?」
「まだ筋力が低下していて立てないからです」
「じゃあどうやったら筋力は回復できるのかな」
「リハビリです」
ああ、この話し方知ってる。学年主任の先生に注意される時の話し方だ。
こうやって自分で答えを言わせることで、頭も自分の意志や判断でそうあるように演出し、自らの計画を円滑に進めるのだ。
先生と呼ばれる存在は皆この話し方をおぼえるのだろうか。
なんにせよ、計画通りには進ませない。
私は計画を建てるのは苦手だが、実は壊すのは得意な方だ。
「なら逆に、歩けるのなら良いのですか?」
私は次の質問をされる前に質問した。攻守を逆転させたのだ。
「いや、そういう事にはならないよ。睡眠と昏睡は違うんだ。ただ目が覚めたからそれで良しということにはならない」
「でも異常はない、と」
「異常がないなら正常とも限らないんだ。まだ隠れているだけという可能性もあるし、体力的に回復しきっていないこともあるし」
「じゃあ、どうすれば退院できるんですか?」
必死に解説してくれている医師の言葉を遮断するように訊ねた。
医師は私を何度も目の前を飛び交う害虫を見るような冷たい目を向ける。
私は自分の指が少しこわばるのを感じた。
こみ上げた生唾を、音を立てないように飲み込むと医師を見据える。
昨日の夕日のまばゆさに比べたら、全然見られるものだった。
v医師は後頭部をパンと叩くと、一呼吸分目を瞑った。
「なにか、重要なことでもあるのかい?」
そしてゆったりと目を開いた。その目にはさっきまでの冷たさはなく、それでいて鋭さが増しているような気がした。
「はい」
私は深く頷く。
医師はもう一度目を瞑ると一度カルテに目を通し、再び私をみやる。
「君の病室、三階の角の部屋だね。そこから階段を使って病院の出口まで出られるようになったら退院を認めよう」
結局、怪我をした場合退院できるまでの期間は患者の状態によって変わってくるらしい。
努力次第ですぐに退院できるということだ。
ならば努力するまで。
私は母に少しだけ怒られるとともにリハビリ室へ向かった。
看護師の説明を受け、さっそくリハビリを試みる。
車椅子から一人で立ち上がることもできず、私は看護師の手を取ってやっとそこから降りることができた。
硬直していた関節は柔軟さを取り戻してきたものの、やはり三ヶ月という時間は、一朝一夕で取り戻したりはできないのだ。
私は看護師の介助を受けながら、歩くという感覚を一歩一歩思い出しながら進んでいく。
足は上手く上がらず半ば摺り足だった。まるでおもりでもつけられているかのようだ。それでも私ははやく歩けるようにならないといけない。
……なにも本当に一日で退院できるとは思っていない。そこまで愚かではない。それでも私は多少の無謀を押し通らないといけない理由も、たしかにあった。