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27話



「なんのことだ?」


「馬好きじゃない高位貴族の方が厩舎に来るなんておかしいですから」



 ロゼッタはグラエムの侵入経路について確信なんてない。完全に当てずっぽうだ。だが、グラエムの関心を引ける話題はこれしか思いつかなかった。


 ロゼッタはじっとグラエムの反応を待つ。



「よく分かったな。遅かれ早かれこの手は使えなくなると思っていたから、まあいいか」


「あまり、わたしを嘗めないでください」


「それで、アーネストの件だけれど――――」



 ……やっぱり回避は無理だった。



(策は尽きたわ。もう、今ここで気絶をしてしまいたい)



 与えられた仕事を成し遂げられないなんて侍女失格だ。折角、アーネストの役に立てると思ったのに。結局、足しか引っ張らなかった。


 泣きたい気持ちを必死に抑えていると、ロゼッタの視界の端で艶やかな黒髪が揺れた。



「……まったく、誰の許可を得て私の城にいるんだ」


「アーネスト様!」



 ロゼッタは泣きそうな声でアーネストの名を呼んだ。



「芋娘のくせに、意外と演技派だったのか」



 グラエムは怪訝な顔をした。



「早く帰ってください、叔父上」


「冷たいじゃないか、アーネスト」


「当たり前だ。愛しい恋人との憩いの時間を邪魔されたら誰だって相手を消したくなる。目障りだ」



 アーネストはゴミを見るような目でグラエムに言った。



「貧相な恋人より、有能な叔父さんと話す時間の方が貴重だろう? 老い先短いんだから!」


「空気読めと言っているんだ。いい加減、理解しろ」


「ええー、何? 聞こえないぞぉ。空気は読むじゃなくて、吸うものだぞーう」


「いい加減、年相応に落ち着いたらどうだ」



 アーネストは額に手を当てて、深く溜息を吐いた。

 グラエムは心底嬉しそうに、クルクルと行儀悪く手に持ったフォークを回す。



「アーネストは知らないのかい? 男はいつだって少年の心を持っているんだ」


「……人生が楽しそうで何よりだ」



 そう言うとアーネストは諦めたのか、グラエムからロゼッタに視線を移す。



「ロゼッタ、昼食を頼めるか?」


「はい!」



 ロゼッタは元気よく返事をすると、グラエムたちに背を向けて料理を作り始める。アーネストはグラエムとは違って急かすことはないので、料理がすべて作り終わってから出すことにしよう。



(折角だし、スープも作りましょう。野菜のマリネとチーズペンネではバランスが悪いものね。具材はトマトとタマネギ、それに、卵がいいかしら。バジルも添えたいわね)



 ロゼッタは小鍋に水を入れて火にかけると、簡単なトマトスープを作り始める。



(そういえば、フェイさんの分は作らなくていいのかしら?)



 アーネストとフェイは今日、一緒に出かけたはずだ。てっきり帰宅も一緒かと思ったが、別行動中なのだろうか。アーネストだけが帰ってきたなんて珍しいこともあるものだ。


 ロゼッタが順序よく調理をしていると、後ろでアーネストとグラエムの争う声が聞こえた。



「カルヴァード公爵が使用人の食堂で食事をとるとは、世も末だな」


「人材不足は深刻だからな。誰かさんが余計なことをしたせいで」


「ん? 誰のことだろうねー!」


「叔父上のことだが? まあ、こうしてロゼッタが料理をする姿を見て、会話をしながら食事できるのは嬉しいな」


「うんうん。私に感謝して欲しいぞ、アーネスト。具体的に言うと、一緒に王家を潰したい」


「……厚顔無恥というのは、叔父上のような人間に使う言葉なのだろうな」




 随分と物騒な会話だ。


 ロゼッタは会話を聞いていない振りをしながら、料理の盛り付けをする。そしてトレイに料理をのせて、罵り合うふたりのテーブルへと向かう。

 料理を運ぶ様子を、アーネストとグラエムはじっと見つめた。



「アーネスト様、できました」


「いただこう」



 料理を並べると、アーネストは無表情だが優雅な所作で一品一品口に運んでいく。ロゼッタはそれを緊張した顔で見守った。



「……ふむ。うまいな」



 小さくアーネストが呟くと、ロゼッタはふわりと花のような笑みを浮かべる。



「野菜のマリネとトマトスープは新鮮な食材を使っていますし、チーズペンネも四種のチーズをブレンドした自信作です。プロの料理人ではありませんが、お気に召したようで良かったです」


「なあ、私にはトマトスープはないのかい?」


 グラエムがふて腐れた顔で言った。



「飲みたいのですか?」


「余らせても食材の無駄だ。仕方ないから飲んでやろう」


「気を遣わなくていい、叔父上。トマトスープはティナとフェイが喜んで平らげる」



 アーネストはそう言うと、見せつけるようにスープを飲んだ。



「ふん。当主たるお前が使用人と同じ食事をしているのか?」


「戦の時は身分関係なく同じ食事を取るものだ。だから私は気にしない。それに、この状況でロゼッタ以外の人間が作った食事に手をつける方が問題だ。毒殺をされたらかなわないからな」


「だから、私が残してやった僅かな使用人たちを首にしたのか。慕われていないな、アーネスト」


「別にどうでもいい。ロゼッタの料理はおいしい。それは叔父上も分かっているだろう?」


「…………まあまあだ」



 グラエムは鼻を鳴らすと、フォークを置いて口元をナプキンで拭う。料理は残さず食べてくれていたようだ。



「強がりを。そんなに綺麗に食べていたら、説得力はないな」


「出されたものはどんなに不味くても笑顔で食べろ。それが貴族の教えだろう」


「これから潰してやろうと思っている敵にも適用されるのか? 叔父上は聖人だな。毒を盛られるとも限らないのに」



 アーネストがそう言った瞬間、グラエムはピタリと動きを止めた。



「……そういうことか。危うく騙されるところだったぞ」


「わ、わたしは毒なんて盛りませんよ!」



 ロゼッタは両手を振りながら慌てて叫んだ。



「いいや違うな。私は確かに毒されていた。だが……その毒は、私にはもう効かんよ」



 グラエムは立ち上がると、アーネストを冷めた目で見下ろした。



「勘違いしているようだが、私とアーネストは正反対だ。この程度で揺らぐほど、意志の弱い人間ではないのでな」


「それならばお帰りを」


「ああ。もう来ることもあるまい」



 グラエムは食堂を出る寸前、ちらりとロゼッタへ視線を向けた。



「ロゼッタ・レイン男爵令嬢。君はやはりアーネストに相応しくない」



 咄嗟に言い返せず、ロゼッタはギュッと拳を握りしめる。


 ロゼッタとアーネストは黙ってグラエムの背中を見送った。そしてふたりの間に沈黙が落ちる。



「……勘違いしているのは叔父上の方だな。私は毒を利用する……非情な人間だ」



 アーネストはロゼッタが厨房に後片付けに言った後、小さく呟いた。



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