番外編2 芽吹きのラストダンス
「……失礼する。ロゼッタはいるか? 叔父上の到着が遅れているから、予定していた打ち合わせを早めにしたいんだが……」
現れたのは、少し疲れた顔をしたアーネストだった。
彼は同じテーブルでパンケーキを食べるロゼッタたちを見て、眉間に皺を寄せる。
「……私の分はないのか?」
その瞬間、全員が残りのパンケーキを口に押し込める。
「ないぞ」
「ないない」
「ないわね」
急いだからか、全員の口元にはクリームやソースが付いていた。
「ごめんなさい、アーネスト。これで全部なの」
「……そうか」
アーネストは捨てられた子犬のように、しゅんと落ち込んだ。
「我が儘だな、アーネストは。料理長に作らせればいいだろう」
「うるさい、叔父上。城に来たのなら、何故最初に私のところへ来ない? それにティナもアリシアも何故ここで暢気にパンケーキを食べているんだ!」
アーネストが怒ると、三人はやれやれと肩を竦める。
「もう歳でね。三時のおやつは身体を休めることにしたのだ」
「うんうん。たまにはいいこと言うね、グラエム様。三時のおやつは休憩しないと。それでこそ、効率的な仕事ができるってものだよ」
「わたくし病弱だから……愛する妹の作ったお菓子を食べないと死んでしまうの……」
「……この駄目人間共め」
アーネストは吐き捨てるように言った。
「落ち着いて、アーネスト。また今度作るから、それでいい?」
苛立つアーネストをなだめるように、ロゼッタは彼の手を握る。
「ロゼッタがそう言うのなら……」
プイッとロゼッタから視線を外すと、アーネストは小さな声で呟いた。どうにか怒りは収まったようだ。
「早速、尻に敷かれている?」
「惚れた弱みじゃないかしら」
コソコソと話すティナとアリシアを、アーネストは悪魔のような形相で睨み付けた。
「そこのふたり、給料減らすぞ」
「酷いよ、旦那様。あたしはただ面白がっているだけなのに……」
「なんて横暴な悪徳公爵なの……実家に帰ります、妹と!」
泣き真似をするふたりに呆れた目を向けると、アーネストは深く溜息を吐いた。
「……叔父上、資料は?」
「ほれ、後は頼んだぞ。無理はするなよ? もうすぐ、あの時期だからな」
グラエムから資料を受け取ると、アーネストはロゼッタの手を引いた。
「……分かっている。ロゼッタを借りるぞ」
そしてそのままロゼッタの部屋を出て、廊下を歩き始める。
おそらく、アーネストの執務室へと向かうのだろう。
「アーネスト、緊急の仕事かしら?」
「いや……緊急、というほどのことではないのだが」
歯切れの悪いアーネストを疑問に思いつつも、ロゼッタは大人しく手を引かれて歩く。
執務室につくと、書類を整理しているフェイが出迎えた。
「グラエム様はいましたか?」
「ああ、ロゼッタの部屋で暢気にパンケーキを食べていた」
「丸くなりましたね、あの方も」
アーネストはグラエムから預かった書類をフェイの机に置いた。
「アーネスト。わたしは何をすればいいのかしら。フェイさんと資料整理? それとも帳簿付け?」
ロゼッタはアーネストの手を離すと、執務室を見渡した。
現在のロゼッタは、侍女ではなくカルヴァード公爵家の秘書官をしている。仕事はアーネストとフェイの手伝いをしたり、執務室の掃除やお茶くみなどもやっていた。
服も侍女服から、ブラウンのシックなワンピースに変わっている。
「違う。秘書官の仕事の方ではない」
「ロゼッタ嬢には、二週間後に開催される王家主催の舞踏会に出て欲しいのです。アーネスト様の婚約者として」
「アーネスト様がいいのなら、わたしは構わないけれど」
舞踏会という貧乏貴族には縁遠い話に驚きながらも、ロゼッタはおずおずと頷いた。
「ロゼッタ嬢はダンスを踊れますか?」
「人並みには踊れるわ。お姉様の演奏に合わせてよく練習していたから」
「フェイ。ダンスは必要ない」
アーネストはピシャリと言い放つ。
フェイはコツコツと執務机を指で叩き、ジロリとロゼッタへ視線を移した。
「ありますよ。社交にダンスは不可欠です。それに礼儀作法も」
「う……はい」
礼儀作法については、あまり自信のないロゼッタである。
「ドレスや宝飾品はこちらで用意させる。よろしく頼むぞ」
それだけ言うと、アーネストは執務室から出て行ってしまった。
出会ったばかりの頃のようだ。
「……なんだか、機嫌悪い?」
「お腹でも痛いんじゃないですか。そんなことよりもロゼッタ嬢。私の仕事を手伝ってください」
「え、アーネストが……」
「私の仕事の方が大事ですから」
フェイはとびっきりの作り笑顔で、大量の書類をロゼッタに押しつけた。




