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30話

 アーネストはそわそわと雑貨屋からロゼッタが出てくるのを待っていた。


 徹夜続きの毎日に疲れ、癒やしを求めてロゼッタを誘って城下町に来てみたら、本当に気分転換になった。


 くるくると変わる表情は面白いし、自分好みの服を着させたら満足感を得ることができた。以前、看病した時のように甘えては来ないが、時折彼女の見せる笑みはとても可愛らしい。



(ロゼッタは、愛情深い娘なのだな)



 家族のためならば、命も捨てられる。そんな人間は貴族の中ではごくごく少数だ。


 貴族のほとんどは一番に家を考え、長男は後継者、次男はスペア、娘たちは政略結婚の駒、結婚相手は家の利益になる者という考え方だ。


 その考えをロゼッタは易々と乗り越えていく。あまり他の貴族家と関わりを持たないレイン男爵家に生まれたから、あんなにも家族思いの人間に育ったのだろうか。



(……自分には縁のない話だ)



 両親はアーネストを大切にしてくれたが、それは一人息子である程度出来が良く、従順だったからかもしれない。友人の王太子や幼馴染みみのティナとフェイですら、アーネストの身分ありきの関係だ。


 ……きっと自分は彼女の温かい手を掴みたいと思っているのだ。


 ロゼッタに愛された男は幸せだ。身分や権力や財産に関わらず、自分自身を見てくれるのだから。



「……おかしい。あまりにも遅すぎる」



 アーネストは時計を見ながら呟いた。


 ロゼッタが雑貨屋に入ってから、もう十五分が経過している。いくら女性の買い物が長いとはいえ、茶葉を選ぶだけでこんなに時間がかかるだろうか?



(まあ、大丈夫だろう。ロゼッタには、ティナが着いていっただろうし……)



 ふと視線を逸らして隣を見ると、ここにいるはずのないティナが地面に蹲っていた。



「ロゼッタ遅いね」


「おい、ティナ! どうしてここにいる!? ロゼッタを守れと言っただろう」


「あたしはあくまでも旦那様の護衛ですからー。さすがに旦那様を一人置いてロゼッタのところへ行く訳にはいきません。分身の術はできればいいんですけどね」



 アーネストは怒りを湛えた顔で、ティナを睨み付ける。



「せめて、私にロゼッタの護衛ができないことを報告しろ」


「まあ、一応頼れる子分にロゼッタの護衛を任せているんで安心してくださいな」



 ティナはそう言って元気よく立ち上がった。


 それと同時に、雑貨屋の中から平民の少年が飛び出した。そして真っ直ぐにティナの元へと駆けてくる。



「テ、ティナ姉ちゃん!」



 少年の焦った様子に、ティナとアーネストの目が細まる。



「何か不測の事態が起ったようですねー」


「……頼れる子分たちじゃなかったのか?」


「教育期間中なもので。人員をもっといただけるのなら、完璧な警護をしてみせるんですけど」



 少年は息を切らしながら、涙目でティナを見上げる。


 我慢できなくなったアーネストは、少年の前に立ちふさがった。



「何があった」



 冷静に問いかけると、少年は身振り手振りを交えて必死に説明する。



「店主が、赤毛の可愛い姉ちゃんを連れ去って行ったんだ……! それとこれを……黒髪の目つきのとびっきり悪い兄ちゃんに渡せって……」


「目つきが悪いのは残念ながら生まれつきだ」



 溜息を吐くと、少年から渡された手紙を読む。


 そこには見慣れたグラエムの字で、ロゼッタを攫ったことが書かれていた。しかもご丁寧に、ロゼッタの監禁場所の地図まで書かれている。


 アーネストとティナは雑貨屋の中に入ると、誘拐の痕跡がないか調べ上げた。



「争った形式はなし。少年を庇って、自ら連行されたのか」


「ロゼッタがあの方の手駒だとは考えないんですかー?」


「考えられないな」



 ロゼッタは自分のみたいに嘘が上手ではない。


 この短期間の生活の中で、アーネストは確信した。もしもロゼッタがグラエムの手駒ならば、アーネストに見る目がなかっただけだ。その演技力は尊敬に値するだろう。


 アーネストは裏口から通りを出ると、石畳に黒い車輪の跡を見つけた。


 随分と急いでこの場を離れたようだ。



「……こちらの想定よりも、叔父上の行動が早すぎるな」


「どうする? 潰します?」


「……そうだな。いい加減、年寄りにはご退場願おう」



 決意を込めた目で前を向いて言うと、ティナがニシシッと不気味に笑う。



「それはとっても良い考えだと思いますよ、旦那様」


「おい、子ども。彼女を守れなかったことを悔やむのなら、今からカルヴァード公爵家まで走れ。そしてフェイという執事に今起きたことを説明しろ。そうすれば、傷の手当てぐらいしてやれる」


「は、はい!」



 少年は元気よく返事をすると、カルヴァード公爵家へと走り出す。


 怖い思いをしたはずなのに彼の足取りは乱れた様子もなく、一心不乱に命令通り動く姿は、なかなか将来を期待できると思った。



「ティナは手筈通りに」


「りょうかーい! でも、旦那様はどうするんです?」



 アーネストは手紙をビリビリに引き裂いた。



「私か? 折角の叔父上の招待なんだ。正々堂々、お相手するだけさ」


「かしこまりました」



 ティナは一礼すると、スッと路地裏に消えた。


 アーネストは馬車の進んだ方向を見て、僅かに拳を振るわせる。



「無事でいてくれ、ロゼッタ。今、助ける」



 彼女の教えてくれた覚悟を持って、アーネストは走り出した。




    ☆


 始めは揺れのなかった馬車も、しだいにガタガタと揺れ始めた。


 ロゼッタは目隠しされながらも、必死に頭を回転させる。



(城下町を出たのかしら? 逃げ出したいけれど、視界の奪われた状態では取り押さえられてしまうわね)



 自分の無力さを噛みしめながら、ジッと耐えていると馬車が停まった。


 ロゼッタは誘拐犯の男に荷物を担ぐように抱えられ、そのまま品の良い香の焚かれた建物に入った。


 コツコツと階段を上る音がして、しばらく経つと暖かな部屋へと着く。


 そして漸くロゼッタは床に下ろされ、手足を縛っていた縄と目隠しが外された。



「やあ、少し見ない間に芋臭さがキツくなったんじゃないか?」


「グラエム・カルヴァード」



 予想通りの人物を前にして、ロゼッタは意外なほど冷静だった。


 それが面白くなかったのか、グラエムは眉を釣り上げる。



「おやおや、年長者を呼び捨てかい? さすが男爵家。教育がなっていないね」



 彼の後ろには、帯剣した護衛と中年の侍女がいる。とてもじゃないが、逃げられる雰囲気ではない。



「不快にさせてしまったでしょうか? 生憎、誘拐犯に気を遣うほど人格ができていませんの」


「挑発的な目だねぇ」



 悪びれた様子もないグラエムを見て、ロゼッタは怒りを爆発させる。



「どうしてアーネストを悲しませるようなことをするの! 使用人を奪って、望んでもいない王座に座らせようとして……あなたはアーネストを利用して自分の野心をそんなに満たしたいの!?」


「……ふむ。お嬢さん、少し昔話をしてもいいかね?」



 グラエムは髭を撫でながら懐かしむように目を細めた。


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