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31話


「アーネストは両親に愛された子どもだった。欲しいものはなんでも与えられ、様々な才能にも恵まれ、何不自由なく育った。しかし、彼が十四の時……両親の乗った馬車が公爵家に不満を持つ領民に襲撃された」


「……アーネストの両親は……」


「殺されたよ。一緒に乗っていた……今もアーネストに使えている執事と侍女の両親も殺された」


「……酷い」



 何故、グラエムがこんな話をするのか分からない。


 だけど、ロゼッタは素直に襲撃者に殺された人たちの死を悼んだ。



「ちなみに襲撃者の動機は逆恨みでね。公爵家に賄賂を送って、自分の商会をもっと大きくしようとしていた。けれどそれを断られたから襲撃を実行したらしい」


「酷すぎるわ」


「私には子どももいなかったし、アーネストも成人を迎えるまで数年だ。だから、彼をカルヴァード公爵にして、私が後見人となることにした。最初のアーネストの仕事はそう……両親を殺した愚かな商人に、罪状を言い渡すことだったよ」


「何がおかしいの」


「あの時のアーネストの顔は傑作だった! 表情を凍らせて、悲しみなど悟らせず、冷血な悪魔だと罵られても淡々と罪状を告げたんだからね!」



 興奮した様子でペラペラと話すグラエムを見て、ロゼッタは眉を顰める。



「……あなた最低だわ。それほどまでにアーネストが憎いの?」


「逆だよ。とっても愛している」



 言葉通り、グラエムは慈悲に満ちた顔で言った。



「歪んでいるわ」


「そうかもしれないね。でもその時、私はアーネストの才覚に痺れたよ。十四の子どもが、こんなにも自分を律せるなんて……この子は公爵の器にしておくのは勿体ないと!」



 グラエムの興奮は高まり、目は徐々に血走っていく。


 ロゼッタは言いようのない恐怖に苛まれながら、彼の話を聞いてしまう。アーネストを理解したいという、愚かな思いを抱いて。



「そうは思っても、アーネストを王座に押し上げようとは思わなかったよ。一番大事なのはカルヴァード公爵家だ。私もアーネストもこの領地の安寧だけを望んでいた。それなのに――」



 グラエムはダンッと思い切り床を踏みつけた。



「先王はアーネストの両親が死んだことこれ幸いにと、力をつけてきたカルヴァード領に難癖を付けて多くの税を納めさせた! 貴族共は面白おかしくアーネストの低俗な噂を撒き散らして評判を地に落とし、カルヴァード公爵の利権に貪り食うように群がった。そのすべてを……まだ若いアーネストは対処して見せた」



 怒りと悲しさと悔しさが混じり合い、グラエムは苦しそうな顔で言った。



「グラエム様はアーネストを支えていた、と言いたいのですか?」



 ロゼッタは複雑に思いながらも呟く。


 今のグラエムはアーネストの敵だ。彼の話を鵜呑みにしてはいけない。


 だが、彼の力強い意志の込められた言葉に、両親を失ったばかりで一番大変だったアーネストを支えたのは、グラエムかもしれないとも考えてしまう。



「そうさ。薄汚い貴族たちに媚びを売り、時には貶めて……アーネストとカルヴァード領を守ってきた。兄夫婦が死んでから五年以上経って、やっとカルヴァード領は以前のような賑わいを取り戻した。王座を狙っていると噂を立てられたのも、この頃だな」


「……噂を真実にしようと思ったのはどうしてですか?」


「その頃は、頻繁にアーネストは暗殺者に狙われていた。あの子を守るために、私自ら捉えた暗殺者に尋問をすることもあった。そして知ったのだよ。商人の逆恨みかと思っていた兄夫婦の襲撃事件が、先王によるものだと」


「アーネストの母は現王の妹です。それはつまり、先王の娘ではないですか」



 ロゼッタは目を見開いて驚く。


 親が自分の娘を殺すということが理解できなかった。



「義姉は通常の政略結婚と同じに、両家の繁栄と縁作りのために嫁いできた。それは上手くいったよ……いいや、上手くいき過ぎたというべきか」


「……このことをアーネストは知っているのですか?」


「知るわけないじゃないか! ……教えられる訳がない……」



 グラエムは血が滲むほど強く拳を握る。



「だから私は復讐をすると決めた。兄夫婦を殺し、アーネストを苦しめた先王を必ず殺してやろうと……」


「でも確か……先王は三年前に……」



 先王は確か、家族と家臣に見守られて息を引き取ったはずだ。


 殺されてはない。



「そう、老衰で死んだ。私が苦しめて苦しめて苦しめて殺すはずだったのに、呆気なく死んでしまったよ。行き場のない憎悪をぶつける場所をなくしてしまった私は、残った王家を滅ぼそうと思ったのだよ」


「でも、アーネストは拒否しました」


「反抗期なのかなぁ。王家にやられていることは覚えているはずなのに、拒絶されてしまった。だから、私はアーネストにお灸を据えてやるために、使用人たちをアーネストから奪ったんだ。誰のおかげで、カルヴァード公爵の地位にいられるのか、再認識させないとね」



 アーネストの生き方とグラエムの思惑が繋がった。


 ロゼッタはカルヴァード公爵家で過ごした日々を思い出す。


 彼はいつだって難しい顔をしていたけれど、決して非道なことはしなかった。



「アーネストは優しい人よ。復讐なんてせずに、胸の内に秘めてずっと苦しむような人間だわ。どうして彼の望むことが分からないの? アーネストはきっと、あなたの支えを必要としている」



 彼は優しい。グラエムに裏切られても、彼を害することはなかった。


 言い合いをしている時だって、どこか寂しそうにしていた。アーネストはグラエムを今でも家族だと思っている。



「うーん。やっぱり君はアーネストにとって危険だねぇ」



 グラエムは軽い口調で言うと、護衛に剣を抜かせてロゼッタの眼前に突き立てさせた。

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