28話
次の日。ロゼッタは朝食後にフェイから呼び出しを受けていた。
彼専用の執務室で、白くちょっと厚みのある封筒を渡される。
「こちらがロゼッタ嬢の給料になります」
「お給料、ですか?」
この厚みはもしかして、紙幣の束なのだろうか。さすがはカルヴァード公爵家の侍女の給料だと感心していると、フェイがヒュッと封筒を取り上げた。
「いらないのですか?」
「いいえ! とってもいります!」
ロゼッタはジャンプをして封筒を取り返すと、胸にギュッと抱きしめた。
自然と笑みが浮かんでしまう。
「嬉しそうですね。早速、何か買うのですか?」
「はい。今日の午後は非番ですし、城下町に出ようと思います」
ロゼッタがそう言うと、フェイは顎に手を当てて思案顔になる。
「午後ですね。かしこまりました」
意味が分からずロゼッタは首を傾げるが、フェイが何も言わないのでそのまま仕事へ戻った。
午前の仕事を終わらせると、ロゼッタは昔の使用人が置いていった、アイボリー色の少し地味なワンピースに着替えてエントランスへ向かう。
そこには腕を組み、靴の爪先を規則的にコツコツと鳴らすアーネストがいた。
「……何故、旦那様がいるの?」
今日は誰も来客する予定はなかったはずだ。荷物でも待っているのだろうか。そんなことは、使用人のロゼッタたちに任せれば良いのに。
ロゼッタがじっとアーネストを見ていると、彼は目を泳がせた後、視線を逸らした。
「何故って、君がヘマをしないように監視するために来た。簡単に財布を擦られそうだ」
「馬鹿にしないでください!」
「別に馬鹿になどしていないさ」
ロゼッタは頬を膨らませて抗議すると、エントランスを抜けてスタスタと歩き出す。
その後ろをアーネストはゆっくりとした歩調で付いていく。
「わたしに気を遣わなくても、一人で買い物ぐらい行けますよ。旦那様は、お仕事が忙しいでしょう?」
立ち止まり、ロゼッタはアーネストを見ずに言った。
「君は察しが悪いな。気分転換だ! ずっと仕事ばかりでは息が詰まる。それに、城下町の様子も気になるからな」
「はぁ、分かりました」
ロゼッタは振り返り、仕方ないとばかりに溜息を吐く。
だが内心では、アーネストと行く城下町への期待で胸を高鳴らせていた。
☆
アーネストはシャツに黒のスラックスという、普段よりラフな格好をしている。珍しい真紅の瞳は厚いレンズの眼鏡で誤魔化しているが、そのスタイルの良さと独特の冷たい雰囲気からただの平民にはとても見えない。良くて若き経営者、悪くて……闇社会の住人だろうか。
(……この人、本当に目立ちすぎるわ!)
チラチラと視線がアーネストと、どこからどう見ても平々凡々な娘のロゼッタへと向けられる。女性からの視線には、なんでお前なんかがと責められているようで、少し居心地が悪い。
「どうしたんだ?」
「なんでもないです」
アーネストは領民の視線が一切気にならないらしい。さすが公爵様だ。
(まあ、誰が何を思おうといいか。折角の休暇だもの。楽しまなくちゃ!)
ロゼッタは弾む足取りで、カラフルな石畳の道を歩いて行く。
しばらくすると、たくさんの商店が建ち並ぶ、活気ある大通りへと出た。
「わぁぁああ! とっても素敵」
そこはレイン領では見られないほど大勢の人たちでひしめき合っていた。
呼び込み合戦をする商人たちや、楽しそうに買い物をする家族、子どもたちの楽しそうな笑い声に、とても美味しそうな屋台の香りまでする。
生き生きとしたその光景に、ロゼッタは暫し見入られた。
「この町が気に入ったか?」
「ええ、とっても! 旦那様はすごいですね。こんなにたくさんの人を元気にできるのですから」
カルヴァード公爵の噂の中には、領民に重税を課しているなんてものもあった。しかし、この光景を見たらそんなのは嘘だと断言できる。
「……ありがとう」
小さく呟かれた声が聞こえなくて、ロゼッタは小首を傾げた。
「今、なんと言ったのですか?」
「なんでもない!」
アーネストはそう言うと、ロゼッタの腕を掴んで歩き出した。
「君は危なっかしくて、はぐれてしまいそうだからな。しっかりと捕まえておくにかぎる」
「子ども扱いしないでください!」
アーネストはそのまま、どこかのお店へとロゼッタを連れ込んだ。
カランカランと鈴の音が鳴り、店の中にいた綺麗な女性店員たちが一斉にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
店員の中でも一番年嵩の女性が、アーネストへ微笑みを向ける。
「おや、アーネスト様。お久しぶりですね」
「マダム・ヘイリー。どうして店員の真似事を? あなたの仕事はデザインだろう」
「ここはわたくしの店ですので。店頭に立ってもおかしくはないでしょう。それに、
店に立つと素敵な出会いがありますから」
そう言って、マダムはロゼッタにも微笑みを向けた。
「マダム。今日はロゼッタが町を散策するための服を見繕って欲しい。本当はドレスを注文したいのだが……」
「ド、ドレス!? 必要ありません! というか、服もいりません!」
ロゼッタが首を振ると、アーネストは眉間に皺を寄せた。
「私が必要あるんだ。そのワンピースは、君に似合っていない」
「うっ」
バッサリとアーネストに指摘されて、ロゼッタはたじろいだ。
するとマダムは口に手を当てて上品に笑い出す。
「初々しいこと。お嬢様のことは、わたくしたちにお任せくださいね」
「え、ちょっと……」
そしてロゼッタは店の奥へと連行されていった。
「お嬢様、何かお好きな色やデザインはありますか?」
「……あまり派手ではないものをお願いします……」
「かしこまりました」
マダムは頷くと、定員たちに落ち着いた色のワンピースを持ってこさせた。
黒や茶、紺色のワンピースがずらりと並ぶ。確かに色は地味だが、肌を見せる部分が多かったり、ゴテゴテとしたデザインのものが多い。
すると、穏やかだったマダムの顔が突然、般若へと変わる。
「駄目よ、駄目駄目よ! 初々しいお嬢様とアーネスト様の絵が台無しになるわ! 色が地味だったらなんでも良いわけじゃないのよ!」
「ですが、暗い色で大人しめのデザインだと、アーネスト様の隣に立ったら負けてしまいますよ」
女性店員の一人がそう言うと、マダムはギュッと目を瞑って祈り始めた。
「ああ、神よ。どうか、わたくしに啓示をください……」
「ど、どうしてしまったの……?」
困惑したロゼッタが呟くと、近くにいた女性店員が微笑んだ。
「マダムはデザインの神に祈り、お嬢様を一番輝かせる装いの啓示を賜ろうとしているのです」
「す、すごいわね」
「私も毎日デザインの神に祈っているのですが、まだ啓示を授けていただいたことはありません。早く、マダムのようになりたいです」
「頑張って、ね」
訳が分からないという言葉を、ロゼッタはそっと心に仕舞った。
「はっ! 啓示は輝かしい黄色と純真な白と出たわ。お嬢様、黄色はお好き!?」
「……もう、すべてお任せします」
ロゼッタはすべてを諦めた。




