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16話


 三日間の休養の後。完全復活したロゼッタは、侍女の仕事に戻っていた。


 アーネストとフェイの間で仕事の見直しがされたらしく、洗濯は業者に委託され、部屋の掃除も日常に使う場所以外は、日を分けて掃除することになった。


 だが、ロゼッタの仕事は減っただけではない。正式にアーネストの料理を作ることになったのだ。



 アーネストは毎朝、食堂に来てロゼッタたちと同じものを食べる。公爵なのだから、別に凝った物を作り、部屋に運ぼうと思ったのだがそれは全力で拒否されてしまった。


 こうして、食堂で使用人と一緒に朝食を食べるカルヴァード公爵が誕生した。



「旦那様、ニンジンが残っています。子どもじゃないんですから、ちゃんと食べてくださいね」



 ロゼッタはアーネストのスープ皿に残されたニンジンを目敏く見つけて注意する。



「なっ、ふざけたことを言うな。私は……そう、好きなものは最後に残しておく質なんだ」



 そう言って、アーネストはニンジンをまとめて口に放り込む。そして顔を歪ませながら、ニンジンを嚥下した。



(……別に残してもいいのに)



 ロゼッタのことなんて気にしないでニンジンを残せば良いのに、アーネストは律儀な人だ。



「旦那様ったら、いつの間にニンジン嫌いを克服したのぉ?」



 ティナが噴き出すと、アーネストはロゼッタを見ながら焦り出す。



「余計なことを言うな!」


「あはは、怖い怖い」


「今日のおやつはキャロットケーキなんてどうですか?」



 笑い出すティナの隣で優雅にお茶を飲んでいたフェイが、面白そうな顔で言った。


 この二人は遠慮がなさ過ぎるんじゃないかとロゼッタは思うが、アーネストは特に気にしていないのでいいのだろう。



「妙案だわ。苦手な野菜は好きなものに入れると、誤魔化しがきくのよ」



 ロゼッタも少しアーネストをからかってみることにした。



「お前たち、私がここにいることを忘れていないか?」



 案の定、不満げなアーネストに、ロゼッタは小さく笑ってしまう。


 使用人がからかっても不満しか言わないアーネストが、気に入らない使用人を殺す悪逆非道の公爵だと、どうして思っていたのだろうか。


 ロゼッタは自分の視野の狭さを反省した。



「さて、こうして同じ食卓を囲み、ロゼッタ嬢の作った料理を食べているんですから……そろそろ、我々の事情をお話してはどうでしょう?」



 フェイは咳払いをすると、真剣な声音で言った。



「そうだな」



 アーネストはゆっくりと頷く。



「ロゼッタ、このカルヴァード公爵家に来てから疑問に思ったことがあるだろう?」


「確かに色々ありますが……最初に疑問に思ったのは、使用人があまりにも少ないということでしょうか。旦那様が人嫌いだったとしても、屋敷を維持管理できるだけの最低限の使用人はいるはずです」


「その通りだ。つい、一月前までは何十人という使用人がこの城で働いていた」


「……カルヴァード公爵は、働いている使用人たちが少しでも気に入らないことをすれば殺してしまう……という噂を聞いたことがあります。もちろん、それが真実ではないことは知っています」



 ロゼッタが断言すると、アーネストは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「気に入らない使用人を追い出す……という点では正解だな」


「……アーネスト様」


「悪かった、フェイ。言葉の綾だ」


アーネストはそう言うが、フェイは険しい顔をした。


「あなたは自分を卑下し過ぎです。ロゼッタ嬢、アーネスト様は正当な理由があって使用人を追い出しました。尤も、それは以前働いていた使用人の半分だけ。もう半分は、自らこのカルヴァード公爵家を去って行きました」


