ドクドクコドク
家に一人の女がいた。
何をするでもなく、スマホを眺めている。
その画面は暗い。電源を入れていなかった。
誰とも繋がらず、テレビも点けず、ただぼーっと椅子に座っている。
「............」
その顔には何も浮かんでいない。感情一つ感じられない。
無だった。
「......苦しい」
唐突に呟いた言葉は空気を震わせただけで、自分以外誰もいない部屋の静寂に掻き消された。
その静謐さが、女の胸を締め付ける。
孤独だった。
いや、孤独であることは本来当たり前の事なのだ。それは女も自覚している。
けれど、そう認識していたとしても、自分が自分を蝕んでいく。
何故だろう。せり上がってくる自分への哀切を静かに見つめながら、女は考える。
女は平凡な家庭で育った。兄が二人、両親も二人。女を入れて、五人家族だ。
特に何か一大事があったわけでもなく、順調に平穏に暮らしてきた。兄たちとも両親たちとも仲は良い。それは今も一緒だ。
貧乏であるとは思うけれど、貧困と呼ぶほどではないし、金銭面で悩んでいるわけではない。
ごくごく一般的な家族。珍しいと言われるのは、家族みんなで談笑する機会があることくらい。
平和に、大切に、緩やかに生きてきた。
悲しむことは何もないはず。
しかし、孤独感なのか、なんなのか、よくは分からないモノが内側をおかしている。まるで、スクラップにされるのをじっと待ってるみたいだ。
このままでは、潰れてしまう。
けれど、それも悪くないのかもしれない。
最近、どれだけ家族と話そうと、友人と遊ぼうと、心の奥底に冷たさを感じる。
癒されない。消えてくれない。
意識しないようすればするほど、それは膨張していく。
自分の笑顔がツクリモノのように思えてくる。
感情が凍りついていく。
自分がどんどん鈍くなっていくのを、どこか他人事のように見ている。限りなく人間に近いマネキンのような気分だ。
気のせいだけれど。
この哀しさも虚しさもなにもかも錯覚のようなモノでしかなくて、しばらくすれば感じなくなる。
無だ。
何も考えず、悩まず、感じず、ただそこにいるだけ。
そして、ふと疑問に思うのだ。
何故、私は生きているのだろうか、と。
その疑問はとても澄んでいて、純粋で、なんの感情も込められていない。
ただ、思っただけ。答えなんてない。
けれど、その疑問が浮かんだ瞬間、無意識のうちに脳を電流が流れ思考してしまう。
意味なんてないのに。
楽しいことも、喜ばしいことも、悲しいことも、世の理不尽さも、すでに経験している。知っている。
種の繁栄という生物として根源的な欲求も、すでに誰かが果たしてくれている。
もう十分な気がした。
生きることに必死になれない。
ただ、いるだけ。
何故、こんなことを思ってしまうのか。
こんなことなら意識なんていらなかった。
感情があるのか、ないのか。自分でも分からなくなる。
楽しかった記憶も、悲しかった記憶も、全て意味のあるものだ。
だから、ぐちゃぐちゃにして埋めてしまいたい。
ああ、ほんと、意識なんて、私なんてキエテシマエバイイノニ。
「............」
風が強く肌寒い。
屋上からの眺めはとても綺麗なようで、汚れていた。
だから、目を瞑る。
私は、前に進まねばならない。
一歩を踏み出した。
屋上には何も残っていなかった。