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18話

 エントランスホールにある階段の上から、ロゼッタとティナはこっそりと顔を出す。もうグラエムが帰っていればロゼッタの出番がなくて安心できたのだが、残念ながらまだお帰りになっていないようだ。


 エントランスで、まだアーネストとグラエムは揉めていた。



「それにしても、結局アーネストの使用人はこのフェイしか残らなかったのかい? 相変わらず人望のないことだ。その点、私には最近新たな使用人がたくさん増えたよ。そう言えば、全員この城でよく見かけた顔だったな」



 白髪交じりの黒髪の少しふくよかな初老の男性が、アーネストを鼻で笑う。


 確実にあの人がアーネストの叔父のグラエムだ。



「白々しい。叔父上は、人の物が欲しくなる悪癖を直した方が良い。人の手垢がついたものが好みとは、理解に苦しみますね」



 アーネストも負けていない。グラエムを小馬鹿にするように嘲笑を浮かべる。



「別に人の物なんて欲しくないさ。アーネストの物だからこそ欲しくなる。私はお前の苦しむ顔が大好きなんだ」


「ほう? こちらとしては、爺に付きまとわれても鬱陶しいだけなんだがな」



 大人なのに、子どものような罵り合う二人を見て、ロゼッタは緊張よりも呆れが勝った。



(……この険悪な雰囲気の中、いかなくてはいけないの?)



 ロゼッタはゲンナリした顔で階段の手すりに寄りかかった。


 このまま侍女の仕事に戻りたい。


 しかし、それをティナは許さず、ぐいっとロゼッタの腕を引っ張り上げた。



「行くよ、ロゼッタ!」


「分かったわ」



 ロゼッタはスカートのドレープを整えると、階段を躓かないようにゆっくりと降りていく。



「あら、これはいったいなんの騒ぎですか?」



 経った今到着しましたと言わんばかりに、白々しい笑みを浮かべる。


 ロゼッタの頭の中では、一応レイン領で母親から受けた淑女教育を必死に思い出していた。



「……君はいったい誰だ?」



 グラエムはロゼッタを見て、不快感を隠さず問うた。


 階段を降りきると、ドレスの裾を摘まみ、淑女の礼を取る。



「レイン男爵家が次女、ロゼッタです。あなた様は……」


「私のことを知らないのかい? アーネストの叔父のグラエム・カルヴァードだ」


「まあ! だん――アーネスト様の叔父様でしたか。挨拶が遅くなり、大変申し訳ありません」



 危うく婚約者の設定なのに、旦那様と言うところだった。どうにか誤魔化し、ロゼッタは出来るだけ上品に見えるように微笑んだ。



「いやいや。突然押しかけた私が悪いからね。そこは大目に見よう」



 グラエムもまたロゼッタに微笑みを返す。


 しかしそれはあからさまな作り物だ。彼がロゼッタのことを歓迎していないことをヒシヒシと感じる。



「……ロゼッタ」



 隣から小さく自分の名前が聞こえる。


見上げれば、いつもより少し頬が上気しているアーネストがいた。……正直に言うと、彼の存在を忘れていた。



「どうしたのですか、アーネスト様」



 内心を誤魔化すように、小首を傾げる。

するとアーネストは口に手を当てて、ロゼッタから視線を外した。


「と、とても……いいや、今日も愛らしいな」



 笑いを堪えているのだろうか。


 でも確かに、普段のロゼッタとの落差が激しく、詐欺だと笑いたくなる気持ちは分かる。



「ありがとうございます。今日のアーネスト様は特別素敵ですよ」



 ちょっと意地悪をしてやろうと、いつもと変わらないアーネストを褒めてみた。


 すると、彼はゴホゴホと咳き込みながらロゼッタに背を向けてしまう。



(そんなに笑わなくてもいいと思うのだけど!)