「敵に寝返るなんて、使用人として一番使えないよねー」



ティナは、カラリとした表情で辛辣に言った。

アーネストは深く溜め息を吐く。



「……自ら去っていた者は、まだ私に忠義を尽くしてくれただろう。奴に脅され、家族を人質に取られた者だっている」


「旦那様は自分に向けられた悪意に対して寛容過ぎぃ。あの方だって、さっさと始末してしまえば――」


「ティナ! そう簡単な問題ではないのです」


「はいはい、ごめんなさーい」



 フェイが珍しく声を荒げ、ティナを窘める。


 ロゼッタは勇気を振り絞り、アーネストたちに問いかける。



「あの、どうして屋敷に残った使用人の方が不忠の使用人なのですか?」



 忠誠心の高い使用人は屋敷に残るのが普通ではないのだろうか。ロゼッタの考えを否定するように、フェイは首を横に振った。



「残った使用人はあの方のスパイだったのです。アーネスト様を監視し、場合によっては妨害や暗殺を企てるために残りました」


 暗殺という普段聞かない言葉に動揺するロゼッタだったが、それを心に押し込めて、冷静な振りをする。


 カルヴァード公爵家のことを侮っていたのかもしれない。問題の規模が、レイン男爵家とは違いすぎる。



「だから、旦那様は不都合があっても使用人たちを辞めさせたのですね。それと……先ほどから、『奴』や『敵』、それに『あの方』と言っている方は、同一人物ですよね?」


「そうだ」


「誰か、聞いてもよろしいですか?」



 ロゼッタが恐る恐る問いかけると、アーネストの眉間に深い皺が刻まれた。



「……私の叔父。グラエム・カルヴァードだ」



 アーネストの叔父の話題なんて、今まで出なかった。


両親は死んでしまったと聞いていたので、ロゼッタはてっきり身内は誰もいないのかと思っていたのだ。



(複雑な事情なのかしら?)



 アーネストたちの雰囲気から言って、グラエムのことを嫌っているように思える。


 どんな人なのだろうかと想像していると、フェイが申し訳なさそうにロゼッタを見た。



「始めは、ロゼッタ嬢がグラエム様のスパイだと思っていたのです」


「そんなことを思っていたのですか!?」



 ロゼッタは目を見開き、驚愕を露わにした。


 しかし少し考えて、フェイの考えに納得する。



「あ、でも……確かに不審ですよね。姉のアリシアの代わりに、わたしが侍女募集に応じるなんて。でも、姉ではカルヴァード公爵家で侍女として働くことは難しかったでしょうし、わたしが来て正解だったでしょう」


「ロゼッタ、君は侍女募集だと思ってカルヴァード公爵家に来たのか?」



 アーネストは眉を上げ、訝しげな表情を浮かべる。



「手紙まで送ってくださったのに、何を今更?」



 アーネストに疑われたのが腹立たしくて、思わずキツい口調で答えてしまう。


 しかし、彼はロゼッタの態度を気にする余裕もないのか、額に手をあてて顔を青くさせる。



「おい、ちょっと待て。情報を整理したい。そもそも私が送ったのは――――」


「敵襲」



 アーネストが言い終わる前に、ティナがスッと立ち上がり短く言った。


 ロゼッタは何が何だか分からず、目をぱちくりとさせる。


 そして、数秒後。食堂に聞こえるほど強く、エントランスの扉が叩かれた。



「おい、いるんだろう!? 酷いなぁ、私の可愛い甥は。城下町にも入らせようとしないんだから。ほら、アーネストが大好きなグラエム叔父様が来たよ!」



 聞き慣れない男の声に最初は首を傾げるロゼッタだったが、『叔父』という言葉にすぐさま敵襲の意味を理解した。



「直接乗り込んできたの!?」



 今、この城にはアーネストを含めて四人しかいない。ロゼッタにいたっては、刃物は斧と包丁しか握ったことのない非戦闘員だ。まして、エントランスからこの食堂はとても近い。とても敵襲を退けられるとは思えなかった。


 焦るロゼッタを尻目に、アーネストは苦虫を噛み潰したような顔をする。



「くっ、ついに来たか。城下町には検問を敷いて、絶対に叔父上を入れるなと言っていたのだが!」


「もしかすると、荷箱の中にでも隠れて入ってきたのかもしれません。さすがにすべての箱を詳しく調べることはできませんから……」


「玄関には鍵がかかっている。このまま居留守を使うしかあるまい」



 アーネストの提案に、ロゼッタたちは素直に頷いた。


 しかし、襲撃の手は緩まない。



「居留守かい? アーネストがこの城にいることは把握済みなのだよ。大人しく開けたまえ。もしかして、手ぶらで来たのかと思っているのかい? それなら安心したまえ。可愛い系に美人系、清楚、淫乱、甘え上手、童顔、熟女まで、とびっきりの令嬢や姫のお見合い肖像画を持って来た。皆、性格は最悪だが、見た目と身分は極上だぞ!」


「……最悪だ」



 アーネストは頭を抱えて唸った。







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