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3話


 カルヴァード公爵家の城を朝日が照らす。

 レイン男爵家に居た頃の習慣で日の出と共に起床したロゼッタは、ベッドの上で正座をしていた。



「……わたしはどうすればいいのかしら」



 フェイの話では、今日から仕事が始まる。しかし、朝日が昇っても廊下は人の気配がしなかった。隣の部屋も、向かいの部屋も無人だった。


 しばらく正座のままでいると、突然、ロゼッタの部屋の扉が開け放たれる。



「新人、起きてるぅ? おっ、もう起きているなんて優秀、優秀」


「だ、誰ですか!?」



 ノックもせずに扉が開いたことに、ロゼッタは飛び上がるほど驚いた。


 振り向けば、ダークブラウンの髪をポニーテールにした、ロゼッタと同じ年頃の少女がいた。彼女は眠そうに目をこすり、気の抜けた表情で部屋へ入る。



「あたし? ティナだよ。あんたは?」


「ロ、ロゼッタです」



 侍女服を着ているので、ティナがカルヴァード公爵家の使用人であることは間違いないだろう。口調から言って、彼女は平民。だが、ここでティナはロゼッタの先輩だ。貧乏男爵家のロゼッタは大人しく礼を取った。



「ふーん、ロゼッタね。今日から一緒に仕事をすることになったから。よろしくね」


「よろしくお願いします、ティナ様」


「あんた貴族の娘なんだっけ? あたしに様付けとか別にいいから。敬語もいらない。同僚に敬うとか敬われるとか面倒だし。ティナって呼んで」



 ティナは身分も先輩後輩も気にしない質らしい。その考えは貴族だけでなく、平民の中でも変わっている。気の良い人なのだろう。


 ロゼッタは、カルヴァード公爵家に来て初めて自然な笑みを見せた。



「分かったわ、ティナ。わたしのこともロゼッタと呼んで?」


「了解、ロゼッタ。しっかし、フェイが小難しいことばっかり言うから、どんな高飛車なお嬢様かと思えば……それなりに仕事をやってくれそうじゃん」


「期待に添えるように頑張るわ!」



 ロゼッタは胸の前でグッと拳を握って答えた。


 ティナは満足そうに頷くと、ロゼッタへそっと侍女服を差し出した。



「それじゃあ、早速この侍女服に着替えてくれる? あとは……って、ロゼッタ荷物は?」


 ティナはキョロキョロと辺りを見回し、鞄の一つも置いていない簡素な部屋に驚いていたようだ。



「……身一つで来るようにと言われたから……」



 彼女の様子から考えて、貴族はもちろん、平民でも荷物なしで侍女になりには来ないのだろう。それならば、何故アーネストは身一つで来いと手紙に書いたのか。


 ……ただの嫌がらせだろう。


 ティナはロゼッタの話を聞いて口を尖らせた。



「何それ。不便じゃん。辞めていった侍女たちが残した備品で良ければ使って良いよ。服に関しては侍女服がいっぱいあるし、下着も希望者には支給していたから、地味なので良ければいっぱいあるよ」


「本当? すごく助かるわ」



 ティナは使用人専用の備品室にロゼッタを連れて行くと、換えの侍女服と下着、それにブラシや髪留めまで与えてくれた。


 ロゼッタは涙ながらにお礼を言うと、侍女服に着替える。髪もきっちりと纏めてキャップを被り、新しい革靴も履いた。鏡に映った自分を見れば、そこには年若い立派な侍女がいた。



「なかなか様になっているじゃん」


「ありがとう」



 ロゼッタは照れくさそうに笑う。



「さて、眠いし面倒だけど、仕事に取りかかるか……」


 ティナも釣られて笑うと、手のひらを組んでぐっと背伸びをした。



「旦那様のお世話は基本フェイがやる。あたしたち侍女は、掃除や料理、買い物、洗濯――まあ、簡単に言うと大量の雑用をこなす。あと、たまに客人のおもてなしな」


「いっぱいあるのね」



 実家では使用人を多く雇う余裕がなかったため、侍女は必要な時にだけ町から雇うだけだった。それも来客がある時だけ。料理や洗濯などの家事雑用は、家族の中で割り振ってこなしていた。


ロゼッタは、そんな自分がカルヴァード公爵家で一流の仕事ができるか不安だった。



「今は人手がなくて大変だけど、適当にこなせば大丈夫、大丈夫」



 ティナはロゼッタの心情などつゆ知らず、手をヒラヒラ振って軽い口調で言った。

 そしてティナはロゼッタを連れて、城の中をざっくりと案内する。その時、ロゼッタたちは誰とも会わなかった。


 最後に案内されたのは調理場で、そこも閑散としている。



「ちなみに料理はあたしが担当しているから。使用人のまかないもね。とりあえず、朝の一仕事が終わったら厨房に来て。そこで軽く朝ご飯だから」



 レイン男爵家のような貧乏貴族と違い、筆頭貴族のカルヴァード公爵家に料理人が一人もいないのは、明らかにおかしい。


 しかし、ロゼッタは新参者で当主のアーネストと執事のフェイからはまったく信頼もされていない。むしろ、早く出て行って欲しいと思われているはずだ。


 そんな中で、好意的に接してくれているティナにまで厄介者扱いはされたくない。ロゼッタは余計なことは聞かないことにした。



「わたしは何をすればいいの?」


「そうだなぁ、とりあえず厩舎の掃除と餌やりをやって来て」



 ティナは数秒悩んだ後、あっけからんとした口調で言った。




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