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17話


確かに性格最悪な女性のお見合い肖像画を身内に勧められるのは、かなり精神に堪えるだろう。



「なんて凄まじい攻撃なの!」



 ロゼッタは苦しげなアーネストの背中を必死に擦った。



「たぶん、今回はあの方の単独行動。今なら、捕まえられるけど?」


「どうしますか、アーネスト様」


 ティナとアーネストは恐ろしいほど冷静だった。もしかしたら、グラエムの襲撃に慣れているのかもしれない。



「やめろ、ティナ。武力行使でもしたら、それこそ叔父上の思う壺だ。騒ぎ立てて、もっと大事になるに違いない。ここは無視が一番だ」



 アーネストは脂汗をかきながら胸を押さえた。

 すると襲撃者は、さらなる爆弾を投下する。



「まだ寝ているのかい、アーネスト! 仕方ないな。君が目覚めるように、昔話でもしようか。アレはまだアーネストが五歳の時。しょうもない幽霊話をした夜、君は本気でそれを信じてベッドから出られずにそのまま――――」


「うわぁぁぁああああ! 言うな! それ以上、私を侮辱するな!」



 アーネストの城中に聞こえるほどの大きな声で叫んだ。



「ああ、やっぱりいるんだね。ほら、アーネスト。早く開けてよ」



 グラエムの意地の悪い声が聞こえる。顔は見えないが、とてもいやらしい笑みを浮かべているに違いない。


 ロゼッタはアーネストに心底同情した。



「……どうするんです、アーネスト様?」



 フェイは少し苛立たしげに言った。



「くっ、斯くなる上は予定通りに……」


「……えっと、わたしが何か?」



 アーネストたちの視線が何故かロゼッタに向けられる。


 嫌な予感がして背に冷や汗が伝う。



「ロゼッタ!」


「ひゃいっ」



 アーネストはロゼッタの肩を両手で掴み、ぐっと顔を寄せてきた。


 目つきは鋭いが、やはりアーネストの顔は整っている。睫毛なんて、お人形のように長い。


 現実逃避をするためにそんなことを考えていると、アーネストが鬼気迫る様子で口を開く。



「私の婚約者になれ」


「お断りします!」



 アーネストは床にがっくりと膝をついて、どんよりとしたオーラを出し始めた。



(は、反射敵に断ってしまったわ)



 だって、アーネストの顔は今まで見た中で一番怖かった。思わずロゼッタが断ってしまうのも仕方のないことだろう。



「旦那様?」



 だが、アーネストの落ち込み具合が酷い。


ロゼッタが震える手で彼の肩を揺するが、床を見つめたままピクリとも動かない。



「今のはないですね」


「ないね。ロゼッタ、いくらなんでもその断り方は酷いよ。一人前の女なら、遠回しにやんわりと……でも、相手が勘違いしない程度にキッパリとお断りしなきゃ」


「ご、ごめんなさい」



 ロゼッタはあたふたしながらティナとフェイに謝る。



(でも、どうして旦那様はこんな状況でわたしに求婚したのかしら? まあ、冗談でしょうけれど)



 ロゼッタは腕を組み、黙考する。そして結論に至る。



「よく考えれば、旦那様がわたしに求婚するはずないわ。あ、分かった。わたしを偽の婚約者に仕立てて、グラエム様を追い出すということね」



 ポンと手を叩き、ロゼッタは晴れやかな顔で言った。


 モヤモヤとした疑問が解決するのは、とても気分がいいものだ。



「そうだ!」



 ロゼッタの勘違いを正すことができて安心できたのだろう。アーネストは勢いよく立ち上がり復活した。



「もちろん、偽の婚約者を演じてもらうからには、タダとは言わない」


「臨時報酬ですか、旦那様! それとも特別手当ですか!?」


「うっ……特別手当だ! 長期戦になるかもしれないからな」


「わたし、頑張ります!」



 ロゼッタは目を輝かせて頷いた。


 給金が増えるのは良いことだ!



