番外編1 芽吹きのラストダンス
麗らかな木漏れ日が降り注ぐ午後三時。カルヴァード公爵家は、甘く芳しいパンケーキの香りに包まれていた。
その香りの発生源は、ロゼッタの部屋だった。
以前の使用人部屋ではなく、ロゼッタは新しくアーネストによって部屋を与えられた。貴族の客人や芸術家、学者などを長期間泊めることを前提に作られた部屋で、キッチンと小さなバスルームが備え付けられていて広さも十分だ。ちなみに、隣はアリシアの部屋となっている。
ロゼッタは今仕事の休憩中だ。中途半端な時間だし、自分の部屋でスィーツを食べて英気を養おうと思いパンケーキを焼いていたら、呼んでもいないのに次々と人が集まってきたのである。
「パンケーキが焼けましたよ」
そう言って、ロゼッタは始めに偉そうな態度で椅子に座るグラエムの前に皿を置く。
「ふわふわの熱々のパンケーキにかかる黄金色のハチミツ。ほんのり塩気のあるバターがとろけて、口の中で味を変化させる。やはり、パンケーキは最高だ」
次にティナとアリシアの前に皿を置いた。ふたりはキラキラと目を輝かせる。
「ええー、この生クリームとほろ苦いキャラメルの相性の方が最高だしー」
「わたくしはやっぱり、クランベリージャムとクリームチーズが好きね。甘すぎずコクがあって幸せな気持ちになるわ」
三人はフォークとナイフを持つと、幸せそうな顔でパンケーキを頬張る。
ロゼッタもエプロンを外して席に座り、キャラメルと焦がしバターのパンケーキを食べ始めた。
「喜んでくれて嬉しいけれど、皆お仕事は大丈夫かしら?」
「今日は領内の収穫高の統計表をアーネストに持って来たが、パンケーキを食べてから渡しても十分間に合うだろう」
どう考えても、順番がおかしい。パンケーキよりも、当主への用事が一番だろう。
「ここに来たのは誰にも見られていないし大丈夫!」
大丈夫な訳がない。使用人が少し戻ってきたとはいえ、まだまだカルヴァード公爵家は人手不足だ。ティナの手だって借りたい状況だろう。
「可愛いロゼッタの作ってくれたパンケーキを食べないと、作曲のアイディアが生まれないのよ」
アリシアは連日同じことを言っている気がする。
「……皆、仕事をサボっているように見えるのは、わたしだけかしら……」
「サボってなどいない! 大体、パンケーキを焼いているのが悪いんだ。老人が我慢できる訳なかろう!」
「理不尽だわ」
「本当だよー。キリキリ働け」
「それはお前の方だろう、サボり魔」
ティナとグラエムが睨み合う。このふたりは本当に仲が悪い。
「なんだか、わたしの部屋が溜まり場になっている気がするわ……」
ロゼッタが小さく溜息を吐くと、アリシアがくすりと笑みを零す。
「仕方ないわよ。ロゼッタの作る料理は絶品なんだもの。それに楽しんで作っているでしょう」
「それは……そうね」
食材はすべてカルヴァード公爵家が提供してくれている。だから挑戦できなかった料理も作れて、アリシアの言う通りロゼッタは楽しんでいた。
「ロゼッタの作る料理って全部おいしいよねー。これが才能かー」
破滅的な料理の腕を持つティナは、腕を組みながら感慨深そうに言った。
「大袈裟よ」
「まあ、元宮廷料理人の手解きを受けているもの。あと、安い値段でおいしいものを作るために、食材の目利きの腕も磨いているわ。わたくしの可愛いロゼッタはすごいでしょう?」
ロゼッタの代わりに、何故かアリシアが自信満々に言った。
「すごいね! アリシアは料理をしないの?」
「自慢じゃないけれど、卵すらまともに割れないわ!」
「すごいね! あたしと良い勝負だよ」
ティナとアリシアはガッチリと握手を交わす。
ロゼッタは先ほどのアリシアの言葉を思い出して、首を傾げた。
「お爺さんは、宮廷料理人だったの?」
「あら、知らなかったの?」
「偉い人の料理人を少しの間やっていたとしか」
ロゼッタに料理を教えてくれたお爺さんは、レイン領一おいしいレストランのオーナーとして現役で活躍している。レイン男爵家には、ロゼッタが小さい時から出入りしていて、貴族の来客がある時に料理を手伝ってもらっていたのだ。その過程で、ロゼッタも料理を教えてもらい、可愛がってもらっていた。
確かに、お爺さんの料理はおいしかったが、宮廷料理人になれるほどの腕前だとは思わなかった。
「王宮に馴染めなくて、数年で辞めたって言っていたわ。だからきっと、教え子のロゼッタには知られるのが恥ずかしかったのね」
「恥ずかしくなんてないわ。お爺さんったら、教えてくれても良かったのに」
パンケーキを食べながら和気あいあいと話していると、扉がノックされた。そして、返事を聞かずにそのまま扉が開け放たれる。




