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8話

 ロゼッタが料理を始めてから一週間が経った。


 料理の仕込みがあるため、前よりも遅寝早起きになったが、仕事の面では充実してきたのを実感している。


 ジャブジャブとロゼッタはいつものよう洗濯をしていると、額から汗が伝った。


 どうにも身体が熱い。太陽はさんさんと輝いているし、今日は洗濯日和のようだ。



「……ふぅ」



 ロゼッタが額の汗を拭って一息吐いていると、ティナが何かを抱えてこちらへ走ってくるのが見えた。



「ロゼッタ! 旦那様の部屋の掃除終わったよ。もちろん、廊下もピカピカ!」


「ありがとう、ティナ」



 ティナはウキウキしながら、腕の中にある熟したリンゴをロゼッタへ見せる。



「だから……その……あたし、アップルパイが食べたいな!」



 最近のティナは、仕事で手を抜くことが少なくなった。きちんとした料理を食べて、三時のおやつまで平らげている影響かもしれない。


 食は人間の活力に結びついているようだ。



「ええ、分かったわ。代わりに三時まで仕事を頑張ってね」


「バリバリやっちゃうよ!」



 頑張っているティナに、ロゼッタもやる気が湧いてくる。


 今までで一番早く洗濯を終わらせると、ロゼッタは厨房へと向かった。






 厨房には、リンゴの甘い香りが広がっていた。


 オーブンの中でアップルパイが綺麗なキツネ色になっていることを確認する。ロゼッタはミトンを手に嵌めて、ゆっくりとアップルパイを取り出した。



「良い色に焼けたわね」



 ロゼッタは満足そうに頷くと、ナイフでアップルパイを六等分にする。


底の生地も焦げ付かず焼けたのか、切った瞬間サクッと軽快な音が聞こえた。断面も綺麗で、リンゴとカスタードクリームがとっても美味しそうだ。

このアップルパイはロゼッタ渾身の出来と断言できる。



「ふむ。それなりですね」



 突然、ぬうっとロゼッタの背後からフェイが現れた。

 ロゼッタは反射的に飛び退く。



「え!? び、びっくりしたわ」


「最近、ティナとこそこそしていると思えば……」



 フェイはロゼッタのことは見ず、アップルパイを食い入るように見つめている。


 彼の怒りに触れてしまったと思ったロゼッタは、あたふたとした。



「だ、旦那様の料理には、一切手を触れていないわ。変わらずティナが作っています!」


「まあ、そうでしょうね。彼女はある意味で天才ですから」


「このアップルパイはわたしとティナしか食べないわ。勝手に食材を使ったことは謝るけれど……」


「いえ、別に。本来は使用人も三食おやつ付きで働いていましたから、特に咎める気はありません」


「嘘! 絶対に怒っています……」



 何故なら、フェイの視線はずっとアップルパイから離れないからだ。


 混乱していたロゼッタだったが、鼻歌交じりで厨房にやって来たティナのおかげで、フェイの視線がやっとアップルパイから離れた。



「ああっ、フェイ! こんなところで何をやっているのよ」



 そう言ってティナはフェイを睨み付ける。



「随分と仲良くなったのですね、ティナ」


「当たり前でしょ。ロゼッタは良い奴だもん」


「……なるほど」



 フェイは顎に手を当てながら呟いた。


 そして何を思ったのか、アップルパイを一切れ鷲掴んで頬張り始める。



「ちょっと! あたしがロゼッタにリクエストしたアップルパイなのに、なんで一番に食べてるのよ。この陰険執事!」



 ティナは叫ぶと、フェイの襟首を掴んで前後に大きく揺らす。


 しかし彼が動じた様子はない。



「これは中々の一品です」



 フェイはティナを無視してアップルパイを食べ続け、すぐに一切れ分を胃に収めた。そして指に付いたカスタードクリームを舐めると、ロゼッタの碧の双眸を見つめる。



「あなたはティナの朝食と夕食も作っているのですか?」


「い、一応」



 ロゼッタは恐る恐る言った。



「では、私の分もお願いします。正直、ティナの料理は上級者向けでして、出来ることなら食べたくないですし」



 フェイの予想外の言葉に、ロゼッタは瞠目する。



「何よ。フェイだって、あたしと同じぐらい料理が下手でしょうが!」


「旦那様の料理は引き続きティナが作ってくださいね」


「ええー」



 ティナが唇を尖らせて抗議すると、フェイは溜め息を吐いた。



「旦那様が折れるまでの辛抱ですよ。私だって、毒味としてまだまだティナの料理

を食べなくてはならないのですから、辛いのは一緒です」


「はいはい」



 ふたりのやり取りを聞いていたロゼッタは、自分の頬が自然と緩むのを感じた。



「……やけに嬉しそうですね」


「だって、やっとフェイ様が信用してくれたんだもの!」



 ロゼッタがそう答えると、フェイは頬をほんのり赤く染めてそっぽを向いた。



「す、少しだけです」


「それでも、わたしにとっては大きな一歩ですから!」



 ロゼッタは少しずつ信頼関係を築けていることを実感していった。



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