「ちょっと、ロゼッタ。いいの? 偽の婚約者になったらさぁ……」



 ティナがロゼッタを心配そうに見つめる。



「わたしの経歴に傷がつくことを心配しているの? 大丈夫よ、ティナ。旦那様なら、偽の婚約期間が終わった後もきちんと考えてくれているはずだわ。平凡でも優しい男性を紹介してくれるかもしれないし」



 一瞬、胸の奥がまたモヤモヤした気がしたが、ロゼッタはそれを気のせいだと片付ける。


 ティナはケラケラと笑った。



「あはは! ロゼッタってば、おもしろーい」


「……いつまで談笑しているつもりだ」


「旦那様を怒らせちゃったみたい」



 ティナはペロリと舌を出すと、ロゼッタの後ろに隠れた。



「名誉あるカルヴァード公爵の婚約者を演じるのだ。さっさとロゼッタを見られる格好にしてこい。叔父上を抑えるのは十分が限界だ」


「かしこまりましたー」



 ティナはロゼッタの手を掴んで走り出した。




「ちょっと、ティナ!」



 ロゼッタはそのまま、ティナの部屋に連れて行かれた。


 部屋の中は物が散乱し、少し歩きにくい。彼女は掃除が苦手なのだと再認識した。



「少しぐらい、部屋を片付けたらどう?」


「別にどこに何があるのか、ちゃんと把握しているから必要ないよ」


「転んでも知らないわよ」


「はーい、黙って」



 ロゼッタの説教を遮るように、ティナが言った。


 その瞬間、ロゼッタに大きな布が被せられ、視界が真紅に染まる。息苦しさに驚くロゼッタだったが、すぐに布から顔を出すことができた。



「この穴から腕を出してね」



 ティナの指示通りに腕を出すと、ヒラヒラとした袖が現れる。ロゼッタはいつの間にかドレスを着ていたのだ。



「このドレス変わっているわね。とっても動きやすいわ」



 ドレスを着るのは下手をすれば、何時間もかかってしまう。それなのに、このドレスは一分も掛からずに着用できた。


鮮やかな真紅色のドレスは普段なら大人っぽくて気後れしてしまうが、このドレスはフリルや可愛らしいリボンも付いていて、ロゼッタが着ても不自然ではないだろう。



「変装用に使うドレスだからね。着脱が簡単なんだよ」



 ティナの言葉にロゼッタは納得する。


 ドレスのことだけではない。ティナはただの侍女ではなかったのだ。おそらく、高貴な身分の人が傍に置く、護衛などを担当する侍女の類いなのだろう。それならば、料理が下手でも、掃除が苦手でもティナが侍女であることに頷ける。



「髪は……夜会でもないし、そんなに凝ったものじゃなくても不自然じゃないね」



 ロゼッタのチェリーレッドの髪を丁寧に櫛で梳くと、ティナは慣れた手つきでハーフアップにしていく。



「なんか地味だな。あっ、そうだ。奥様の宝飾品でとびっきり高い髪飾りを使っちゃおー」



 ティナはワクワクした顔で言うと、部屋から出て行った。


そして一分も経たずに戻ってくると、大粒のエメラルドが嵌められた銀細工のバレッタを、ロゼッタの髪に差し込んだ。



「ちょっと、ティナ! 旦那様に許可を取らなくていいの?」


「動かない、動かない。次は化粧だよー」



 焦るロゼッタのことなどお構いなしに、ティナは化粧を始める。


 白粉や口紅の他に、ロゼッタの知らない器具で睫毛を挟み込まれたり、金の混じった練り物を瞼につけられた。



「はい、できた!」



 為すがままだったロゼッタは、漸く安堵の息を漏らす。


本当に大丈夫なのか心配になり、くるりと振り返って鏡に自分を映す。そこには知らない令嬢が立っていた。



「……別人みたい」



 猫っ毛でいつもセットに戸惑っていた髪は、ふんわりと弾むようなハーフアップに纏められていた。化粧は濃すぎず、明るく可愛らしい印象を与える。


 真紅のドレスやエメラルドの髪飾りに負けないぐらい、ちゃんとした貴族令嬢になっていた。



(……なんだか、小動物系の可愛くて優しい一般的な貴族令嬢に見えるわ。貧乏男爵家で逞しく育ったわたしとは思えない。女性って詐欺ね)



 今なら、家事なんて一つもしたことがなく、趣味は刺繍や音楽だと言っても信じてもらえそうな気がする。


これならば、アーネストの偽婚約者と言っても信じてもらえるだろう。



「いやぁ、ロゼッタは元が良いから化粧の時間短縮になったよ」


「そんなわけないでしょう。完全にティナの詐欺技術のおかげよ」


「ちなみに、お婆ちゃんになる化粧もできるよ」


「……本当の詐欺はやらないでね」



 ロゼッタは胡乱な目で見るが、ティナは相変わらず笑ったままだった。



「あ、そろそろ約束の十分になるね。急ごう、ロゼッタ」


「ええ!」



 時計を見れば、ティナの言った通り十分しか経っていない。


 もう一度鏡で詐欺令嬢を見ると、ロゼッタはティナと共にエントランスへと向かった。





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