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三月三日(土曜日)
医師は昏睡の原因と状況を説明した後、駆けつけた親と今後のリハビリ計画を話し合った。
親は私の目が覚めたことでそれどころではない様子だったが、なんとか医師と折り合いをつけて話し合っていた。
まだ精密検査を行っていないため確かなことは言えないが、順調に計画が進めば、私はどうやら二週間ほどで退院できるらしい。
終業式には間に合わないが、それまで無遅刻無欠席だったため春休みに補講をすれば無事進学できるということだ。
医師と親が去って部屋で、私は静寂に耳を澄ましていた。
固まっていた関節が動くようになっていき、だるさはあるものの、自分で状態を起こせるほどにはなっていた。 私は体の向きを変えて、ベッドから足を下ろす。
そのまま立ち上がろうとするが、私は膝から床に崩れ落ちてしまった。空白の三か月を表すかのように伸びた髪が、私淡くはたいた。
――それじゃあ間に合わないじゃないか。
どこからかこぼれた雫が、床で夕焼けを吸い込み宝石のように輝く。
記憶が確かなら、先輩のネクタイの色は緑……、三年生のものだ。そして卒業式はたぶん、三月の第二週。
あと一週間もない。
ここのままじゃ、私は先輩に告白することができないまま、不発弾となった恋心をこれからずっと持って生きなくてはならないのだろう。
初めて一目惚れした相手なのに。
「そんなの嫌だ」
私はパジャマの袖で目元を拭うと、這いながら夕日の方を目指す。 個人部屋であることに一度ホっとするが、今はそれどころじゃないと首を振る。
窓の前まで這うと、奥行きの部分に手を置き立ち上がろうとする。
それでも私は強引に、体全てを使って立ち上がった。体中で小気味良い音が鳴る。
そして窓の鍵を外し、思いっきりそれを開けた。
同時に自殺防止用のブザーが鳴り響く。
――諦めない! 絶対先輩に告白してみせる!
警報音が鳴り響く病室で、春風に髪を弄ばせながら、私は空を仰いだ。夕日で染められた世界は目が痛くなるほど眩しかったが、それでも私は見詰め続けた。