22話
グラエムを医務室に運んだ後、ティナに城下町から医師を連れてきてもらった。その人は、ロゼッタの風邪も治療してくれた医師らしく、グラエムを見て溜息を一つ吐くと、黙って診察を開始する。
そしてグラエムの容態は命に関わるものではないと診断すると、いくつかの注意事項をメモに残して城下街に戻って行ってしまった。
「……さて、どうしたらいいのかしら」
医師の残したメモに軽く目を通すと、ロゼッタは逃避したい現実と向き合う。
グラエムは物語のお姫様のように静かに眠っている。彼にしてしまったことを考えると頭痛がした。
「なるようになるんじゃない? 大きな怪我もないし。そもそも、泥棒のように侵入してきたのも悪いんだし。ロゼッタは重苦しく考えすぎー」
頭痛の原因――ティナをロゼッタは睨み付ける。
「あなたが気楽すぎるのよ」
グラエムを昏倒させたのはティナだが、当然ロゼッタにも責任はある。目撃者はいなかったとはいえ、公爵家の人間が被害を受けたと言えば、何らかの処罰が与えられるはずだ。
その罰が自分だけのものだったらまだいい。だが、家族にも及ぶものだったらと考えると背筋が凍る。
「……腹をくくりましょう」
後ろ向きに考えても仕方ない。ロゼッタは両頬を軽く叩いた。
「ロゼッタのそういうところ好きだよ。死ぬときは一緒だね!」
「そこまで言っていないわよ。ティナ、ちゃんと反省しなさい」
「反省なら少しはしているよー」
「どうだか」
ロゼッタが呆れていると、ティナは唇を尖らせる。
「あたしにとっては、旦那様が一番大事だもん。敵にかける情けなんて本当はないんだよ。これでも譲歩してるつもりー」
いつものように軽い口調ではあるが、ティナの瞳は真剣そのものだった。
(グラエム様に惑わされず、最後まで残った使用人だけあるわね。アーネスト様に捧げた忠誠は本物だわ)
ティナにはティナの考え方があるのだろう。もしかすると、グラエムへの攻撃も何か考えがあってのことかもしれない。
「でもさ、鍋の音でびっくりして気絶するとか間抜けだよね。ぷぷっ」
そう言ってティナは、ニヤニヤと悪戯心満載の笑みを浮かべながら、グラエムの鼻の穴をポケットから出した羽根でくすぐる。グラエムの鼻がフガフガと音を立てた。
「ちょっと、止めなさい! グラエム様が起きたらどうするの。まだ、わたしの心の準備ができていないのよ」
「真面目すぎー」
「あなたがふざけすぎなの」
ロゼッタは慌ててティナから羽根を取り上げた。
「……どうやってグラエム様をカルヴァード公爵家から追い出すか。これからのことを考えましょう」
「折角寝ているんだしー、城下街の外に捨ててくれば良いんじゃない?」
「でも、目覚めたときに体調が悪化したら大変だわ」
「お医者さんは、そんな状況はほぼないだろうって言っていたけど。それにこの人、起きたら絶対に怒り出すよ。絶対に面倒くさいー」
「……グラエム様が目覚めたら、謝り倒すしかないかしら」
お金と地位のないロゼッタには、それぐらいしかグラエムの怒りを凌ぐ方法が思いつかなかった。
アーネストに頼るという選択肢もなくはないが、彼は今この城にいない。やっとロゼッタを信用して頼ってくれるようになったというのに、迷惑はかけたくなかった。
アーネストの役に立ちたい。この気持ちはティナの忠誠とは違うものだけど、それでも思いの強さは負ける気はしなかった。
「じゃあ、記憶を失っていた場合は、ロゼッタが悪女の演技をするってことでいいよね」
「お願いだから、悪女のことは忘れさせて!」
ティナの突飛良しもない言葉に、ロゼッタは思わず叫んでしまう。
「駄目だよー。折角の悪女コーディネートが輝かないじゃん。あたしの頑張りが報われないと、死んでも死にきれない!」
「報われたら本当に死ぬわよ」
じっとりとした目でティナを見ていると、グラエムが横たわるベッドから衣擦れの音がした。
「……んん」
浅い眠りなのか、グラエムはお姫様のようにかすかな吐息を漏らすと、寝返りをうった。
「グ、グラエム様の目が覚めそうよ、ティナ!」
「だったら、いっそのこと目を覚まさせようよ。もしかしたら、狸寝入りしているのかもしれないし。また鼻の穴を羽根でくすぐってみる?」
「止めなさい、このお馬鹿!」
「だったら、ぱっちりと目が覚めるようにハーブティーでも淹れようか。ちょうど世界一辛いって評判の唐辛子を、フェイが仕入れたんだ」
「お馬鹿! お馬鹿! お馬鹿の中のお馬鹿! そんなことしたら、グラエム様が血を吐いてのたうち回るわよ。ただでさえ、若くないんだから!」
「ちょっとくらいならバレないってー」
「バレるわ! 自己主張のないお茶を淹れるの苦手でしょう」
厨房へ行こうとするティナのエプロンを必死に掴んでいると、視界の端で影が動く。ベッドを見れば、グラエムが起き上がり目を擦っていた。
「……ここはどこだ? ん? なんだ、芋娘と品のない侍女じゃないか。最悪の目覚めだ」