 ロゼッタがムッとしていると、グラエムから冷たい視線を感じた。



「……君たち、私のことを忘れてはいないかい?」


「おや、まだ居たんですか叔父上」



 アーネストはパタパタと赤くなった顔を仰ぐ。

彼の瞳は『帰れ!』と言っているように見えた。ついでにロゼッタたちも帰れオーラをグラエムに向けて発する。



「当たり前だ。まだ話は終わっていないからね」



 グラエムは満足そうに頷き、ティナとフェイを指さした。



「さあ、そこの侍女と執事。今から私とアーネストが大事な話をするから、お茶の準備を頼むよ! まったく、最近の若者は気が利かなくて困るよ」



 アーネストが止める暇もなく、グラエムはズカズカとカルヴァード公爵家に上がり込む。ロゼッタとアーネストは、グラエムの後ろに付いていった。


城の中を熟知しているのか、グラエムは迷いなく応接室に入る。



「ところでアーネスト。どうして、レイン男爵家のお嬢さんもここにいるんだい? 私はお前と話がしたいと言ったのだが?」



 グラエムは応接室のソファーにドカリと座り、アーネストはその向かいのソファーに腰を下ろす。



「折角の休暇です。ロゼッタと一秒たりとも離れたくないのです。朝から年寄りのどうでも良い話を聞かされる、私の気持ちが分かりますか?」



 部屋から出た方がいいのか判断の付かなかったロゼッタだったが、アーネストが手招きをするので、彼の隣にちょこんと座る。


 なんだか気恥ずかしくて、ロゼッタは頬を薔薇色に染めた。



「分からないね! 年長者の話は聞くものだよ。とても勉強になるからね」


「古い知識は新しい世の中に通用しないと思いますが」


「生意気な子は嫌われるよ? あっ、もう遅いか。アーネストは社交界の嫌われ者だもんね」



 そうグラエムが言った瞬間、ピクリとアーネストの眉が動く。


 あまり言って欲しくない内容だったらしい。



「……それで、用件は?」


「さっき言っただろう? お前に似合いの貴族令嬢を紹介しに来たんだ」



 苛立たしげなアーネストに、グラエムはニンマリと不気味な笑みを向ける。


 そしてグラエムは懐から、ダークブラウンの髪の綺麗な女性の肖像画を取り出してテーブルに置いた。



「こちらの公爵家秘蔵の令嬢。清楚なのは外見だけで、人の上に立ちたがる傲慢な性格だ。人の弱みを見つけるのが得意で、従わせている令嬢がたくさんいて色々と便利だろう」


「……性格の悪い女は御免だ」



 アーネストは至極真っ当な拒絶を見せた。


 グラエムはやれやれと呆れた目で彼を見ると、再び懐から女性の肖像画を取り出す。今度は、豊満な身体を持つ二十代後半の美人だった。



「我が儘だなぁ。じゃあ、この女性はどうだい? 夫だった伯爵の死後、鉱山と広大な領地を相続した未亡人! まだ若いし、色気のある貴婦人だ。彼女と結婚すれば、カルヴァード領も合わせて、この国の六分の一の領土を治めることができるよ?」


「……金も土地もこれ以上いらない。管理が面倒なだけだ」


「アーネストは理想が高すぎるな。でも、この方だったら嬉しいんじゃないか?」



 グラエムは艶やかなブルネットの髪を持つ、淑やかな美少女の肖像画を出した。


 物語のお姫様のように可憐で、ロゼッタはその肖像画に暫し魅入られてしまう。



「男が一度は憧れるお姫様だ。隣国の側室腹の姫なんだが、王位継承権もあるし、何よりこの儚げな美しい容姿! しかも性格も温厚で大人しく、出しゃばらない。政治のこともほとんど分からないから、余計なことも言わないで黙って後ろをついてくる。男にとって、これほど都合のいい妻はいないね」



 グラエムの言っていることは、ゲスの極みだった。


 短時間しか接していないロゼッタでも分かる。この男は最低だ。



「……身分だけ高くて、中身のない人形なんて興味が持てないな」


「アーネストは面倒くさい男に成長しちゃったなぁ。結婚とは、時には妥協も必要なんだよ? あ、でも相手の身分や資産は妥協しない方がいいぞ。結婚した後、苦労するから」



 あからさまにロゼッタを意識しながら、グラエムは言った。



(嫌な感じね。身分があっても浪費癖があったりするのよ。身分や資産以外も重要だとは思うけど)



 そう思うが、ロゼッタの心は傷ついていた。


 貧乏なレイン男爵家に生まれたことを後悔したことはない。慎ましいが、家族中はいいし、領地も平和そのもの。だけど……そんなものはきっと、カルヴァード公爵のアーネストにはいらないものだ。



「……叔父上。いい加減、気がつかないのか」


「気づくって何に?」



 アーネストは突然、ロゼッタの腕を引っ張り、自分の腕と絡めた。抱き合っているようにも見える姿に、異性になれていないロゼッタは混乱する。



「私にはロゼッタがいる。他の女などいらない。余計なお世話だ」


「……アーネスト様」



 お芝居だと分かっているのに、ロゼッタは嬉しくなってアーネストの腕をキュッと掴んでしまう。



「君たちはどんな関係だと言うのだい?」


「婚約者だ」


「な、なんだってぇぇえええ!? こんな身分もない、顔も特別綺麗でもない、芋臭い田舎娘が私の可愛いアーネストの婚約者!?」



 グラエムの芝居がかった叫びが響き渡った。






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