23話
こちらも気分は最悪だと言い返してやりたかったが、昏倒させたことを後ろめたく思っているロゼッタは、控えめにグラエムへ問いかける。
「……グラエム様、この城に来てからのことを覚えていませんか?」
「もちろん覚えて――いいや、おかしいな。玄関まで来た記憶がない」
顎に手を当てながらグラエムは不思議そうに答えた。本当に覚えていないようだ。ロゼッタはホッと胸を撫で下ろす。
「良かった」
「何が良かったんだ?」
鋭いグラエムの一言に、ロゼッタはびくりと肩を揺らす。
それを見たティナがロゼッタの脇腹をさりげなく肘で突っついた。そして口パクで「あ・く・じょ」と伝えてくる。
「あ……えっと、そう! この城の庭でのたれ死なれたら迷惑ですもの。アーネスト様の風評にも繋がりますし」
ロゼッタは嫌々……本当に嫌々悪女っぽい口調で言った。
皮肉にも、心底悪女をやりたくない気持ちと胃痛で眉間に皺が寄って強ばり、悪女らしく見える。ティナは小さくガッツポーズをした。
「ふむ。私は庭で倒れていたのか。高血圧だろうか。年甲斐もなく、隠密行動するのが楽しくてな」
鍵開けが隠密行動だというのだろうか。ロゼッタには泥棒の真似事にしか思えない。
「隠密行動ですって? 許可もなしに来るなんて非常識ではありませんこと? ここは、わたしとアーネスト様の愛を育む場所ですわ」
威圧的に言いながらも、ロゼッタの頬はほのかに薄桃色に染まる。
アーネストとは純然たる雇用関係だが、それでも婚約者役というのはどうしても照れがでてしまう。……悪女役は胃痛が襲うが。
「私はアーネストの家族だ。許可などいらんだろう?」
高位の貴族らしい傲慢な口調に、ロゼッタは恐怖を感じる。しかし、アーネストの信頼に応えるため、負けじと好戦的な視線をグラエムに送った。
「昨日、アーネスト様に言われたことを忘れてしまったのかしら」
「歳だからか、忘れっぽいんだ。だから、君の性格もこんなにキツかったのかと疑問に思っている」
やっぱり気づくかとロゼッタは思ったが、そのまま押し切ることにした。
正直、もうやけくそだ。
「気に入らないと素直に言ってもいいんですわよ」
「そんなことはないさ。そっちの君の方が私は好きだよ。芋娘なところは変わっていないがな」
芋を蔑称として使うグラエムに、田舎出身の貧乏令嬢ロゼッタは少しだけカチンときた。
「あら。お褒めいただきありがとうございます。芋は痩せた土地でも育てやすく、天候不順にも強い。収穫量も多くて、栄養満点。まさに、穀物界の優等生ですもの」
やはり芋はいい。手間がかからず、安くて、おいしい。万能食材だ。そう思いながらロゼッタが頷いていると、ティナが「それ違う!」と焦った声で言った。
グラエムを見れば、ポカンと口を開けている。どう見ても不審に思われている。今まで作ってきた悪女キャラが台無しだ。
「い、芋の芽は猛毒よ! だから、その……芋のようにカルヴァード公爵家を乗っ取ってやるという意味よ!」
ロゼッタは慌てて取り繕った。すると、グラエムも両手を挙げて驚きを露わにする。
「それは恐ろしいな!」
「ええ、恐ろしいでしょう。だから、カルヴァード公爵家に来るのはもうやめ――」
「可愛い甥っ子が悪女の毒牙にかからないように、説得しなくてはならないな。アーネストはどこだ!?」
「アーネスト様なら、グラエム様のことなんて忘れて、のんびり昼間からお酒を飲んでいるわ」
「昼間からお酒を飲んでいるだと!? そんな典型的な貴族の馬鹿息子みたいな真似をするなんて……お前の影響だな、この芋悪女!」
「え、ええそうよ。わたしは芋悪女だもの」
ん? 芋悪女……?
何かおかしい単語を言ってしまったような気がする。ロゼッタが首を傾げると、グラエムが鬼気迫る顔で詰め寄った。
「今日のところは体調が悪いから引き下がってやろう。唐辛子ティーも飲みたくないからな。だが、明日からは毎日説得しに来てやるからな!」
「望むところよ。返り討ちにしてやるわ」
ロゼッタは腰に右手を添え、左手でグラエムを指さす。上品とはとても言えない仕草だが、悪女っぽさの演出としては良いだろう。
グラエムはロゼッタを見て、悔しそうに顔を歪ませた。
「覚えていろ、芋悪女!」
捨て台詞を残して、グラエムは医務室を出て行く。しっかりとした足取りから見るに、気絶した際の後遺症はないようだ。
「勝った。わたしはやり遂げたのよ……!」
負の感情と胃痛を乗り越え、ロゼッタは見事フェイの無茶ぶりをこなして見せたのだ。嬉しさがこみ上げ、その場で軽快なステップを踏む。
すると、ティナは人差し指を顎に当てながら唸る。
「ロゼッタ。唐辛子ティーのこと、グラエム様が起きてから話していないはずだよねぇ?」
ピタリと勝利のステップが止まった。
そしてゆっくりとグラエムの言葉を思い出す。
(ええっと確か……唐辛子ティーだけじゃなくて、明日から毎日説得に来るって言っていたような……)
ロゼッタは頭を抱えてその場で蹲った。
「あ、ああ、あああああ!」
グラエムは、記憶の混濁などしていない。起き上がる前からロゼッタたちの会話に耳をそばだて、情報収集を行っていた。その結果、悪女を嫌々演じるロゼッタはグラエムの手のひらで転がされ、カルヴァード公爵家に来る口実を与えてしまった。
自分の失敗に、ロゼッタは今更ながら気づく。
「……ねえ、ティナ。わたし、悪女辞める」
泣きそうな声で呟くロゼッタの背を、ティナは優しく撫でた。
「それがいいね。ところで、ロゼッタ。唐辛子ティーを飲んでみない? よく考えたら、意外と唐辛子と紅茶って相性悪くない気がするんだよね。これはイケる気がする!」
「わたしより、あなたの方が悪女よ」
この日、ロゼッタは夕飯も作らずに部屋に引き籠もった。




